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C.ダグラス・ラミス著「経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか」

.17 2012 読書 comment(0) trackback(0)
C.ダグラス・ラミス著「経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか」
 はじめに
 21世紀へのコモンセンス
 今私たちは、決して変わらないかのようにみえる常識の大転換、つまり大多数の人が、「非常識」と判断しているものの考え方が主流の常識に取って代わる、そんな大変革の少し前の段階に生きているような気がする。

 では、なぜこのタイトルか?
 所得倍増論は政府によって1960年に提案されたが、それにはもう一つの、もっと奥行きのある豊かさを目指していた社会運動思想の代替物として、つまりその運動をつぶすために武器として提案されたと言うことを忘れてはならない。60年安保闘争が目指した豊かさには、経済的豊かさだけでなく、平和、民主主義(仕事場での民主主義も)、社会的平等、正義などが含まれていた。所得倍増論、つまり、社会の豊かさはGNPによって計られるものだという、貧弱な豊かさを求める論理は、当時の民衆闘争に対する政府の答えだった。「所得につながることにのみ現実性がある」という、経済発展理論の発想に疑問を投げかけるためにこのタイトルを選んだ。

 この本はどのような読者を想像しているのか?
 冷戦が終わり。「反戦」という当たり前の感性が左翼や○○思想とのみ関係あるものと思われる根拠はもうないだろう。それがただの普通の常識になってもいい時代になってきたのではないか。
・過労でくたびれた、あるいは労働現場の自由のなさに不満を感じている労働者。
・自分の畑の工場化が嫌いになった農民。
・「経済」という要素が自分の教育の自由の障害物になっていると感じている学生。
・広告産業が自分を馬鹿にしているのではないかと感じている消費者。
・戦争体験を覚えていて、今の日本政府の再軍備への突進にショックを感じている老人。
・戦争を体験したことはないが、これからも経験したくないと思っている若者。
・南北問題は「南」の問題というより、どちらかというと「北」の問題であるということに気づいた人。
・世界の自然が死滅しつつあるだけでなく、私たちがそれを殺しているという事実に気がついて悲しんでいる人。
・なんとなく危機感を感じているものの、それが何なのか漠然としてはっきり分からないという人。
これからどれくらいの数の人々が共通意識を持ったとき、その意識が「常識」へと変わっていくだろうか。

第一章 タイタニック現実主義

 1999年9月22日付の英字新聞『ジャパン・タイムス』の四面に、国連環境プログラムが『地球環境展望2000』という報告書を出したという記事があります。報告書には現在の地球環境がどれだけ危機的な状況かが書いてある。そして「先進工業国の資源消費を90%減らすことを目標にすべき」と提言している。
 次の経済面。五面に「日本経済は不景気から少し復活しはじめた」という記事があります。「99年8月の企業向け電気消費量が。98年より2.6%上がった」。これはGood Newsとして記事になっている。
 経済面のほうが「現実主義」といわれている。ビジネスとか政治の中では、国連報告のほうは、ユートピア主義のような、夢のような、非現実的な話というふうになってしまう。

 聞き飽きた警告
 先進工業国の政治家は万能薬として自由化を勧めていますが、その自由化が問題を悪化させていることは明らかです。
たとえば、NAFTA(北米自由貿易協定)によってアメリカの安いトウモロコシがメキシコに入ってきて、メキシコのトウモロコシ産業が破壊された。
そして、貿易の自由化ではなく、投資の自由化によって、世界一安い賃金を探す大企業による競争が、結果として先進工業国の実質賃金も下げています。
つまり投資の自由化は「搾取の自由化」と呼んでいいようなものです。
 また、冷戦が終わったから戦争の恐怖が減るだろうとみんな期待したのですが、実は減っていません。1989年から1998年までの10年間で108件の武力紛争が世界であった。内政干渉に対する国際法の強い禁制は弱まっていて、以前なら「侵略」と呼ばれた行為も、今は「人道介入」と呼ばれるようになってきています。
 そういうなかで日本政府の「現実主義者」たちは、周辺事態法を可決させたり、憲法調査会を作って憲法第9条の廃止を準備したり、日本の半世紀ぶりの戦争への直接参加をすさまじい勢いで準備している。
 ところが、それに対して何か徹底的な解決を探そうとすることは、なぜか非常識、非現実主義とされる。
 環境問題でいえば」、プラスチックごみと燃えるごみ、ビンやカンを分けるという程度のことは定着して、みんな、それを熱心にやっているんだけれども、この競争的で破壊的な消費文化を根本的に変えようではないかという話になると、それは非常識であると言われる。
今この地球という「タイタニック」に乗っている私たちは、氷山に向かっているということをすでに知っているのです。船内放送で何度も、「氷山にぶつか
るぞ」と言われているのです。やがて氷山にぶつかるということは知っているけれども、その氷山はまだ見えないし、現実的な話だとはなかなか理解しにくい。耳に入るけれども、それはまだ見えない。見えるのは、タイタニックという船だけなのです。

 誰もエンジンを止めようとしない
政治家や経済学者、ビジネスマンや銀行マン、そして経済発展を進めようとしているあらゆるエキスパート、その人たちが使っている方法、やり方は、そ
のシステムのなかではとても正常で論理的、現実的なわけです。でもタイタニックと同じように、そしてエイハブの船と同じように、その目的は狂っている。
つまり、われわれの政治経済システムの場合、氷山は将来待っているものではない。災難はもうすでに始まっていて、いわば次から次へと氷山にぶつかり始めているわけです。

 現実主義のススメ
 経済発展はこの半世紀のあいだに、世界の諸文化、自然環境に取り返しのつかないほどの被害を与えました。この世界規模の文化的・環境的災難は、この世界経済システムを続けていればいつか起こるだろう、という予測ではなく、今すでに起こっている現在進行中の「現実」なのです。
 現実主義者になろうと思うなら、まず第一に現実を見なければその資格は得られません。現実とはまず20世紀の歴史記録です。歴史と歴史が作った現状をしっかりと認識したうえで、どんな21世紀を作っていくか、それを考えなければならないのです。

第二章 「非常識」な憲法

経済援助や国連への参加、平和外交、ボランティア活動といった当たり前の要素だけでは不十分で、軍事力を使わなければ「国際貢献」とは言えない、という暗黙の前提があるようです。
 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
 「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
 しかし、日本政府はこの政策を今まで一度も実現しようとしたことがない。一貫してアメリカ軍が日本にいて、日本の軍事防衛をアメリカの軍事力に頼っている。「核の傘」のなかに入っている。だから、日本はまだ前文と第九条の平和主義を試したことはありません。日本政府は本当の意味での平和外交をやったことがないのです。
 最近、もうそろそろこの非常識な日本国憲法を変え、世界の常識に日本を合わせるべきであるという声が強くなってきました。つまり、戦争のできる国、軍事力のある「普通の」国として政策を変えるべきである。非現実的な憲法をやめ、現実主義に戻ろうではないか、と。
 この軍事力に関する「現実主義」がどんなものかというと、国家は交戦権を持つのが当たり前である。それが国家の本質であるということです。

 交戦権を放棄しても自衛権は残るか?
 「国の交戦権はこれを認めない」となっていますが、この「交戦権」とはどういうものなのか、交戦権を放棄しても自衛権は残る、というのなら、一体何を放棄したことになるのでしょうか。この論理で、放棄できるのは侵略する権利しかありません。交戦権は「侵略権」だという説になります。
 交戦権はそう意味のものではない。国連憲章ができて以来、国際法のなかで、国家には自衛権しか許されないのです。侵略されて、それに対して戦うという、そういう状況で初めて交戦権が成り立つのです。
 ある国が侵略されればそれを助けに行くという「集団的自衛権」も国際法で許されていますが、これも基本的には自衛権です。だから自衛戦争でなければ交戦権は成り立たない。つまり「自衛手段としての」交戦権を放棄するということなのです。

 交戦権は兵隊の「人権」
 交戦権というのは、戦争をすること自体の権利です。もっと具体的に言うと、戦争ならば、人を殺しても罪にならないという、特別な権利です。人を殺す権利です。1949年のジュネーブ協定では、「戦争法に従った兵隊」ならば、たとえ敵の兵隊を殺したとしても、捕まった場合、殺しても痛めつけてもいけない。裁判にかけ、起訴することも禁じられている。五分前にその兵隊が自分の仲間を殺しているのを目撃したとしても、捕虜として扱う義務があるのです。収容所に入れ、食べ物を与え、薬を与え、服を与えなければならない。ジュネーブ協定を読んで驚くのは、給料も与えよと書いてあることです。
そして戦争が終わったら無事に帰す義務がある。それが交戦権というもの、兵隊が人を殺す権利なのです。

 国家は「正当な暴力」を行使する
 ドイツの社会学者、マックス・ウェーバーによる近代国家の定義が、政治学の主流のなかでかなり定着していると思います。彼に言わせると、近代国家の本質は、「正当な暴力」の独占を握っている、あるいは、握ろうとしている組織である。
 この「正当な暴力」には三種類あります。
一つは警察権です。二つ目は処罰権、そして三つ目が交戦権です。

 暴力が暴力でなくなる魔法
 国家が、つまり警察か裁判官か、あるいは兵隊が、「暴力」を使った場合、なぜかショッキングでなくなるということです。個人が同じ行為をした場合と違って、それをしたのが国家だと、なにかショックを感じなくなっているのです。そこには国家の魔法が働いているとしか思えません。

 国家に暴力を与えた結果
 政治権力の力学から考えても、国家権力は国民の支持(積極な支持であれ、消極的な承認であれ)によってできるものなのです。ですから国家に「正当な暴力」の権利があるとしたら、それは国民が国家に持たせたということになります。
なぜ持たせたかという理由は、国家がそれを使って私たちを守ってくれる、という期待があったからです。
 20世紀ほど暴力によって殺された人間の数の多かった百年間は、人類の歴史にありません。国家によって殺された人の数はこの百年で203,319,000、つまり2億人にのぼる。これにはナチ・ドイツが600万人やスターリン時代のソ連も統計に入っています。

 国家は国民を守ってくれない
 殺されているのは、外国人よりも自国民のほうが圧倒的に多いのです。ランメルによれば、先の国家によって殺された約2億人のうち、129,547,000、約1億3千万人が自国民だそうです。
 日本の他にもう一つ平和憲法を持っている国がコスタ・リカだというのは有名です。コスタ・リカの憲法も同じように軍隊を持たないと規定しているのですが、その成立の事情は日本の平和憲法とまったく違う。小さい国だから隣国を侵略するはずがない。つまり、軍部を作ればすぐに軍事クーデターを起こし独裁政権を作る。中南米の歴史はその繰り返しでした。だからコスタ・リカの人たちは軍部を作らないと決心した。作ったら国民をいじめるに決まっている。政府の国民に対する暴力を制限するために平和憲法を作ったのです。
 国家間の戦争があったとして、軍人が殺される数よりも、非戦闘員の死者の数の方が必ず多くなるわけです。
 ランメルはデモサイド(democide)という言葉を作りました。それは政府がわざと非武装の人々を殺すという意味です。デモサイドは戦争で敵の軍隊を殺すという、国際法で許された「正当な暴力」と違って、政府による明らかな殺人です。
ランメルによると、戦争で「正当に」殺された兵士の数よりも、民殺で殺された数が圧倒的に多い。国家に殺された2億人のうち、「正当な」戦死は34,021,000人ですが 、国家による民殺は169,198,000人、約5倍にものぼります。
 もう一つ、ランメルが統計で実証しているのが、政府が権威主義的であればあるほど、人を殺す数、特に民殺が多くなるということです。
けれども、忘れていけないのは、原子爆弾を落とした国は代表民主主義の国だけだということです。

 第九条は現実的な提案だった
 百年間、国家に人を殺す許可を与えた結果、その許可を使って、国家はこれだけ多くの人を殺した。考えてみれば当たり前かもしれない。「殺していい」と国民が言ったから国家はたくさん殺した、というわけです。その歴史を認め、考え直すのが本当の現実主義ではないか。
 日本国憲法第九条はロマン主義ではなく、ひじょうに現実主義的な提案だったと私は思います。それを考えたのはマッカーサーと幣原喜重郎だと言われますが、マッカーサーと幣原はアマキストでもないし、ユートピア主義者でもない。とても現実主義的な政治家、あるいは軍人であった。
 二人とも、1945年の日本の現実を見て、判断したのではないでしょうか。彼らが第九条を考えたのは、世界がまさに核の時代に入ったときであり、場所でした。この時代に国家の軍事力だけで国民の命を守ることは、もう不可能だということ。

 第九条が作った「平和常識」
 すでに話したように、第九条と前文が文字通りに実現されたことはないし、すぐに警察予備隊から自衛隊ができ、自衛隊の権限が少しずつ少しずつ拡大されて、ひじょうに矛盾した状況になってきたのは確かですが、でも第九条には、はっきりとした効果があったと思います。
 自衛隊があり、米軍基地があり、矛盾だらけの状況だけれども、そのなかにもう一つの事実があると思います。それは日本国憲法ができて以来の半世紀で、日本国政府の交戦権のもとで一人の人間も殺されたことがない、ということです。これはひじょうに大きな歴史的な事実だと思います。
 戦後半世紀の日本で、二世代、あるいは三世代、戦争を経験したことがない、戦争に出かけたことのない人々が育てられたわけです。つまり、戦後の日本社会のなかで、人を殺さないということが当たり前になった。人を殺さなければならない、と思っている人間は、この社会にはもうほとんどいない。これは私は前から日本の「平和常識」と呼んでいます。
 この半世紀の間アメリカ合衆国は次から次へと戦争をしている。朝鮮戦争、ベトナム戦争、グレナダ侵攻、パナマ侵略、湾岸戦争、いまだにイラクを空襲し続けているし、クリントン政権だけでも、ハイチ、ソマリア、アフガニスタン、イラク、スーダン、そしてコソヴォへと、あちこちに軍隊を送って人を殺している。
 アメリカ合衆国の、文化の中で、人を殺すことになるかもしれない、というのは当たり前の「常識」です。特に男が大人になるということは、「人を殺せる人間になる」と定義づけられてる。日本の「平和常識」に対して、いわばアメリカの「戦争常識」。
 核保有国では、大統領あるいは首相になろうと思ったら、敵国の町に核兵器を落とせる人間でなければその資格はありません。そういうことのできる人間でなければ、大統領や首相になれない。
 日本社会のなかでは、町に核兵器を落とせる人間というのはとにかく非常識で、どうかしていると感じられる。

 戦争は必ず帰ってくる
 アメリカ社会はもとからとても暴力的な社会だったけれども、特にベトナム戦争以来、さらに暴力的になって、沢山の人たちが殺されている。
アメリカでは誰も議論をしないが、その原因の一つが、毎年毎年、何十万の人たちが、殺人訓練を受けているということです。軍隊というひじょうに大きな殺人学校があるのです。普通、人は人を殺せないものです。抵抗があって、なかなかできないし、やりたくない。敵だといわれても、実際に人間の身体を狙って、撃てない人が多いのです。軍隊ではその抵抗をなくす訓練をするのです。殺せない人間から、殺せる人間への訓練です。
 それだけでなく、海外で実際に人を殺す経験をさせている。アメリカ合衆国は、海外ばかりで戦争しているから、本当の防衛戦争を一度もやったことがない。朝鮮半島とかベトナムや湾岸でなぜ戦争をしているか、いくら兵隊に説明しても、兵隊はなかなか信じない。ですからシニカルになるわけです。ニヒリズム・不道徳主義の教育と殺人の教育を同時にやっていることになる。
 そういう教育を受けた兵隊が帰ってきて、事実として、殺人犯のうち、ベトナム帰還兵がとても多い。
 日本社会では、世界のなかで統計的に殺人犯は少ない方だと思います。そこには日本の「平和常識」が働いているのではないか。日本國第九条には、そういう働きがあった。

 個人の正当防衛で軍事行動はできない
 第九条は日本国内にそういう効果があったし、実際日本政府は、直接戦争に関わらなかったけれども、同時に、日本国憲法第九条は20世紀の戦争に関する「常識」への批判でもあったし、冷戦、ポスト冷戦の世界に対する大きな提案にもなっていたはずだと思います。
 実際90年代に入ってから、第九条を世界に訴えるとか、世界に広げようという運動がたくさん始りました。
 その時代に、日本政府が第九条をなくす時期にきたと判断したのは、歴史の(皮肉というより)悲劇だと思います。懸命に自衛隊をPKO部隊として海外に派遣しようとする路線をとり、そして今度はPKOだけでなく、戦争に参加できるような自衛隊に変えようとしている。
 1999年5月24日、ガイドライン関連法案が可決されました。そのなかには日本を戦争のできる国家に変える意図がはっきりと読み取れるのです。もちろんこの新ガイドライン関連法、自衛隊法改正、周辺事態法によって憲法第九条がなくなったわけではない。微妙な区別ですが、第九条はまだあるのだけれども、政府はそれに従わない、守らないということをはっきり言った。そういう意味だと思います。
 周辺事態法の中身と、PKO協力法の中身を比較してみましょう。
PKO協力法第二十条の四:前三項の規定による小型武器または武器の使用に際しては刑法(中略)第三十六条又は第三十七条の規定に該当する場合を除いて、人に危害を与えてはならない。
 つまり武器の使用は刑法第三十六条、第三十七条に従うということになっている。その刑法第三十六条、第三十七条とは、
刑法第三十六条:【正当防衛】①急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
刑法第三十七条:【緊急避難】①自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を軽減し、又は免除することができる。
 個人の正当な防衛、あるいは緊急避難にかぎりマックス・ウェーバーが言っている暴力(ゲヴァルト)を使っても必ずしも違反にはならないという法律です。
 これはとても重要です。つまり軍隊、あるいはPKO活動にしても、そんな法的根拠だけで、仕事はできない。この個人の正当な防衛の権利に基づいて、軍事行動はできないのです。一つは、軍隊なら武器を使うか使わないかは、個人の選択、個人の責任に任せるはずがない。命令されたら撃つ、撃つなと命令されたら撃ってはいけない。それは司令官が決めることです。場合によっては司令官がいないときには、交戦規則と呼ばれる、いつ交戦できるかという規則があって、兵士はそれを教えられる。
 カンボジアに行った日本の自衛隊、つまりPKO協力法のなかの法的根拠しか持っていなかった日本の自衛隊があまり役に立たず、道路工事に使われ、早く返された理由はそれで分かるはずです。
 99年の新ガイドラインには、自衛隊に軍事行動ができるようにする意図があると思います。そういう意味で、新ガイドラインは明らかに憲法違反でもあるし、日米安全保障条約の枠を超えている、とたくさんの人が指摘しています。新ガイドラインの中身から考えれば、現在の安保条約ではなく、別の国際条約を結ぶべきだった。そのためには、少なくとも国会で十分審議してから決めるべきことであったはずですが、不思議な決まり方でした。

 後方支援は戦争だ
 新ガイドラインとそれを正当化する関連法は、PKO法といくつかのはっきりした違いがあります。
 まず、この法律に基づいて米軍の後方支援ができるとある。米軍の後方支援とPKO活動がどう違うかというと、当たり前のことだけれども、後方支援というのは戦争です。PKO活動と戦争は、現象として違うし、法的にも違います。
 ところが政府に言わせると、自衛隊は後方支援に参加したとしても非戦闘員である、日本は交戦国にはならないし、自衛隊は戦闘員にならない。なぜかというと、一つは、日本の法律がそう言っているから。もう一つは、交戦している地域からなるべく離れたところでしか活躍しないから、という言い方をしています。
 国際法によれば、たとえは武装化された貨物船であって、軍需物資を運んでいるならば、敵国はそれを攻撃して撃沈させる権利がある。後方支援をやっている自衛隊の場合は、相手に攻撃する権利があることが、さらにはっきりしている。

 交戦権は復活した
 とても不思議なことなのですが、今度の自衛隊法改定でもやはりPKO法と同じように、武器使用は刑法第三十六条、第三十七条の原理に従うとなっている。PKO活動に出かけたときも、それは成り立たなかった。PKO活動していた他の国の軍隊や司令官は、日本の自衛隊の扱いに困っていた。アメリカ軍の後方支援を想定した新ガイドラインのなかでは、なおさら不可能なのです。刑法第三十六条、第三十七条は個人の正当防衛です。
 もしも自衛隊が軍事行動をしなければどうにもならないような羽目になって、軍事行動を始めるとしたら、日本政府はどうするのでしょうか。第三十六条、第三十七条に従う義務を免除するしかないと思います。でも免除するのだったら、免除する政府の権利はどこにあるか。あるいはその権利は正確になんと呼ぶのだろうか。交戦権以外に呼び方はない。交戦権の復活です。
 何よりもそれを止めようとする大きな社会運動がどこにも見当たらない。

 「新九条」に従うか従わないか
 周辺事態法のなかには、政府が地方自治体あるいは民間組織を戦争の活動に動員してもいい、という条項があります。
(国以外の者による協力など)
第九条1関係行政機関の長が、法令及び基本計画に従い、地方公共団体の長に対し、その有する権限の行使について必要な協力を求めることができる。
2前項に定めるもののほか、関係行政機関の長は、法令及び基本計画に従い、国以外の者に対し、必要な協力を依頼することができる。
3政府は、前二項の規定により協力を求められたまたは協力を依頼された国以外の者が、その協力により損出を受けた場合には、その損出に関して、必要な財政上の措置を講ずるものとする。
 「憲法第九条」は政府に対する国民の命令だから、「憲法第九条」に基づいた反戦平和運動は、その命令に従うよう、政府に圧力をかけるプロテスト・ムーヴメントだった。ところが「周辺事態法第九条は」政府から国民に対する命令です。
 言い換えれば、政府が憲法第九条に従わないと決めたとしても、国民が憲法第九条に従わないかどうかは、また別の選択なのです。
 それは「抵抗」というテーマです。
 アメリカの歴史の中にも、つまりベトナム反戦争運動の歴史の中にも、「プロテストからレジスタンスへ」の変化です。プロテストというのは反対の意思を表現する運動です。反戦集会とかデモとかティーチインとか、それがいわゆるプロテストです。
 1960年代後半になると、抵抗(レジスタンス)の運動に変わった。たとえば徴兵拒否、あるいは軍隊からの脱走、最後の段階で軍のなかの抵抗があった。抵抗(レジスタンス)の段階に入って、反戦平和運動は初めて実力を持った大きな勢力になりました。政府も無視できないような、実力運動になった。
実力運動といっても「暴力」ではなく、これはあくまでも「抵抗」です。
 多くの自衛官は、戦争はしないという日本国憲法の契約をある意味信じたうえで自衛官になったと思います。自衛官の中からも、話が違うじゃないか、と言い出す人がいてもおかしくない。
 そういう意味で、逆説的なことですが、新ガイドライン関連法、特に周辺事態法によって、「憲法第九条」が日本国民の集団的な決断として復活する可能性をも与えてくれているのではないかと思います。


第三章 自然が残っていれば、まだ発展できる?

 私は経済発展を「イデオロギー」と呼んでいますが、これをイデオロギーではないと思う人が多いのではないでしょうか。経済発展は、現実主義の、現実的なものの考え方、というふうに思っている人が多いと思います。経済発展が必要であるということに関して、20世紀の主要なイデオロギーのあいだに、意見の違いはなかった。
 だから、経済発展イデオロギーは、思想としての覇権を握っていたということの実証でもあります。けれども、この経済発展のイデオロギーが21世紀も同じ迫力で覇権を握り続けるならば、とても大きな災難になるのは間違いありません。だから、このイデオロギーはいったい「何だった」のか、ということを振り返って考えなければならないと思います。

 発展イデオロギーが生まれた瞬間
 アメリカの大統領選挙に勝ったトルーマンが、1949年1月20日の就任演説で「アメリカには新しい政策がある」と発表しました。未開発の国々に対して技術的、経済的援助を行い、そして投資をして発展させる、そういう新しい政策でした。「未開発の国々(アンダーデヴェロップト・カントリーズ)」という用語や「近代化(モダナイゼーション)」という項目はこれ以降どんどん増えて、いつのまにか経済学、社会学の専門用語として定着していたわけです。
「発展(デヴェロップメント)」という言葉自体が、トルーマン演説によって変えられた、作り直された言葉なのです。
 もう一つ重要なのは、発展されるというか、発展させられる国は、アメリカ合衆国ではなく、別の国であるということです。
 英語の「発展する(デヴェロップ)」は本来自動詞なのです。他動詞ではない。だから言葉としてふさわしくないように聞こえます。

 「発展」は作り変えられた言葉
 「経済発展」という言葉のイデオロギー的な力がこの矛盾のなかにあると思います。
「発展する(デベロップメント)」という言葉、そして日本語の「成長」や「発展」という言葉の本来の意味を考えてみると役に立ちます。「経済発展」という全地球的なイデオロギーは、アメリカから日本に入ったものであって、思想と同時に、言葉の曖昧さも一緒に日本語の文脈に入ったからです。
 developという言葉を「オックスフォード英語辞典」で調べてみると、developの本来の反対語はenvelop、つまり「包む」ということです。日本語でいえば風呂敷とか紙で包むという意味です。Developというのはその反対の行為、「ほどく」とか「とく」、つまり紙や布に包まれた何かを出すという意味です。
 つまり、何か物に包まれた、紙や布に包まれたものが、だんだん出てくるような変化を指すわけです。
 日本語の辞書を調べると、「成長」というのは「育って大きくなること」。「発展」は「伸びて広がること」。ほとんど同じイメージだと思います。「開発」の方は「開き起こすこと」と広辞苑に書いてありますから、これは他動詞だと思います。「成長」と「発展」はdevelopとほとんど同じ基本的なイメージでしょう。
 あらゆる変化を「発展(デベロップメント)」と呼ぶことはできない。一種の構造に従うような変化を「発展(デベロップメント)」と呼ぶのが正しい言葉の使い方です。
 ヘーゲルはその哲学のなかで、ドイツ語Entwicklungという言葉を使い、歴史の移り変わりのなかで、人間の精神、あるいは歴史そのものの精神が、「発展」すると言いました。ヘーゲル哲学のなかの、「発展」という用語は、生き物の成長のような形の変化を指していて、他動詞ではなく、自動詞なのです。
 自国ではなく、世界に対する政策として「発展させる」という言葉を使い始めたのはアメリカのトルーマンが最初です。

 「未開発」は「野蛮人」の言い換え
 まず、西洋の経済制度に入っていない国はすべて「未開発(アンダーデベロップト)」と呼ぶ。「未開発(アンダーデベロップト)」という範疇のなかに、ヨーロッパ、アメリカ以外のあらゆる文化、あらゆる民族、あらゆる社会、あらゆる経済制度を入れる。
 「未開発(アンダーデベロップト)」の共通点はそれぞれが持っている特長ではなく、同じ物を持っていない、ヨーロッパ、アメリカの経済制度に入っていない、その「欠如」が共通点なのです。
 だから、言葉の歴史からいうと、「未開発」という言葉に「野蛮(バルバリアン)」が置き換わったと言える。「野蛮(バルバリアン)」が使えなくなって、新しい言葉が必要になった時期だったとも言えます。
 トルーマンが演説したのは、第二次世界大戦直後です。植民地を持ってはいけないということが、国連憲章にも書かれ、それが新しい常識になった。そして第二次世界大戦後元の帝国の一部の植民地に対し、基本的にアメリカは覇権を受け継いだ段階で、昔の植民地支配のやり方はもう使えない段階。そこで新しいやり方が必要になった。
三つ目は、ちょうど冷戦が始った時期でありました。第三世界の国々で、アメリカとソ連のどちらが力を持つかという激しい競争があった。
そしてもう一つ、この歴史的な瞬間の特徴は、戦争が終わった段階でアメリカは投資する場所を探していたということ。そこで「未開発」の国を、投資すればちゃんと返ってくるような経済制度に作り直せば、とても役に立つことになります。

そして搾取は見えなくなった
グローバリゼーションというのは新しい現象ではなく、植民地主義も、帝国主義もグローバリゼーションだった。これは搾取であるということを、みんなが意識していた。
 これを「発展(デベロップメント)」と呼べば、それはまるであたかも、それぞれの文化、文明、社会のなかに隠されていた可能性が解放されるかのようなイメージになる。実際にやっていることは、植民地時代とそれほど変わらないにもかかわらず、外から資本が入って、伝統的な文化を壊し、搾取する。
トルーマンの演説の前と後で、学問においても、ものすごく大きな思想の転換、パラダイム転換がありました。アメリカで出版された『社会科学百科事典』
で比べると、1933年の百科事典には、「未開発(アンダーデヴェロップト)」とか「近代化(モダナイゼーション)」という言葉はまったく存在しない。それらの言葉に該当するのは、「遅れた国(バックワード・カントリー)」という言葉だけです。Backwardというのは「裏返し」というような意味です。今の英和辞典では「未開発」というふうに訳されているかもしれないけれど、本来この言葉には「開発」とか「発展」という意味は入っていませんでした。
 そして「遅れた国(バックワード・カントリー)」の定義を、税金制度を持っていない、労働倫理も持っていない、つまり根本的にその社会を変えなければ、利益的に搾取不可能な国である。
 68年の事典では「遅れた国(バックワード・カントリー)」という言葉は消えています。第三世界の国々の経済成長に関して、その中に搾取が隠されているのだということを匂わせる文章はどこにもなくなってしまいます。

 歴史から消えた「強制労働」
 33年の百科事典には「強制労働」という項目があります。ほとんどの植民地において、最初のインフラストラクチャーは強制労働でできたのです。
そして強制労働の種類として、一つは直積的強制労働、つまり奴隷制。二つ目には間接的強制労働もある、植民地に税金制を設ける、というやり方です。税金を払うために工場で働かないと手に入らない。三つ目が、自給自足の文化があった場合のやり方。森林を伐採して、何かのプランテーションを作る。森林がなくなってしまえば、プランテーションの労働者になるしかない。これも間接的強制労働である。
 経済発展イデオロギーの文脈で作られた68年の百科事典では「強制労働」の項目がなくなっている。
今の世界がどういう過程でできてきたかを知らないと、今の世界は何なのかということも分からない。それが、発展経済学の理論に合わないからという理由で、消えたのです。

 「発展」という言葉の不思議な力
 この経済発展のイデオロギーの力というのはすさまじい。その枠の中、その文脈のなかで現在の世界を見ると、まったく別のものが見えてくる。あるいは、世界を見ても、何が起こっているかまったく別のものが見えてくる。あるいは、世界を見ても、何が起こっているのかまったく認識できない。そういう力を持っている。
 発展という言葉のそういう効果、力を理解するために「遡及(そきゅう)的目的論(レトロアクティブ・テリオロジー)という奇妙な言葉を思いつきました。
 「遡及(そきゅう)的目的論」の分かりやすい例に、「鉱石」という言葉があります。石の「目的」は金属を人間に提供することである、というように勝手に目的を遡って植えつけるのが、「遡及(そきゅう)的目的論」です。「未開発の国」という言葉も同じです。
 「発展途上国」あるいは「未開発の国」という「言葉は「鉱石」と同じように、外から目的を植えつけている。そこに住んでいる人の立場がどうであれ、「目的」を達成し始めると、これは発展だということができる。そういう不思議な言葉になっているのです。

 スラムは近代建築だ
 この発展イデオロギーが今の世界をかなり神秘化していることに気づくはずです。
 一つは、この世界経済は一つになっていることを真剣に信じてみることが大事だと思います。グローバルライゼーションは、植民地時代に始って、それがすっと進行しているのですが、今やこの資本主義、産業経済システムは地球の隅々まで根付いた。私たちが経済発展と呼んでいること、それは地球上のすべての人間、すべての自然を産業経済システムのなかに取り入れることなのです。
 今の世界は立派に「発展された」世界であると考えるべきだと思います。スラムというのは経済発展の結果として現れた建築スタイルなのです。経済発展とは「スラムの世界」を「高層ビルの世界」へと少しずつ変身させる過程だというのは錯覚であって、ごまかしです。
 第三世界あるいは南の国は「発展されて」いないのではないのです。「発展されて」そうなっている。発展が足りないから貧乏なのではなくて、発展されたから貧乏生活が以前と違った貧乏生活になったと考えたほうが正しい。貧乏であるなしにかかわらず、地球上のあらゆる人が世界経済システムに完璧に組み込まれている、そういう意味です。

 「みんながいつか発展する」という約束
 経済発展は、南北問題を解決するのではなく、原因の一つなのです。『発展白書(デヴェロップメント・レポート)』という、世界の成長がどの程度進んでいるかというレポートを世界銀行が毎年出していますが、マイナス成長になっている国がかなり多い。
 それは間違った成長で「発展(デヴェロップメント)」を直せば、みんな豊かになるだろうと言う人がいるかもしれませんが、構造的に、原則的に、それは不可能だと私は思います。一つは、みんなが経済発展すると地球がもたないということです。

 みんなが金持ち(リッチ)になることはできない
 もう一つ、経済発展の思想のなかには、ある種の豊かさのイメージが組み込まれていると思います。『オックスフォード英語辞典で知ったことですが、richというのはラテン語のrex、つまり「国王」からきた言葉です。だからrichのもともとの意味は経済的な力ではなく、権力なのです。国王が持っているような力(パワー)がリッチのもとの意味だった。それが数百年たって経済力がrichの意味になったわけです。他人の労働力を支配できるということが、金持ち(リッチ)の本質です。自分が金持ち(リッチ)になろうとすれば、自分がお金を集めるか、周りの人たちを貧乏にするかですが、どちらも結果は同じです。
 私はそれが唯一の豊かさだとは思いません。人間が共有できるような、一緒に、ともに生きるような豊かさがあると思います。

 貧困は再生産される
 貧困にもいくつかの種類があると思います。
 一つは伝統的な貧困。これは自給自足の社会を指します。二つ目は、世界銀行が呼ぶところの「絶対貧困」。これは食べ物が足りなくて、服が足りなく、健康な生活ができない状態。三つ目は、金持ち(リッチ)の前提になっている貧乏(プアー)。金持ち(リッチ)に馬鹿にされる、そういう社会関係が一番辛いわけです。馬鹿にされても反抗できない、その無力(パワーレスネス)さがこの種の貧困の特徴です。四つ目は、技術発展によって新しいニーズが作られ、そこから新しい種類の貧困が生まれるのです。イリイチの言葉を借りれば、「根源的独占」から生まれた貧困。何か新しい技術ができると最初は金持ちだけが買う。それがだんだん、あればいい、ではなく、なければ困る、というふうになってくる。買えない人たちは、それを買うお金がないから貧乏、ということになる。この貧困の特徴は、経済発展や技術発展によって解消されるのではなく、経済発展と技術発展によって再生産されるところにあります。これは技術発展によってたえず作り続けられる貧困なのです。

 経済発展で貧困は解消しない
 20世紀の経済発展は、大雑把に言うと、この四種類の貧困のうちの一つ目を、三つ目と四つ目に作り直すという過程です。経済発展によって貧富の差がなくなるという幻想は、ロサンゼルスを見れば間違いだと分かります。貧富の差というのは、経済発展によって解消するものではない。貧富の差は正義の問題だと思います。経済学で考えれば、貧富の差がいけないという理由は何もない。
 「正義」というのは、政治の用語です。貧富の差は経済活動で直るものではない。貧富の差を直そうと思えば、政治活動、つまり、議論して政策を決め、それをなくすように社会や経済の構造を変えなければならない。

第四章 ゼロ成長を歓迎する

ローマ・クラブの『成長の限界』という本が1972年に出ました。これは世界の経済成長をそろそろ止めなければならないという研究でした。
経済成長が地球を破壊する原因になっているということは、その頃からずっと言われ続けていることであって、もうすでに誰もが分かっていることのはずです。知識として、経済成長はもうそろそろ限界にきている、それを止めなければということは、みんな知っているはずです。知っているけれども、決定的な行動に移すことは、なぜかとても難しい。
 私たちは、燃えるゴミと燃やしてはいけないゴミ、有害ゴミ、ビン、カンなどに、毎日ゴミを分別して出したりしています。有機農業をやるか、あるいは、その有機農業でできた野菜や果物を買ったりはします。
 けれども基本的には、消費社会、消費文化を続けているわけです。ほとんどの経済学者や政治家、ビジネスマンは、これからも経済成長を続けるという立場にたっている。そしてこの立場は、相変わらず「現実主義」と言われているわけです。
 ところが、数年前から日本の成長率がゼロになった。経済学者や政治家たちはこれをなんとか直して、まだ経済成長を続けるべきだと考えて、いろいろな政策があれこれと議論されている。最近はちょっとプラスになったが、まだゼロに近い状態が続いています。
 今の日本のこの状況、ゼロ成長の状況は「不景気」とか「不況」であって、大問題といわれていますが、これはとても有意義な「機会(チャンス)」であるというふうに考えた方がいいのではないかと思います。これからも経済成長を続けて豊かな社会を求めるのではなく、経済成長なしで、ゼロ成長のままどうやって豊かな社会を作るか、という別の問題提起、別の問題の設定に変えるのです。

 「パイが大きくなればピースも大きくなる」の嘘
 「ゼロ成長歓迎」というのは、成長がゼロになればそれが解決だと言う意味ではなく、ゼロになったということを歴史的なきっかけにしたらどうか、と言う意味です。貧困者が増えることを止める努力を諦めると言う意味ではまったくありません。それは経済的な解決ではなく、政治的な解決です。つまり成長ではなくて、分配です。正当な、正義に基づいた分配という解決を求める。
 豊かさのパイを再配分するのではなく、パイそのものを大きくすれば、小さなピースもそれなりに大きくなるのだから、みんな満足する。これはアメリカ政府が陳腐になるくらい何度も繰り返し言ってきたことです。
 ところが、問題は少なくとも二つあります。まず、パイは大きくなるかもしれないけれど、地球、つまり自然環境は大きくなりません。だから、パイを大きくし続けるために経済成長をいつまでも続けていくわけにはいかない。
 そして世界経済システムそのものの構造から考えれば、パイの大きな部分はどうして大きいのかというと、もちろん小さいところからとっているから大きいのです。だから、経済成長によって小さなパイのピースも大きくなるというのは嘘です。実際に「マイナス成長」の国があるわけです。
 現在、世界の人口の20%が、世界の資源の80%を消費している。

 豊かさの質を変える
 ゼロ成長を歓迎するということは、相対的に貧乏な人たちやホームレスの人たち、失業した人たちを無視するということではありません。この政策はむしろ、そういう人たちの安全を保障する仕組み、すなわち安全(セーフティ)ネットをつくることを目指します。今の競争社会を、相互扶助というか、人々が互いに協力し合える社会に切り換えることを意味しています。経済成長よりもはるかに面白いプロジェクトを積極的に取り上げることを意味します。物質的な豊かさではなく、本当の意味での豊かさを求める社会、そして正義に基づいた社会をどうやって作るか。

 「対抗発展」とは何か
 そういう社会を求める過程を、私は暫定的に「対抗発展(カウンター・デヴェロップメント)」と呼んでみたいと思います。経済発展ではなく人中心の発展です。
 「対抗発展」と言う言葉でまずいいたいことは、今までの「発展」の意味、つまり経済成長を否定することです。一つには、対抗発展は「減らす発展」です。エネルギー消費を減らすこと。それぞれの個人が経済活動に使っている時間を減らすこと。値段の付いたものを減らすこと。そして二つ目の目標は、経済以外のものを発展させることです。経済以外の価値、経済活動以外の人間の活動、市場以外のあらゆる楽しみ、行動、文化、そういうものを発展させるという意味です。経済用語に言い換えると、交換価値の高いものを減らして、使用価値の高いものを増やす過程、ということになります。
 環境問題(もちろん貧富の差も)を起こしているのは「南の国」ではなく「北の国」です。過剰発展、過剰生産をしている産業国です。

 「対抗発展」は快楽主義である
 それぞれの国がさらに経済成長を続けたとしても、その社会の安全保障や、本当の意味での豊かさ、快楽、幸福、幸せの量とはあまり関係がないということが見えてくるはずです。
 確かに過剰成長の社会には、快楽を感じるような技術や機械、エンターテイメントといったものがとても進んでいるのですが、逆にそういう機械や技術に頼らずに快楽を感じる能力、楽しくする能力が、社会として、あるいは一人ひとりの個人も鈍くなっているように思う。消費による快楽ではなく、本来の快楽主義。われわれ人間の快楽、楽しさ、幸福、幸せを感じる能力、それらを発展させるのです。

 仕事と消費、二つの中毒
 従来の経済発展のものの考え方から、私たちは二つの大きな影響を受けています。一つは私たち人間を「人材」にするということです。人が人材になるということは、人間を生産の手段にするということです。
 もう一つは、消費者。つまり生産の手段としての人間に対して、消費の手段としての人間です。別な言い方でいうと私たちは、二つの中毒から楽しさを感じることを学んだ。一つは仕事中毒。人事としての人間が仕事中毒になって一生懸命仕事をすれば、一種の楽しさを感じるようになる。もう一つは消費中毒。お金を出して物を買えば、やがてお金を払うこと自体が楽しくなる。どちらにしても、お金の値段が付いていないと、楽しくない。お金を得る活動が楽しい。お金を払う活動も楽しい。お金の値段が付いていなければ、楽しくない。それが経済人間です。経済人間は自分の存在自体が、経済の歯車になっている。
 「対抗発展」の目的の一つは、そういう「人材」から普通の「人間」に戻ることです。「対抗発展」は、経済は成長しなくてもいい、その代わりに意味のない仕事、あるいは世界を悪くするような仕事、金以外に何も価値のあるものが出てこないような仕事を少しずつ減らしていくという過程です。

 何が進歩するか?
 この「対抗発展」は逆戻りとか過去へ戻るということとはまったく無縁です。資本主義、経済発展イデオロギーのなかでは、経済成長こそが進歩だという考えが定着しました。だからもし「対抗発展」の過程に切り換えられれば、進歩する対象は変わるわけです。進歩によって変わるのは物ではなく、人間です。
社会や文化が変われば、それが進歩であるということになります。
 物を少しずつ減らして、その代わり、物が無くても平気な人間になる。それは人間の能力の発展ということになります。生きていることを楽しむ能力を身につけるということです。

 「自転車より車が新しい」の幻想
 近代科学で重要な基準の一つは能率ですが、あらゆる陸上の乗り物のうちでもっとも効率がいいのは自転車です。つまり一人の人間を1キロメートル動かすのにどれだけのエネルギー(何カロリー)が消費されるか、という測り方です。世界の多くの政府がものすごく大きなお金(税金)と労力を投じて、車に有利な条件を作っています。道路を建設したり、交通信号を立てたり、歩道橋を作ったり、自動車産業がどれだけ政府からの援助を受けているかが良く分かります。

 24時間働くべきか?
 ベンジャミン・フランクリンは「時は金なり(タイム・イズ・マネー)」といいました。極端な言い方をすれば、働いていない、金儲けをしていない時間はすべて無駄な時間ということになる。経済発展の論理は「時は金」の論理なのですが、対抗発展の論理は、「金は時間」です。豊かさは余暇に替えることができる。
 社会の豊かさの基準を、お金から時間(余暇)へ切り換えるということです。「金は時間」といったときのその「時間」は、もっと生産するための時間ではなくて、管理されていない時間、自由時間、人が個人として本当にやりたいことをやる時間です。

 私たちは転換期の直前にいる
 私たちは今、来るべきパラダイム転換の前の段階にいます。いわゆるオルタナティヴ経済学が常識になって主流になる直前の段階です。
 これ2000年3月10日の『ジャパン・タイムズ』に農林省が日本の食糧自給率を2010年までに40%に引き上げる計画を立てている。その後50%の目標を立てるつもりであると書いてある。食糧をを延々と海外から輸入するということは、非常識な、危険なことであるということがやっと政府にも、少なくとも農林省(当時)には分かった。
 あくる日の11日付けの新聞には、日本政府は2010年までに16基から20基の原発を作る計画を立てていましたが、それを見直すと発表した。やはり原発が危ないということは現実であり、事実だった。下からの運動をやる意味がある、ずっとやっていればそのうち効果はあるということです。


第五章 無力感を感じるなら、民主主義ではない

定期的に選挙がある、複数の政党がある、憲法がある。そして、その憲法には基本的人権の保障が書いてある。刑法、民法は文章になって公開されている。
ちゃんとした裁判がある。裁判の判決が出ないと処罰されない。そういった条件がそれらの国にそろっているので民主主義の国と言われる。
 ところが、特に先進工業国のなかで、無力感を感じている人が多いのではないでしょうか。
 ギリシャ語のデモスは民衆、あるいは人民という意味、クラティアというのはいわば力(パワー)です。クラティアというのは人が集まった結果として出てくる力(パワー)なのです。
 つまり民主主義(デモクラシー)の本来の意味は、民衆、あるいは人民に力があるということです。クラティア、民主主義(デモクラシー)の力(パワー)というのは、共同生活に関する一番重要な決定、あるいは選択をみんなが議論して決める、そういう力です。つまりその社会の基本的な構造、一番基本的な傾向を国民が変えられないのであれば、それは民主主義ではない。

 もっとも民主主義的な選挙はくじ引き
 国家には、三つの身体がある。一つは政治的な身体。もう一つは軍事的な身体、さらにもう一つは経済的な身体。民主主義国と言われている国にしても、そう言われているのは政治的な身体についてだけであって、軍事的な身体と経済的な身体は、明らかに非民主的、反民主的であると思います。
 古代ギリシアでは、選挙で代表を選ぶというのは民主主義ではなかった。選挙は貴族制だとアリストテレスは言っています。なぜかというと、選挙をすれば、一番有名な人、一番お金のある人、一番社会で目立つ人が選ばれるのであって、それは貴族だからです。
 民主主義でもし代表を選ぶ、民主的に代表を選ぶとしたら、それはくじで選ぶべきである。古代ギリシアではくじで選んでいました。市民なら誰でも選ばれる可能性がある。市民なら全員が、代表になるかもしれないという、心の準備を持たなければならない。どの市民を選んでも代表を務められる、それだけ共同体に対する責任感があるという前提なのです。また選ばれた人は、選ばれたということを威張る理由がないわけです。代表を選ぶとすればくじ引きで選び、あるいは市民が直接政治の選択に参加する、ということが民主主義だったわけです。

 いつ選挙制が民主主義と呼ばれるようになったか?
 アメリカ合衆国憲法が制定された当時、民主主義者は中央集権化はよくないと反対運動(反連邦主義運動)を起こしたが、憲法草案作成の中心人物のエリート勢力には勝てませんでした。こうして民主主義は反対派の思想だった。
 1830年代になりアメリカ合衆国全体を民主国家と呼び始めた。制度が変わったのでも憲法が変わったのでもなく、民主主義(デモクラシー)の定義が変わったのです。民主主義の理念は、反対派の理念から国家イデオロギーに変わったのです。
 最初に民主主義だとは誰も言わなかったような政治形態が、しだいに民主主義に対する考え方が変わり、平等に対する考え方も変わることで、いつしか民主主義であると言われるようになった。
 人民が実際に権力を持っているかどうか、ということはその定義には入っていないのです。

 軍隊があるかぎり民主主義国家とは呼べない
 国家には、軍事的な身体がある。軍事行動が民主的でないということは明らかだと思います。軍事組織自体が、反民主的な組織であるわけです。
軍事組織は基本的に、政治用語で言えば独裁です。民主主義と言われる国のなかにも、いわば相対的に自由な領域と、全体主義的な領域の両方がある。
軍隊組織をなくさないかぎり、国家が本当の意味で民主主義的であるとは、言いにくいのです。戦争になれば軍隊組織が強くなって一般社会に対する影響も強くなる。つまり日常生活が軍事化される。だから、戦争の可能性、そして軍隊組織の存在はいつも民主主義の思想と民主主義の精神の足を引っ張ることになるのです。

 暇がなければ民主主義は成り立たない
 経済の身体、経済の組織にも、とてもは反民主主義的な側面があると思います。まず一つは経済活動の中心になっている株式会社(コーポレーション)の組織です。政府の官僚制度もそうですが、会社の組織というのは基本的に軍隊組織の真似だと思います。どちらも軍隊組織の基本的な論理を使っているので、とても似ている。ピラミッド組織としてのヒエラルキーがあり、一番上に決定権のある人たちがいて、命令は上から下へ降りてくる。下の人は上の人に対して尊敬をこめた言葉を使わなければならないし、上の人が下の人に対して命令をする権利を持っている。
 会社も軍隊と同じように少なくとも勤務時間のなかには、民主主義の論理、自由の論理、平等の論理は当てはまりません。
これもアリストテレスが書いたんですが、民主主義の必要条件は社会に余暇、自由時間があるということです。余暇がなければ、民主主義は成り立たないと。
 人が集まって議論したり、話し合ったり、政治に参加するには時間がかかる。そういう暇がなければ、政治はできないのです。政治以外にも、人は余暇で文化を作ったり、芸術を作ったり、哲学をしたりする、とアリストテレスは言いました。その市民の余暇のために奴隷制が必要であると続きます。
奴隷の定義は余暇のない人間である。と考えれば、われわれの社会はどうだろうか、ということになる。勤務時間以外にほとんど暇がないという状態が日常であるとしたら、私たちのほとんどは、アリストテレスのいう奴隷の範疇に入っているということになるのではないでしょうか。
 民主主義にはやはり余暇が必要なのです。具体的な民主主義、つまり、人が本当に政治の議論、政治の選択に参加し、政治権力そのものを担おうと思えば、たまの日曜日の活動や議論くらいでは足りません。そういう意味で、国家の経済的な身体は民主主義の足を引っ張っているのです。

 誰もこんなに働きたくなかった
 ヨーロッパの場合、産業化の一番最初の段階で、労働者はどこからきたかというと、それは囲い込み(エレクロージャ)運動からです。つまり、農産地を追い出され街に流れてきた、ほかに仕事のない階層から最初のプロレタリアが生まれた。
 フランス語に「サボタージュ」という言葉があります。もともとはフランス語の「木靴(サボー)」からきた言葉です。機械の歯車に木靴を入れると機械が壊れる、ということで、サボタージュという言葉ができた。ヨーロッパでは長い間、賃金労働は侮辱でした。自分の意思でやろうとした仕事ではなく、ただお金をもらうための労働というのは、非常に侮辱的なことであるという価値観がずっと続いてきました。「賃金奴隷」という言葉は、20世紀の前半まで残っていました。
 どこで、誰がみずからこの長時間の労働制度を選んだか。誰も選んでない。人類の歴史を広く考え直してみると、管理された10時間あるいは12時間を毎日毎日、朝から晩まで働き続けるということは、人間にとってとても不自然な、無理をした生き方なのです。工場でも、事務所でも、みずから、自分からやりたいことをやっているのではなくて、上からの命令に従ってやっている。面白いか面白くないか、ということで決めるのではなく、とにかく会社が決めたことをやる。基本的にはお金がないと生活ができないということで、仕方なくやっているわけです。しかも現在のあり方が当然ではないかというふうに考える、つまりそれは「常識」になったわけです。

 経済を民主化せよ
 社会主義の主張は、資本主義、つまりこの労働の組織化、労働者がプロレタリア階級になっているというこの状態は非民主的であるということです。社会主義は経済の民主化を目的とする、という言い方でした。あるいは、労働現場、仕事場の民主化。労働者に権力を持たせる、それが社会主義の約束だった。
 マルクスも書いてますが、フランス革命によって政治形態は民主化されたけれども、経済の形態はまだ民主化されていない。それが社会主義の仕事であるという考え方です。
 ソ連と東ヨーロッパの社会主義は解決にならなかったということは、したがって資本主義の経済制度は民主的である、という意味ではない。それが非民主的であるという問題はまだ残っているのです。
 経済制度を民主化する過程の第一歩は、経済的な決定であると言われている政策決定の多くが、実は経済的な決定ではなく政治的な決定であると認識することです。この決定この政策は政治的である言った場合、つまりそれは専門家やエキスパートが決めることではなくて、普通の市民、人民が選択する、決定する権利があるという意味です。

 私たちには力がある
 民主主義の本来の意味は人民(ピープル)に力(パワー)があるということです。ときどき歴史のなかで人民は立ち上がって、実際に権力を握ることがあります。
運動を起こして、人々が実際に歴史の方向性を変える、そういうことがある。フィリピンのピープルズ・パワー運動とか、ポーランドの「連帯」とか、日本の場合は60年安保闘争とか、そういうことがれきしのなかにはあった。
 もう一つの側面は、どんな制度のなかにいても、潜在的な力(パワー)は人民(ピープル)にあるということです。客観的な事実として、あらゆる権力が、政治権力も経済権力も、どこから来るかというと、普通の人々から発生している。経済的に言うと、これはマルクスの基本的な洞察だと思いますが、すべての経済的な力(パワー)、つまり富は労働者が作っている。労働者は労働によって、資本家の力、資本家の資本そのものを生産している。労働者が働いて資本を作るのです。
だから労働者は、朝から晩まで働くことで、自分を管理し、自分を搾取し、自分を抑圧する力を自分で作っているという、ひじょうに逆説的な状況にいることになる。それが「疎外された労働」です。
 政治権力も同じで、政府の官僚の命令に従う人がいなければ官僚の力もないし、政治家の力は票をもらわなければ成り立たない。政府自体、これが政府であると信じる人がたくさんいなければ、政府の権力も成り立たないのです。だからそういう権力がすべて基本的に普通の人々から生まれてくるのだということは、理念ではなく、希望でもなく、客観的な事実なのです。

 サヴァイヴァルとしての活動
 それぞれの個人の潜在的力(パワー)を経済的役割、政治的役割、文化的役割の社会的役割を考えると、経済的役割としては、まず私たちは労働者としての役割を持っています。職場内言論の自由を獲得して、大きな声であらゆること-労働条件、公害問題、周辺事態法、神の国発言、憲法調査会、その会社の生産方針と社員に対する扱い-などについて話せるようになったら(つまり、当たり前の話ができるようになったら)、どれだけ社会が変わるか、ということも分かるでしょう。
 そしてもう一つの私たちの経済的役割が消費者です。自分の良心や生き方に合わないことをやっている会社(低賃金労働者を搾取する、環境破壊をする、兵器を生産する、女性を差別する、など)の商品を買わないのは当然だ、という感性が常識になったら、すごく大きな力になるでしょう。「テレビのコマーシャルに出てくる商品はまず買わない」という大まかなルールに従えば、ほとんど間違いはないでしょう。
 今、オルタナティヴ経済に変えようとする運動が広がっています。日本でも、企業を通さずに直接農家から食料を買うシステムや、正当な値段で南の国から輸入する貿易会社があります。消費者としての自分がこうした別の将来を作ろうとしている活動に関わることは、社会変革にも自分の生き方の変革にもつながります。
 そして政治的な役割ですが、すべての政府の政治権力は民衆の支持(積極的であれ消極的であれ)から生まれるのが事実ですが、日本政府の場合、世論とかなり違った政策を強引に決めることが多い(新ガイドライン関連法がその顕著な例ですが)。政府の政策が民衆の信念を正直に代表するものになったら、それだけで日本の政治はかなり変わるでしょう。
 「世論」というのはテレビのニュース・キャスターやタレントが作るものではなく、民衆の構成員である個人が作るものだということです。
 国家の暴力(戦争)や環境問題など、21世紀はそういう政治活動への参加が当たり前にならなければ解決できないような問題がたくさんあります。だから、参加することが当たり前になる市民社会を形成しなければならないのであって、そのためには、まずは自分自身が変わる「民主化」が必要なのです。
 最後に個人の文化的な役割ですが、経済価値や政治権力と同じように、文化は、文化庁や一握りの文化人が作るものではなく、民衆が作るものである、ということです。今の主流の文化は完全にこの政治経済システムに組み込まれたものです。文化によって人間社会にあるさまざまな物の「価値」が決まりますが、今の消費文化のなかでは、お金の価値(つまり値段)がついていないものには価値がない、それどころか、存在感もないことになっています。今後、経済の交換価値(値段)以外の、本来の物の価値を評価できる感性・美意識を中心とする文化が復活すれば、市場経済が持つ私たちに対する支配力はかなり弱まるでしょう。
 こういう当たり前の、常識的なことは依然として、社会の中心からかなり排除されています。常識なのだけれども、いわば「裏の常識」「周辺的常識」「アウトサイダーの常識」になってしまっている。
 しかし、これからの政治、経済、文化を変える活動は、何らかのイデオロギーや主義主張、特別な信仰によるものでなく、(地球と人間社会)サヴァイヴァルの必要条件なのだということを、冷徹な現実主義者は理解しなければならない。その理解が広がれば、この「裏の常識」は「表の常識」、主流の常識になってくるでしょう。

第六章 変えるものとしての現実

もう一度、私たちはどんな状況にいるのか、どんな現実を生きているのかという問いに戻りたいと思います。
* 死ぬ人間
「安全保障」といえば「日米安全保障条約」をまず思い出します。安全保障=軍基地というのが主流のイメージです。私たちの安全保障は国家が独占している「正当な暴力」に頼るのが当たり前というのが相変わらず世界の常識であって、どうもそれが日本の常識としても復活しそうです。20世紀の百年間で2億人の人間、それもおもに自国民を殺したのがその国家であるにもかかわらず。
一方、世界で毎日餓死している人間の数は、、ノーベル経済学賞をとったアマルティア・センとジャン・ドレーズが書いた『飢餓』という本によると、ジャンボジェット300機の乗客とほぼ同じ数だそうです。政治家や発展経済学者はこの問題の解決として、経済発展しかないと言う。この状況こそが半世紀続いてきた強引な経済発展政策によってできた世界経済システムの現実である。
*死ぬ種
生物学者が記録していない種が次から次へと絶滅しつつある。多くの種が記録されないまま絶滅してしまえば、科学者がこの地球上の生物の模様を全面的に把握できなくなる、そのチャンスを失ってしまうことを心配している。
*死ぬ言語
ウォルフガング・ザックスが編集した『脱「開発」の時代』によると、現在世界には5100くらいの言語がある。ところが2世代先まで残っているのはそのうちたぶん100くらいだろうと地理学者が予測している。
一つの言語は、たんにコミュニケーションの手段であるだけではありません。そのなかには、いろいろな人間の経験とか、気持ちとか、歴史とか、美意識とか、ものの考え方や世界観が組み込まれています。一つの言語は人類の文化、文明の一部であって、人間のさまざさな可能性のなかの一つがそこに実現されている。
*死ぬ生物圏
生物圏という言葉がありますが、それは生物が生息可能な領域、つまりこの惑星の表面を指しています。私たちは、それが宇宙のなかで唯一、命の生息が可能な場所であると知りながら、このきわめて限られた生物圏を少しずつ破壊しています。

 間に合うか、間に合わないか?
 原発があれば、いつかまた放射能が漏れる、事故は必ず起こるからです。人が忘れたとしても、とにかく問題は続きます。
 反原発運動は、ユートピア主義とか理想主義とか、何かのイデオロギーに基づいた運動ではなく、現実に存在する問題に基づいた運動です。
 実際に放射能はこれまで何度も漏れたし、故障しない機械などありえないというごく当たり前のことを思い出せば、これからも漏れるということは分かります。ですから、反原発運動は残るかなくなるかではなく、間に合うか間に合わないか、が問題なのです。
 冷戦が終わった今、戦争を求めるには相変わらず何らかのイデオロギーが必要ですけれども、平和を求めるのにそれはまったく必要ありません。それはごく当たり前な要求のはずです。

 常識は必ず変わる
 今常識とされているこの「現実主義」、タイタニックの論理が変わるかどうか(そしてその変化が間に合うかどうか)ということでもあります。
タイタニック現実主義のような考え方が「常識になった」ということを、政治学の用語では「覇権をとった」とも言います。「一つの考え方」ではなく、客観的、普遍的な現実のように見えてくる。議論や討論の対象となる必要のない、実証済の、あるいは実証以前の確実なものだ、という位置に置かれる。覇権的な考えにみんなが説得されたというよりも、それを疑うことさえできない、という状態になる。それが排他的真理、つまり「常識」になって、それ以外の考え方は「非常識」とされる。極端な場合には異端とか危険思想と呼ばれる。
 もちろん、派遣を取って「常識」になることと、その考え方が正しいかどうかは別の問題です。
 この過程は1945年までは「帝国主義」と呼ばれ、1946年あたりから「経済発展」と呼ばれ、現在では「グローバライゼーション」と呼ばれている。どれもが、人間の小さな力を超えるような、止めようと思っても止まらないような、歴史の大きな「流れ」、あるいは「雪崩」のように見えます。「たくさんの人が勝手にやっているにすぎない」という本質はなかなか見えてきません。それが「覇権」の不思議な力です。
 けれども、覇権を握った「常識」はこれまでも変わってきた。だから、経済発展の常識も暴力国家の常識も変わる。

 放射能つきのユートピア
 マルクス主義のなかで唯物論はどういう意味だったか。下部構造(生産の手段、生産の諸関係)は上部構造(政治、文化、イデオロギー)を決定する。
下部構造が変われば、どうしても上部構造はその影響を受ける、という考え方です。マルクスが言っている下部構造は経済制度ですが、経済精度の外にやはり自然環境があるわけです。
 経済制度、つまり生産の手段、生産の諸関係は、絶対的、根源的に環境に従属しています。環境が変われば経済制度の下部構造は変わるはずです。環境が破壊されれば経済制度も破壊される。人間がいくら自然環境を無視しようと思っても、その影響から逃れることはできない。そうなれば、いくら極端に無関心になって現実逃避をしても、人間の生き方を変えなくてはいけなくなる。その変化は必ず起こると思います。
 国家の暴力の歴史を冷静に見れば、なるほどそうだったのかと思って、もう国家に武器を渡したくなくなるでしょう。世界経済システムが引き起こした災害の記録(飢餓、文化や自然の破壊、貧富の再生産)を冷静に見れば、なるほどそうだったのかと思って、経済発展政策の放棄を求めるようになるでしょう。
それは普通の人間が持つ常識による反応であって、それを説明するのに何も決定論のような神秘的な言葉はいらないはずです。
 前に話したように、この変化が遅すぎて、大きな災難とともに訪れるのか、それとも積極的、意図的な改革によってなされ、それを回避できるのか、間に合うか間に合わないか、が重要です。
 ただ仮に間に合ったとしても、人間が危機を意識し、産業資本主義、世界経済システムを変えることに成功したとしても、それは「放射能つきのユートピア」しか成り立たないのです。
 しかし、この途中まで破壊された人間の文化、途中まで破壊された自然界にも、この破壊さえ止まれば希望は残っています。その希望は、文化と自然の両者が持つ大きな回復力にあります。
 「植民地主義」→「帝国主義」→「経済発展論」→「グローバライゼーション」と名前を変えてきた弾圧の歴史のなかでも、人間の文化にはそれだけ粘り強い発展があった。
 そういう意味で、傷だらけの「放射能つきユートピア」ではあっても、希望はあります。しかしこれはすべて、もし間に合えばの話です。
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松原泰道著『般若心経入門』を読んで

.15 2012 般若心経 comment(0) trackback(0)
数年前薬師寺管長「高田好胤」氏の講演を聞き、氏の著書を購入し署名をいただいたことがあった。
その時、写経の奉納も一緒に求めていたがしばらく開かないでいた。
昨年なにげなく開いたところ「般若心境のこころ」として
かたよらない こころ
こだわらない こころ
とらわれない こころ
ひろく ひろく もっとひろく
これが 般若心経 空のこころなり

とあった。そして
「佛法の教え」として
佛法はまるいこころの教えなり
佛法は明るいこころの教えなり
佛法は清らかなるこころの教えなり
佛法は静かなるこころの教えなり
佛法はおかげさまなるこころの教えなり
佛法は無我なるこころの教えなり
佛法は大慈悲なるこころの教えなり
佛法は安らかなる身とこころの教えなり

とあり、現代の経済成長イデオロギーに囚われている我々現代人に
自分の心を見つめ直すことが必要かなと思い、
松原泰道著「般若心経入門」を買い求めよむことにした。


摩訶般若波羅蜜多心経

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空 度一切苦厄 
舎利子 色不異空 空不異色
色即是空 空即是色     
受想行識亦復如是
舎利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減
是故空中無色 無受想行識
無限耳鼻舌身意 無色声香味触法
無限界 乃至無意識界
無無明 亦無無明尽 乃至無老死 
亦無老死尽 無苦集滅道
無智亦無得  
以無所得故 菩提薩埵  
依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖
遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃
三世諸仏 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提 
故知般若波羅蜜多 是大神呪 
是大明呪 是無上呪 是無等等呪
能除一切苦 真実不虚
故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰
羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦
菩提娑婆呵 般若心経


《現代語訳》
誰もが、いつ、どこでも持つ超越的実在の深い理性のこころの教え

 全知者であるさとった人に礼してたてまつる。
 求道者にして聖なる観音は、深遠な知恵の完成を実践していたときに
存在するものには五つの構成要素があると見きわめた。 
しかも、かれは、これらの構成要素が、その本性からいうと、
実体のないものであると見抜いたのであった。
 シャーリプトラよ、この世においては、物質的現象には実体がないのであり、
実体がないからこそ、物質的現象であり得るのである。
 実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。
また、物質的現象は、実体がないことを離れて物質的であるのではない。
 (このようにして)およそ物質的現象というものは、すべて、実体がないことである。
およそ実体がないということは、、物質的現象なのである。
これと同じように、感覚も、表象も、意志も、知識も、すべて実体がないのである。
 シャーリプトラよ。この世においては、すべての存在するものには実体がないという特性がある。
生じたということもなく、汚れたものでもなく、減るということもなく、
滅したということもなく、汚れを離れたものでもなく、増すということもない。
 それゆえに、シャーリプトラよ、実体が無いという空の立場においては、物質的現象もなく、
感覚もなく、表象もなく、意志もなく、知識もない。眼もなく、耳もなく、鼻もなく、舌もなく、
身体もなく、心もなく、かたちもなく、声もなく、香りもなく、味もなく、触れられる対象もなく、
心の対象もない。
(さとりもなければ)迷いもなく、(さとりがなくなることもなければ)迷いがなくなることもない。
こうして、ついに、老いも死もなく、老いと死がなくなることもないというにいたるのである。
苦しみも、苦しみの原因も、苦しみを制することも、苦しみを制する道もない。
知ることもなく、得るところもない。
得るということがないから、諸々の求道者の知恵の完成に安んじて人は心を覆われることなく住している。
心を覆うものがないから、恐れがなく、顛倒した心を遠く離れて、永遠の平安に入っているのである。
 過去・現在・未来の三世にいますめざめた人びとは、すべて、知恵の完成に安んじて、
この上ない正しい目ざめを覚り得られた
 それゆえに人は知るべきである。 知恵の完成の大いなる真言、大いなるさとりの真言、
無比の真言は、すべての苦しみを鎮めるものであり、偽りがないから真実であると。
その真言は、知恵の完成において、次のように説かれた。
 「往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、
さとりよ、幸あれ  ここに知恵の完成の心を終わる。

修己治人を読んで

.09 2012 修己治人 comment(0) trackback(0)
修己治人
まえがき
「人、生れて八歳となれば、王公より以下、庶民の子弟に至るまで皆、小学に要れ、之に教うるに酒掃応対進退の節、礼楽射御書数の六芸を教う」「その十有五歳に及べば、天子の元子衆子より公卿太夫の適子や凡民の俊秀に至るまで皆、大学に入れ、之を教うるに、理を窮め、心を正し、己を修めて人を治むるの道を以てす。これ学校の小大の分かるる所以なり」
酒掃とは掃除の仕方
応待とは親や上長とあいさつを交わすやり方
進退の節とは出入進退の細かな作法・・・靴の脱ぎ方や日常の行住坐臥に粗相がないようしつけること
「礼」とは、吉凶軍賓嘉に当たるときの儀節であって、おめでたいときの礼儀、凶事の礼儀、お客様を迎えるときや、出征するときの走行会、神仏を礼拝するときの儀節など
「楽」は、人と和合していくのになくてはならないもので、堯舜以来の六律を学ばせた。
「射」は弓を射る方法を学ばせることで、己の技量と、そのときの心境によるのであって、人のせいにできない。
「御」とは、乗馬のこと。
「書」は中国読書人の必須の教養である、象形、会意、楷・行・草の三体を学ぶこと。
「数」は算数のこと

 朱子は「大学」という書は修己治人の学問であり、指導者たるべき人が十五歳になると必ず入学しなければならない施設と考えた。
その学問は、自分の本性を固有する仁義礼智の徳を明らかにすることである。

「大学」開巻第一章

大学の道は明徳を明らかにするに在り。民に親しむにあり、至善に止まるにあり。止まることを知りて后(のち)定まることあり。定まりて而る后によく静かなり。静かにして而る后よく安く、安くして而る后よく慮りて后よく得。
物に本末あり、事に終始あり、先後する所を知れば道に近し。
古の明徳を天下に明らかにせんと欲するものは先づその国を治む。その国を治めんと欲するものは先ずその家を斉(ととの)う。その家を斉えんと欲するものは先ずその身を修む。その身を修めんと欲するものは先ずその心を正しくす。その心を正しくせんと欲するものは先ずその意を誠にす。その意を誠にせんと欲するものは先ずその知を致す。知を致すとは物に格(いた)るにあり。物格(いた)りて后知致(いた)り。知致(いた)って后意誠なり。意誠にして后心正し。心正しくして后身修まる。身修まって后家斉(ととの)う。
家斉(ととの)いて后国治まる。国治まりて后、天下平らかなり。天子より庶人に至るまで壱(もつ)是(ぱら)に身を修むるを以て本と為す。その本乱れて末治まるものはあらじ、その厚かるべきを薄くして、その薄かるべきものを厚くするは未だこれあらざるなり。
これを本を知るという。これを知の至れりというなり。

大学の「三綱領」
 第一の「明徳を明らかにする」とは、人にはその本性に「仁義礼知信」の諸徳
が備わっているが、これらが人の気質によって蔽われ、隠れてしまいやすい。これを明確に意識し、これを拡充、発揮することが、その目的の第一である。

 第二の「民に親しむ」とは、人を治める原則を説いたもので、人であれ、物であれ、これを生かしきろうという生々の心は、当然、その対象と一体となる。

 第三の「至善に止まる」とは、至善と思われるものを己の生活の中心に据えて、わき目もふらずに精進することだ。

明々徳親民という修己治人の原則を会得したならば、これをつかんで離さぬ覚悟こそ、大学の道だ。

「本末論」について
「物に本末あり、事に終始あり。先(せん)後(ご)する所を知れば則(すなわ)ち道に近し」とある。
「何によらず、物事を目先だけで捉える、あるいは枝葉末節に捉われていると、一面的になってしまう。少しく長い目で見る、できるだけ多面的、全面的に考えるのに比べると、大変な違いがでてくるものであって、ことによると結論が全く反対になることが少なくない。しかし人間は易きにつきやすく、とかく世間の議論は、目先の考え方、一面的な見方、枝葉末節に捉われた議論が多くなり、徒らに紛糾することが多くなる。


「八条目」とは何か
 天下を平かにすること、国を治めること、家を斉(ととの)えること、身を修めること、心を正しくすること、意を誠にすること、知を致すこと、物に格(いた)ることである。
呂氏春秋に「国を為(おさ)むる本は身を為(おさ)むるにあり、身為(おさ)まりて家為まり、家為まりて国為まり、国為まりて天下為まる」とある。
正心とは、感情を匡(ただ)すことの大切さを説いたもの。
誠意は、我々の意志こそが行為としての人間活動の大本となることを凝視したものである。大学は自らを修めることを追求した書であり、それは他の誰もが知らない己の意志の機(きざし)を見つめ、道に随(したが)って己を欺(あざむ)かないように努めること(自謙)こそが根本だと説いている。
「知を致すは物に格(いた)るにあり」とは、学問知識の問題を論じている。

誠意
 人は本来、悪臭を悪み好色を好むがごとく、善を好み悪を悪夢性質を持っているから、省(かえり)みて自ら慊(こころよ)くふるまえばよい(後悔のない生活)。それが意を誠にすることになる。

正心
 「身忿(ふん)?(ち)する所あれば則ちその正を得ず。恐懼(きょうく)する所あれば則ちその正を得ず。好楽(こうごう)する所あれば則ちその正を得ず。憂患する所あれば則ちその正を得ず。心ここにあらざれば視れども見えず、聴けども聞こえず、食らいてその味を知らず」
 人の心は忿(いかり)のある場合とか、懼(おそれ)を抱くとき、好きなものに出会ったとき、あるいは心配事のあるときなどには心の正平を失いやすい。これらに捉われて心ここにあらざるときは視ようとしても見えず、聴こうとしても聞こえず、物を食べても、その味を覚えていないものだ。心の正平を保つよう努めよ。
修身
 「人の親愛する所に之きて辟す。その賤悪する所に之きて辟す。その畏敬する所に之きて辟す。その哀矜(あいきょう)する所に之きて辟す。その敖惰(ごうだ)する所に之きて辟す。故に好みてその悪を知り、悪みてその美を知る者は天下に鮮(すくな)し。故に諺に之あり、人その子の悪を知ることなく、その苗の碩(おお)いなるを知ることなし」
 人はともすれば辟し(かたより)易いもので、愛すれば愛につれて傾き、悪めば悪むにつれて辟する。好ましいと思っている相手の弱点をつかんでいるとか、逆に、悪みながらも、その人の長所をつかんで正しく評価するということはなかなかできることではない。
斉家
 「君子は家を出ずして教を国に成す。孝は君に事(つか)える所以なり。弟は長に事える所以なり。慈は衆を使う所以なり」
 一家内の道徳は、孝と悌と慈であって、親に仕える孝の道を拡大充実して、企業の長や国家への忠節に置き換える。悌徳は兄弟関係の道徳律であるが、これを推して長上に事(つか)える道とする。親が子を撫育する心は慈愛そのものであるが、この心を以て部下を愛すれば、必ずその企業や国家は治まる。つまり家を斉(ととの)える道と国を治める道は同じである。
 「一家仁なれば一国仁に興り、一家譲なれば一国譲に興る。一人貪戻(たんれい)なれば一国乱を作す。その機かくの如し」
 為政者が心すべきはまず、己の家庭生活である。一家の内に仁愛が行われていれば、自ら四辺を感化して、その国は仁に帰するし、一家内が謙譲の風を為せば、一国もまた、譲の風がおこってくる。
治国、平天下
 「上老を老として民孝に興り、上長を長として民弟に興り、上孤を恤(あわれ)みて民倍(そむ)かず。是を以て君子に潔矩(けつく)のみちあり」
 上に立つ君主が老者を尊べば、人民は自然に孝養を励むようになり、君主が長者を尚(とうと)べば、民衆は兄を尚ぶようになる。君主が鰥(かん)寡(か)孤(こ)独(妻をなくした老人、夫をなくした老婦人、親のない子供、子供のいない老人)の気の毒な境遇に陥っている人々を恤(あわれ)み、手厚い保護を加えれば民心は離反しない。だから結局「孝悌慈」のほか国を治める道はない。
 「上に悪むところ以て下を使うこと毋(なか)れ。下に悪むところ以て上に事(つか)うること毋(なか)れ。前に悪むところ以て後に先んずること毋(なか)れ。後に悪むところ以て前に従うこと毋(なか)れ。右に悪むところ以て左に交わること毋(なか)れ。左に悪むところ以て右に交わること毋(なか)れ。」
 いわゆる「人の不利みて我が不利なおせ」ということで、上司と部下、部下と上司、あるいは友人との交際においても、人から受けた屈辱を他人には絶対に与えまいと誓うことが潔矩(けつく)の道である。
真の「国宝」とは
 「楚(そ)書に日く、楚国は以て宝と為すなし。惟(ただ)善のみ以て宝と為す」
大学では「善を以て宝と為す」という短い言葉で、国家目標をも含む政治哲学が
示されているのである。
 論語に「子曰く、君子は義に喩(さと)り小人は利に喩(さと)る」
    「子曰く、利に於(よ)りて行えば、怨多し」
 前者は、すべて物事は人相応に理解するもので、ただの人間はいつでも算盤をはじいて、「なるほど、これが得だ、これが損だ」ということでないと理解できない。一方できた人は、「なるほど、人はこうでなければならない。こうしなければならない」という「義」によって行動する。
 後者は、自分の利益だけを追求していけば当然、他己の存在を否定することになって衝突が起こり、怨みを残す。
大学は「国は利を以て利と為さず、義を以て利と為す」と述べている。
終身、斉家、治国、平天下は広狭の差こそあれ、いずれも同じ標準、同じ道の下にあるのであって、「天子より以て庶民に至るまで、専(もっぱ)ら身を修むるを以て本と為す」というのは、このような意味からである。
 「八条目」の最も基本に「致知格為」という言葉が使われている。
朱子は「格物とは事々物々にそれぞれ理がある。これを追求し、研究し抜けば、万事に通じうるところに至る。一旦豁然としてその理に到達すれば、それは知に致(いた)
ることだ」と説いた。ここで「物」とは「法」ということで、道徳律と考えるべきである。
 「知」の磨き方
 一、博(ひろ)く学ぶ 二、審(つまび)らかに問う 三、慎(つつし)んで思う 四、明らかに弁ず
五、篤(あつ)く行う


第一章 徳と才

部下を持って問われる「その人の徳」
 「人柄」のことを東洋学では「徳」という。
「才」はその人の知識技能のことで、「徳」の要因は「性質」と「体質」とおいうことである。
「才能」にだけ眼が注がれた現代教育
 才で仕事は出来るが、徳の上に立って運用されないと物事全体がうまく運ばなくなる。
 北宋を代表する哲人「司馬光」の名著「資格通鑑」のなかで、
「才徳全尽、之を聖人と言う。才徳兼亡、之を愚人と言う。徳才に勝つ、之を君子と言い、才徳に勝つ、之を小人と言う。凡そ人を取るの術、苟(いやしく)も聖人君子をえて与(くみ)せずんば、その小人を得んよりは愚人を得るに若かず」と書いている。
聖人は徳にも才にも勝(すぐ)れた完全な人をさす。これと反対に才もなければ徳もないという人を愚人と呼んでいる。一方その人の徳が才気よりも勝れている人を君子、才智弁口が勝った人を小人としている。
部下は才気にまさる小人より愚人がまし
 人財選びの時、聖人君子のように盛徳の隆(さかん)な人を選ぶのが理想であるが、小才の効いた小人を採ってはよくない。むしろ愚人を選んだ方がましだと司馬光は指摘している。
 「何となれば、すなわち君子その才を挟(さしはさ)みてもって善をなし、小人はその才を挟(さしはさ)みてもって悪をなす。才を挟(さしはさ)みて善をなす者は善至らざるなく、才を挟(さしはさ)
みて悪をなす者は悪また至らざるはなし。愚者は不善をなさんと欲すといえども、智周(あまね)きこと能(たま)わず、力勝(た)うること能わざればなり」
 その理由は、聖人・君子は良心にしたがって自分の才能を働かせるから、一切の行為の動機は純真であるからだ。才能を発揮するのに良心にしたがい、全体の調和を考えながら進めてゆく君子は、自然に良い方向に向かう。
 これとは反対に才気がまさる小人は、自分の欲望、私意をほしいままにし、全体に眼が届かなくなりやすい。卑しい私欲を先に立てて事を進めれば必ず破滅を招くことになる。
 なぜ小人より愚人の方がよいかといえば、愚者は悪事を働く才覚もないし気力もないものだ。
欧風万能の傾向、今日まで消えず
 そもそも大学は、修己治人の実践学によって、日本の将来をになう人材を育成するのが目的であろう。今の様な大学の学科を極めたところで、政治の大任をになう人材にはなれまい。技術者だけは養成されようが、政府に入って政治を担当し、人を治め得る器量の者はできないであろう。
 「しつけ」があって正しい知識教育ができる
 「これあることによって初めて人間であり、これがなければ人でない」という本質的な要素が徳性であり、道徳性である。
「心が明るい、清くて汚れがない、人を愛する、人を助ける、人に報いる、努力精進する、忍耐するなどの心をいわゆる「徳性」という。
知識技能は、あることにこしたことはないが、特別の例外を除いて付属的要素、「属性」という。
 「習性」は、道徳学、人間学、社会学などで、第二の「徳性」と言われ、極めて重要な人間形成をなすところから、習慣、習性を鍛えるための「しつけ」が重要ということになる。
人間はこの「徳性」「習性」「属性」の三つから成り立っている。
習性が正しく養われておれば、「属性」たる知識、技能が正しく養われるし、また使われるようになる。
三歳くらいから「徳性」を高めるよう「しつけ」をしなければならぬ。

第二章 人心と道心

 「大学」に学ぶ人の上に立ち、人を治める道
 幕末の志士達の教養の基礎は和漢の学であった。「人間如何に生くべきか」を主題とし幼少の時からたたき込まれ、維新以後は和魂洋才を目的とする人生を送ったのである。幼少期の教育が、現代と基本的に違うのである。
 「大学」の書を読む二宮金次郎の銅像
 二宮金次郎(尊徳)の薪を背負って読んでいる銅像の本は「大学」である。
「大学」は古来、道徳・政治・教育・経済など、さまざまな問題について、指導者の心構えを解き明かしてくれる経書である。
大学はもともと礼記第四十二章の一篇であった。宋代の鉄人司馬光がここから抜き出して、大学広義とした。これを程明道、程伊川の夫子が大いに尊重して、論語・孟子・中庸と共に併せて読むべきものとした。その学統を集大成した朱子が、その秩序を整え、欠落を補って、経一章と伝十章に分類した。
経一章は孔子の言葉を、曾子が記録し、伝十章は曾子が説明して、弟子達に記録させたものと言われている。
「大学一章」は三綱領からはじまる。
(一) 明徳を明らかにする(二)民に親しむ(三)至善に止まる===の三つだとある。
 次は己を修練する方法と、人の上に立ち、人を治める道筋とを八つに分けた八条目、すなわち格物、致知、誠意、正心、修身、斉家、治国、平天下だが、伝十章に各条目を詳しく説明している。
 人の心にひそむ危険な人心と正しい道心
 人の欲求には、第一に食欲である。第二は種族保存本能であり、異性を求める欲求である。第三は権力欲の問題である。

 性悪説の元祖である苟子は、
「人の性は悪、其の善なるものは偽なり。今、人の性は生まれながらにして利を好む。これに順(したが)えば争奪生じて辞(じ)譲(じょう)(人にゆずるの意)亡ぶ。生まれながらにして疾(しつ)悪(あく)(にくむこと)の心あり。これに順(したが)えば残賊(ざんぞく)(人を毒し、しりぞける心)生じて忠信亡ぶ。生まれながらにして耳目の欲ありて、声色(色情)を好む。これに順(したが)えば淫乱(酒色におぼれる)生じて礼義亡ぶ。然れば必ず人の本性に従い、人の情に順(したが)えば争奪生じ、分を犯し理を乱りて暴に帰せん」と言っている。

 性善説をとった孟子
 第一「道心」は「惻隠(そくいん)(あわれみ)の情」で「仁心」のあらわれが、幼児が倒れそうになると誰でもはっとして手を差し伸べたりすることである。
 第二は自分が何かしくじったなと気付くと、人に何か言われる言われないにかかわらず、己が心の内面に恥ずかしいと思う心がわき、自然に顔が赤らむ。これを「羞悪の情」という。
 己の分をわきまえて、行動することを「義」というが、この「羞悪の情」は「義」の端緒である。
 第三は、平素自分が尊敬してやまない人の前に出たときとか、神仏の前に立った時、自然に敬虔な感情を抱き、謙虚になり、人に譲り、人を推す心が湧いてくる。「敬」が中心となった、この心を礼の端緒だという。
 第四に「是非の情」というものがある。善事を行えば喜び、悪事を行えば後悔、反省する心だが、これは生まれながらのものである。この直観力を培い、これを練磨し、我々の心を覆っている私欲を去ることが根本だという。
以上の四つを孟子の四端説といい、この明徳を明らかにすることが先ず第一に行われるべき大学の道だというのである。

 性善説は日中、古来の思想
 第一章の「徳と才」の一文で、これなくんば人に非ず、人間になくてはならないものとして徳性を強調したが、孟子のいう「性の善なるもの」がそれである。
日本も、古事記、日本書記の時代から性善説に立っている。
 神道では、神事の初めに、よろずに先立って「お祓い」を執り行う。我々は知らず知らずの間に俗事に携わり、曲事(まがりごと)、罪、穢(けが)れを身につけている。これを神力によって祓い清め、我々の本来の姿たる「清く、明るく、美しい」心となり、大神に仕えようとしているのである。


 第三章 親民と新民

 相手を思い遣る余裕が人を動かす
 道元禅師は、正法眼蔵菩提薩?四摂法の巻きで、“愛語”という言葉をしきりに使っている。
 「愛語というは、衆生をみるに先づ、慈愛の心をおこし、顧愛の言語をほどこすなり。おおよそ暴悪の言語なきなり・・・」
“愛語”とは、人々に接するとき、まず慈愛心をおこし、相手の身になって考え、慈愛の言葉をかけること。また一切の暴言や悪言をはかないことだ。
 「世俗には安否を問う礼儀あり、仏道には珍重のことばあり、不審の孝行あり。慈念衆生猶如赤子のおもいをたくわえて言語をするは愛語なり・・・」
 世間のつきあいでは、お元気ですかと言葉をかわすのが礼儀。僧侶の間では「大事な身ですから自重自愛してください」と挨拶するのが当たり前だ。「衆生を見ることなお赤子の如し」という慈悲忍辱の心を抱くことが“愛語”の根本なのである。
 「向(むか)いて愛語を聞くは、面(おもて)をよろこばしめ、心を楽しくす。向わずして愛語を聞くは肝に銘じ、魂に銘ず。知るべし愛語は愛心よりおこる。愛心は慈悲を種子とせり。愛語よく廻天(かいてん)の力あることを学すべきなり」
 「お前はよくやっている。今後もしっかりやってくれ。頼むぞ」と直接いわれたら、どんな人でも心楽しく、喜びが顔に溢(あふ)れるだろう。しかし面と向かってではなく「俺は彼だけは社の宝と思っているんだ。立派に育ってほしいもんだ」と陰で話した言葉が、廻り廻って本人の耳に入ったときは、本当に心魂に響く。
こうなると、当人は、絶対にこの期待に応えようと、心に期する。
 こうした言葉が出るのは、部下を思う心の現われなのであって、手段や術策で出てくるものではない。人を慈しむこの心は、やがて天地に通ずる「廻天の力」(衰えた勢いを盛り返す力)というか、物事をより良い方へ好転させる働きをしてくれると信じるべきである。
 「人の一善を見て百罪を忘れよ」(安岡正篤の言葉)
 できるだけ人の美点長所を見つめていると、これは確かに自分を向上せしめるし、謙虚な心を培う。
 道元禅師が言うように、心に慈悲心を抱いて相手に対すれば、相手も必ず親愛の情をもって応えるものだ。だから「我は民に入り、民は又我に入る」という相互補完の関係にあることをひたすら信じ、己の明徳を明らかにするという修練を積むことが大切である。
 「大人」は天地万物と一体を感じる
 このことを徹底的に思索して、儒学における最高の境地にまで仁を深めたのが、明代の哲人・王陽明であった。彼は晩年に著した大学問に、「大学は何を教えようとしたものか」と設問し、「それは大人になるための学問だ」と言っている。そして「大人とは、天地同根万物一体と観じ得る人」と断言する。
意識的に計算してそうなるのではなく、その仁心が自然に大きく拡がって万物に及ぶからである。そしてだれもが持っている心なのである。
王陽明のいう「万物一体の仁心」というのは、己の父母に孝養をつくす心を基本に、さらに他の父母に及ぼし、そして国家へ忠義をつくすことにまで広げる。
自分の子供を慈(いつく)しむ心を拡大して、己の部下を愛するのである。
また、兄に対する尊敬の心を拡大して、己の上司を敬するのである。
このように、人間の倫理とは、近きより遠くに及ぶ一体観が、基本である。
 理想は五十、六十歳になっても創造にたち向かう人
 朱子は「大学章句」に、この親民を新民と読むべきだと強調した。それは、我々が住む天地宇宙は、日々夜々創造し変化してやまない存在である。この天地と同じように我々もまた、日々新たなる自己革新に勉めなければならぬ。旧套(きゅうとう)を墨守して、進歩と創造を忘れてはならぬ。こうした道念から出たのが朱子が新民と唱(とな)えた意味である。
 伝教大師の開かれた比叡山延暦寺の「山家学生式」に次のように書かれている。
 「国宝とは何物ぞ。国宝とは道心なり。道心ある者を国宝と為す。一隅を照らす者、これ国宝なり」
 大学の言葉でいえば、明徳を明らかにせんと志している人を国宝と考え、そうした人々が、己の周辺を明るくするべく一燈を点ずることが、最高の教化活動だというのである。
 自分自身の道心を磨き上げることが大切
 殷王朝を創始した湯王という人は、毎朝顔を洗う洗面器の底に「苟日新而日新、日日新」と彫りつけ、日新の政治を誓ったということが伝えられている。
 本当に心と心が結ばれて絶対に信頼された関係になっていないと民を新にすることはできないということである。民を徳化し、感化するためには、親しむという徳がなければならず、「親」と「新」とは相矛盾するものではない。
 大学の三綱領の最後に「至善に止まる」という言葉がある。
「人君となりては仁に止まり、人臣となりては敬に止まり、人父になりては慈に止まり、人の子となりては考に止まり、国人と交りては信に止まる」とある。この言葉は孟子の五倫の中から君臣、父子、朋友の三倫を摘出して、国家、社会、家族に対する道徳を代表せしめたものだ。
 至善に止まるの「止まる」とは、掴んで離さぬという意味で、要するに「大学の道」は、自分自身が持つ道心を磨きあげ、これを君父兄弟朋友夫婦の五倫に及ぼし、後悔のない生活を営むにはどうしたらよいかを考察することなのである。

 第四章 八条目

 修養の第一歩は人間道徳の法則をつかむこと
 中江藤樹は近江聖人と仰がれており、一般大衆に尊い心を植えつけた。このような人こそ真実の儒者、本当の教育者である。
 十二歳で真義に気付いた中江藤樹
 中江藤樹は十二歳のとき、「大学」の「天子より以て庶民に至るまで、一(いつ)是(し)に、身を修むるを以て本となす」という一章にふれ、儒学の真義に気付いたという。
古の明徳を天下に明らかにせんと欲する者は、先づ其の国を治む。その国を治めんと欲する者はその家を斉(ととの)う。その家を斉(ととの)えんと欲する者は先づ、其の身を修
む。その身を修めんと欲する者は、先づその心を正しくする。その心を正しくせんと欲する者は、先づその意を誠にす。その意を誠にせんと欲する者は、先づその知を致す。知を致すは物に格(いた)るにあり・・・
 これが八条目の条項である。
国を治めるということを、現代では会社をよりよく経営することでもおなじである。大臣や総理がまず、その心を正せば自然と天下の人心は正しくなる。
一切の政治は、これを執行する人間の「己を修める」努力があって初めて成り立つ。
 格物致知の解釈違う朱子と陽明
 その修養法というか、学問の仕方を教えたものが、格物致知である。
 朱子は、致知とは己の主観を完全ならしめることであり、格物とは夫々の事物の理を窮(きわ)めることだと理解した。
一方王陽明は、明徳を明らかにするには、己の意志を誠ならしめることにはじまり、大学の格物は、物を格(ただ)すと読むべきと主張した。
 物とは己の意志のことで、格すとは正邪曲直をただすことである。
 直観重視する陽明学
 朱子は己が知に主観と客観の違いがあることを認め、客観的に事物の理法を深く探ることによって、己の主観たる知を完全にし得ると観じ、それを勉強することだと説いた。
 陽明学の方は、宇宙の一切は吾が心の問題であるという把握の仕方をしている。
例えば聖賢の学をま学べば、自らが聖賢たらんとする実践性、行動性を根本に持つべきだと主張する。
王引之によると、「格物」の物とは、「法」のことであるという。
大学の後文に「人君となりては仁に止まり、人臣となりては敬に止まり、人父となりては慈に止まり、人子となりては孝に止まり、国人と交わりては信に止まる」という一章があるが、この仁、敬、慈、孝、信が物の代表である。
 したがって格物とは、「道徳的法則を悟る」と読むべきである。
 良知は道徳律によって磨く
 王引之のいうように修養の第一歩は、人間道徳の法則の把握にある。仁、義、礼、智、信という法則性を把握して、これを陽明のいう良知の基準とする。
 そしてこれらの示すところにしたがって、善を選び、悪を去り、毎日遭遇する事物を正してゆくのである。良知は存在のままに放置して、決してよいわけでなく、これらの道徳律によって磨くのである。


 第五章 受任者

 国家、企業の興亡は無駄を省けるか否かがカギ
 君子は身を修め行を正しくして、時運を待つべき
 「君子の学問は、①通の為に非ず(世間から賞賛されたり、立身出世の為にするのではない)②窮して困(くる)しまず(どんなに窮(きゅう)厄(やく)しても心を失うようなことがない)③憂えて意(こころ)衰(おとろ)えず(憂うべき事態に遭遇しても意気は衰えず)④禍福終始を知って惑わず(人間の禍福は糾(あざな)う縄のように交互に循環してやまないものと把握する)ということでなければならない。
「随(したが)って君子は博(ひろ)く学び深く思索し、身を修め行を正しくして時運の到来を俟(ま)つべきなのである」
 憂患に生き安楽に死す
 一体、人間は物事に失敗して初めて、悔い改めるものであり、心に苦しみ、思案に余って悩み抜いてこそ、はじめて発奮し、立ち上がるものである。その煩悩や苦悩が顔に出すようになってはじめて、心に悟るものがあるのだ。
 上を諌める者なき国や会社は滅びる
 その内部にやかましく君主や経営者を諌める賢者がなく、外からの脅威や外圧を被(こうむ)らないときは、必ず滅亡する。個人にせよ国家にせよ、内憂外患に直面した時、内面に正気をたたえている民族は、必ず溌剌(はつらつ)たる生命にみちるものであり、いつも享楽と安逸を追求して自立精神のない民族は、いつかは堕落し滅亡を免れぬ。これを憂患に生きて安楽に死すという。
 中庸の素行自得の一章
 「君子はその位の素(そ)して行う。その外を願わず、富貴に素しては富貴に行い、貧賎に素しては貧賎に行う。夷狄に素しては夷狄に行い、患難に素しては患難に行う。君子入るとして自得せざることなし」
素してとは、自分の今いる地位に立ち、適合するという意味で、前述の憂えず困(くる)しまざる心を作る原点である。
どんな憂い事や患難に遭遇しても、うろたえることなく本心を見つめて暮らすことで、これを「君子は其の位に素して行う」という。
 地位や境遇は天が与えたものと悟れ
 「禍福(かふく)終始(しゅうし)を知って惑わず」というのは、この天地は、すべて陰陽相対の理に依って成り立っている。人間は男と女という陰陽の存在であり、これが相俟(あいま)ってはじめて、新しい生命が生れる。
政府諸官庁を省という。行政は放っておくと自然に膨張し、繁文辱礼ばかりで、手がつけられなくなる。そこで国民が必要とする最小限の所まで無駄を省け、という意味があるのである。だから政治でも企業でも、常に省いて省けるものは省いてゆくのが真理、哲学、道徳の第一ということである。
 新奇さで人の目を引く人は要注意
 元の大宰相耶律楚材は「一利を興すは一害を除くにしかず」と言った。
新しい事業を起こしてたくさんの税金を使い、役人を使用するよりも、民生のためにならない一つの法令、一つの政策を廃止する方が大切だとさとしたのである。
 植木職人達の剪定作業は、枝葉を無闇に茂らせると日も風も通らず、生長が止まってしまう。そこで枝葉を刈り込むのである。柿でも林檎でも、摘果が最も大切な仕事だ。間引くことを果断、果決といい、省の理法に最も叶う道となる。
 健康な人は自己を反省し、粛正できる
 人間は才能も気力もあるが、同時に常に反省し自己を粛正し、無駄を省ける人が、本当に健康な人ということになる。
 この陰陽相対の理法を確信して、できるだけ陰的原理の重要性を自覚すれば、あやまりなき己の拠(よ)って立つ位置が理解され、歩武堂々と生きてゆけることをいったものが、「禍福(かふく)終始(しゅうし)を知って惑わず」ということである。

 第六章 慎独

 人を見抜く能力は自分を顧みる姿勢から生れる
 孔子は、人間には自分本位で、譲ることを知らない本性があるのではないか。この性には、利を好み、人を妬(ねた)むという一面があるまいかと凝視した。
「論語」の中で、孔子は愛弟子の顔回に、「己に克って礼に復る」ことが仁道であると教えている。
 儒学の幼少教育には、「人生れて八歳小学に入る。その教育は酒掃応対進退(拭き掃除や返事の仕方のこと)の節と礼楽射御書数の六芸を教う」とある。
 ところが、人は十五、六歳になると、霊性に目醒めはじめる。孔子は「吾十有五にして学に志す」と述懐し、大学という書は、この目醒めに応えるところから出発するのである。

 「和」と「仁」の違い
 儒学では「礼は和を以って貴しとする」というが、孔子は仁を強調した。
礼は調和を強調する。仁は親愛を重視する。調和は真心から出たものであっても、打算的に妥協されたものであっても、結果として調和であり得る。親愛には、門の少しの打算もゆるされない。
孔子は人間に大切な二大要素を「知と仁」と考え、知とは善悪是非を判断する直観力、仁とは他人を愛する情の働きである。この知と仁を兼ね備えた人が「徳」のある人という。
 仁道の実現―忠怒と克己復礼
 孔子は仁を実現するには、「忠恕(ちゅうじょ)の道」と「克己復礼」の二つの道を提唱した。
 忠とは良心の命ずるまま、自分の誠をつくすことを言い、恕とは、自分がしたいことを他人に施し、してほしくないことは他人に施さないという心、即ち「無限の思いやり」をいうのである。儒学は精神的には忠恕により、形式的には礼を重視することで仁道を完成すると考えている。
克己復礼は、ともすれば勝手気ままになりがちな自分の心を、人倫の規範に従って、外側から締め上げて逸脱しないようにすることを重視する考え方である。
 内面の「誠」が外面にも現れる
 大学の一節に「小人間居爲不善 無所不至 見君子而后厭然?其不善而著其善
人之視己奴見其肺肝然則何益矣 此謂誠於中形於外 故君子必愼其獨也」
「小人間(しょうじんかん)居(きょ)して不善を為す。至らざる所なし。君子を見て、而る后に厭(えん)然(ぜん)として(慌てふためいて)其の不善を?(おお)いて、其の善を著(あら)わす。人の己を視(み)ること、其の肺肝(はいかん)を見るが如く然(しか)れば、則ち何の益かあらん。此れを中(うち)に誠なれば外(そと)に形(あら)わると謂う。故に君子は必ず其の独を慎むなり。」 
 人間はとかく他人の目ばかりを考えて、自分の内面にしたがうということはできにくい。
 孔子は「大学」で、道に入る工夫の第一に、誠意を説いた。
人は元来悪臭を悪み、好色を好むように、善を好み悪を悪(にく)む性質を持っている。
孟子はこれを「是非のこころ」と言ったが、この心は、自分を顧みて自分を欺くことなく、自分が謙(こころよ)く感ずるように生きることを意味している。
 中国だからこそ生れた人間観察学
 中国の民は永い間、無政府的というべき生活を続けてきた。
「井戸を掘って水を飲み、肘を曲げて枕となす。帝力我において何かあらん」という詩のように、民の自由な生活に、政治が容喙(ようかい)(さしで口)しないこと。即ち「鼓腹撃壌」の姿を、理想としてきた。したがって民衆は己の責任で生きてゆかねばならず、国が自分の生活を保護してくれたり、国家の恩恵が一人ひとりの生活に及ぶなどとは望むべくもなかったからである。
 こうした厳しい環境にこそ、本当に人をみる学問が発達し、人間の観察を誤ると大変なことになることを祖先以来経験しているからである。
「中に誠あれば外に現れる」というように、人間の中身はそのまま人相に出てくるからである。
 慎独は人徳の門であると共に、生涯の蓄えでまければならぬ。常に自分を顧みる姿勢が、自然に相手を見抜く力を養うのである。

 第七章 気質の変化

 感情の制御が身を正しく処すことの前提である。
 経営も政治もこれを執行する人の心の動きによって決せられることが多い。理智は人を動かす力は弱いが、感情は最も大きな働きをする。
「喜怒哀惧(ぐ)愛悪欲」は七情といい、これを正す以外に身を修めるすべなし、と考えた「大学」の作者は、「身を修めんと欲する者は先づその心を正しくするにあり」といったのである。
 「心」が正しければ、「身」は修まる
 心は身の主である。心正しければ身自ら修まる。そして心は性情を総べ霊知霊覚するものであるから、これを天にあって理気といい、人にあっては性情という。性は道心ともいい、仁義礼智信の五常となり、情の霊覚は喜怒哀惧愛悪欲の七つとなる。したがっていかなる聖人といえども、七情はあり、天においても七色の虹となる。
 この七情の動くところ人々はわが身の好悪するところによって動き、好むもの来たれば悦び、去れば憂い、悪むもの来たれば忿(いか)り、欲するもの得がたければ怒るなど、身の欲望に執着して、心の衡平を失うことは誰でも知っていることである。孟子はこれを「放心」といい、「心ここにあらざる姿」という。
これを「大学」では
  「身、忿?(ふんち)する所あれば則ちその正を得ず、恐懼(おそく)する所あれば則ちその正を得ず、好楽(こうごう)する所あれば則ちその正を得ず、憂患(ゆうかん)する所あれば則ちその正を得ず、心焉(ここ)に在ざれば視れども見えず、聴けども聞こえず、食(くら)いてその味を知らず」と警めたのである。
 忿も?もいかりであるが、人は何かに腹を立てると、なかなかおさまりにくい。
「恐懼(おそく)する所あれば則ちその正を得ず」とは、恐ろしい恐ろしいと思っているとおぼろ月夜の野の枯尾花が幽霊に見える。「好楽(こうごう)する所あれば則ちその正を得ず」とは、たとえば、「すきになってはアバタもえくぼ」といわれるように、自分の趣味に合う人には無条件で好きになってしまうことをいう。流行などもそうである。
「憂患(ゆうかん)する所あれば則ちその正を得ず」とは、いわゆる「杞憂(きゆう)」のことである。
 感情を押さえつけず、放置もせず
 このように、感情は心の中正を失わせしめる大きな働きを持つことはわかるのだが、怒るべき時には怒るが、それをいつまでも留めて、怒りのシミをつけ、他に遷(うつ)すような愚かなことだけはすまい、ということである。
この間の消息を「中庸」では次のように教えている。
 「喜怒哀楽の未だ発せざる、之を中と謂う。発して皆節に中(あた)る。之を和と謂う。
中は天下の大本なり。和は天下の達道なり。中和を致して天地位し万物育す。」

修行を積み、「和」の域に達する
 喜怒哀楽に愛悪欲を加えたものを七情ということは先に述べた。この情は、性が外物の刺激に応じて起きるものである。
 未発=その情のまだ発(おこ)らないものは性である。性は心の本体であるから一方に
偏(かたよ)らない。故に中という。しかしこの感情というものは一方に偏りがちで、なかなか節にあたることは難しい。
 結局人は、その見ざるところに戒慎し、聞かざるところに恐懼する「未発」の段階での修業が基礎ということになると思われる。

第八章 感情の中世

 虚心に己の内面を見つめ、言動を「礼」に合致させよ
 「其の家を斉(ととの)うるは其の身を修むるに在りとは人其の親愛する所に之きて辟(へき)す。其の賎(せん)悪(お)おする所に之きて辟(へき)す。其の畏敬する所に之きて辟(へき)す。其の哀矜(あいきょう)する所に之きて辟(へき)す。其の敖惰(ごうだ)する所之きて辟(へき)す。故に好みて其の悪を知り、悪みて其の美を知る者は天下に鮮(すくな)し」
 家を斉(ととの)えるというのは家長の一大責務であって、相当な政治力が必要である。こうした首長者が真っ先に考えなければならないのは、「自分の感情の動き如何によって人の取り扱いが如何ようにもなる」ということへの自戒である。

 人間は感情に動かされやすい
 人間の心は知情意の三つから成っているが、そのなかで一番人を動かすものは感情である。「天下の事万変すといえども、吾の之に応ずる所以のものは喜怒哀楽の四者を出ず」(王陽明)というように、知には全人格を動かす力はない。
東洋では、身を修めるには意志が感情を純化すべきであると考え、これを重視した。人を見下す心にこそ己の富貴を誇る卑しい心があるのであって、深く反省すべきである。本当に悪むべきは不義であり、己の利欲を追い求める心根であることを肝に銘ずべきであろう。
上司を敬うが、へつらわず
 「畏敬する所に之きて辟(へき)す」とは、前条とは反対に、自分の頭が上がらない人とか、上司の言葉に理非曲直にかかわらず、ひとえに畏まって正常な判断を失うことをいう。目上の人は固(もと)より畏敬しなければならないが、恐懼(おそく)に過ぎてしまったり、礼を超えたへつらいに陥(おちい)ることのないよう自戒するのである。
 「哀矜する所に之きて辟(へき)す」ということは、本当に矜れむべき境涯に落ちたのを見て同情するのは重要なことだが、他から見て公平に失すると考えられるような同情は慎むべきだというのである。
 「敖惰(ごうだ)する所之きて辟(へき)す」の敖惰(ごうだ)は「おごり、おこたる」ことで、我々が弱者に対して抱きやすい誤った優越感のことである。家族のものとか使用人に対してのおごりたかぶった態度とか、驕慢心を戒めたもので、仏教でも増上慢を最も大きな害毒と考えている。
理性の命ずる所に従って、長幼尊卑それぞれに適合する処理をしているかどうか顧るのである。これを「心を正す」という。


 最難題「悪みてその美を知る」
 「好みて其の悪を知り、悪みて其の美を知る者は天下に鮮(すくな)し」とはどんあことか。普通の人の感情は一方に偏(かたよ)りやすい。特に難しいのは、悪んでも憎みきれないほど仲の悪い相手の長所美点を知り、これを称揚することであるが、これなどは皆無に近い。このように感情の占める場所が大きいために、「中庸」では「喜怒哀楽の未だ発せざるをこれ中といい、発してみな節の中(あた)る。これを和という。中は天下の大本なり和は天下の達道なり」とあって、感情の発動が適中することを「天下の達道」と称しているのである。
さらに「諺に之有り、人其の子の悪を知ること莫(な)く、其の苗の碩(おお)いなるを知ることなし」である。
「其の子の悪を知ること莫(な)く」の一語の意味は極めて重い。
「其の苗の碩(おお)いなるを知ることなし」には、二通りの解釈がある。
一つは、「人は己の欲心から、他人の畠の苗木が大きく見えるものだ」ということである。もう一つの解釈は「苗木や子供の将来の可能性を洞察する人は少ないものだ」と言うことである。
「其の子の碩(おお)いなるものを育てる」と言うこの言葉には大きな人間教育の理法が含まれているのである。
 幼いうちの「しつけ」が大事
 中国では「人八歳にして小学に入り、酒掃(さいそう)、応対、進退の節を教え、礼楽射御
書数の六芸を学ぶ」といわれてきた。「酒掃」とは掃除の仕方のことであり、「応対」とは人にどんな返事をするべきか教えたのであり、「進退の節」とは日常の行儀や祖先の霊を祀るにはどうすべきかーなど、行住坐臥にしつけのことをいうのである。そして六芸として勉強した「礼楽」は、こうしたしつけの基本となる先王の儀則であり、「射」は弓、「御」は馬に乗る方法、「書」は幼少のときから筆を握ること、「数」家政に必要な算数を勉強することを指す。
 いずれにせよ、己れの感情を矯(た)め直す道は、孟子のいう自己の「良知良能」を凝視し、自己の内面の力によって自律していくか、先生の定め置かれた礼に隋い、外側から鍛え直していくしかない。これが人道の着地点なのである。

第九章 観人の法

 優れた人材であるか否かは、行動の一貫性でわかる
 政治指導者や経営者にとって、「人間を観る」ことほど大事なことはない。
宋代の学者である真徳秀の名著「大学衍(こう)義(ぎ)」の中に「聖賢観人の法」という一章がある。「人を知ることは、まことにたやすいことではありません。徳のある人は君子であり、徳なき者を小人といいます。有徳の君子は物事を処するに当たって永続することを貴び、物事を軽々しく変更したりしない。もし、新しいことだけに目移りして、久しく保つ心がけのない人は徳を論ずるに足らぬ人です」
 温顔をたたえる一貫性が古聖王の典型
 「大学」に「穆(ぼく)々たる文王、ああ穆(ぼく)々緝(しゅう)煕(き)にして敬して止まる」とある。
 これは聖人文王を讃えた詩であるが、奥深く、ゆかしい人柄を「穆(ぼく)々」の二字で表している。また「緝」とは蚕の繭からとぎれることなく、むらなくスムーズに糸が紡がれていくことを意味し、「煕」とは春の野に、変わりなく暖かく照り添う日の光を意味することばである。春の日のように和(やわ)らかに暖やかな光を湛え、いつも変わらぬ温顔をたたえる一貫性を、古聖王の典型として賛美したのである。
さらに、この章の末尾に「古の人を論ずる者は必ず有徳を貴ぶ。後世の主、あるいは材能を以て人を取る。而して徳行を稽(かんが)えず。故に才有りて徳なきの小人、自らを售(う)ることを得。その事を敗らざる者ほとんど稀なり。皐陶の言は万世、人を知るの大法なり」と結んでいる。
 李克の人物鑑定法―五つの観点
 周代の末期、魏の文侯が、客臣・李克に宰相採用の問題を尋ねた答えが
 「人はその器量によって人と交わる。善人は善人と結び、悪党は悪党と結び、利害の人は利害によって交わる。平生、いかなる人と交わっているかを第一に視る。二番目は、富貴は人の願うところなので、そこには必ず人が寄り集まり、弁侫狡智もまた寄るところとなる。これをどう捌くかを視る。
三番目は、地位が上がり、役職を持つようになったとき、己の左右に挙用する人間の質を視る。
四番目はとして、「窮達は命なり、貴賎は時なり」ということばがあるように、人はいつも自分の思うようになるものではない。季節に秋冬が巡るように、思わず
蹉跌をきたすこともあらん。かかる窮乏に遭遇して、いかに泰然としていられるかは平素の修養による。これを観察せよ。
五番目は、人間の節操が現れるのは貧窮のときであるから、いかに貧乏しても、ある線を越えてまで卑屈になったり、もの欲しげな態度をとらない、という一魂を抱いているかどうかを視る。
 富貴、栄達、貧窮、患難そして日常の生活の中で、いかなる人と交わり、いかなる身のこなしをするかを見るのが人間観察の極意である。
 人の「師」たるか「臣」たるかを見抜く
 李克が??の質問に「魏成の食禄千鍾(一鍾は米六石四斗)。その九割を他のために使い、我がためには一割しか使っていません。そのおかげでト子夏、田子方、
段千木のごとき天下の士を魏国に招くことができました。この三人は殿が師と仰がれ、日夕、その教えを受けておられます。それに対して、あなたが推薦された人々はこの国ではみな臣下になっているではありませんか。(これら臣下と)魏成が心契を結んでいる人々と同一に比較できるでしょうか」。
 賢者の政治体制、法制は変える必要がない
 「比類なき先帝陛下と名宰相蕭何が天下を定め、国が微動もしていないとき、なんで新しいものをつけ加える必要がありましょう。陛下はどっしり構えていればいいのではありませんか」

第十章 道は近きにあり

人材の育成は「家族への慈愛」を持つことから始まる
 徳川時代から指導者必読の書とされているものに「資治通艦」という厖大な歴史書がある。宋代の司馬光が編集し、時の神宗皇帝に捧呈したものである。
 斉の威王の「宝」は四人の逸材
 威王の答えに「私が宝と考えているのは、四人の家臣こそ、私にとって“千里を照らす宝”というべきものであって、単に戦車十二両を隔てて照らす玉なのではありません」と言い切った。
 国にとって金銀より人材の方が価値がある
 唐の太宗(世界史上にも、その賢明さが詠われる英主)と、その名臣、魏徴との問答を中心に編纂された政治哲学書である「貞観政要」に侍従の万紀が次のように上書した。「宜州と鐃州ではたくさんの銀を産出します。このニ州を陛下の直轄地になされば年々、数百万緡(緡は貨幣を糸でつないだもので千銭を一緡とする)を得るでありましょう」
これに対し太宗は「朕は天子である。手に入らないで困る物は何もない。ただ
嘉言なく、真に民を利する道を得られないことを慎む。数百万緡の銀のごときは、賢才一人を得ることほどの価値もない。汝は賢才の登用や不肖の者を退けることを勧めるのでなく、税銀と利を主張しているだけだ。昔、聖天子の蕘舜は璧を山に捨て、珠を谷に投げて、私腹を肥やすことを避けたと聞く。漢の末期、桓霊は銭を聚め、私蔵したと伝えられているが、汝は朕に桓霊のようにせよと勧めているのか」と語った。
 最澄も「国宝とは道心ある者」と言った
 伝教大師、最澄は「国宝とは何ものぞ、国宝とは道心なり。道心ある者を国宝となす。一隅を照らす、これ国宝なり」と記している。
「大学」にも「その家教うべからずして、能(よ)く人を教える者はこれ無し。故に君子は家を出ずして教えを国に為す。考は君に事(つか)うる所以なり。弟は長に事うる所以なり。慈は家を使う所以なり」
理想社会は自分の周りの人々との生活を通じて実現するものだといっているのである。
 人間の「道」は身近なところにある
 親に抱く恩愛の情は、幼い日から自然に芽生えてくる。この恩愛の情を親だけに止めず、社会の奉仕、君主への報恩など社会化していくことが「忠」なのだ。兄に対して抱く親愛と畏敬の心も生れ落ちるとともに芽生える。そして兄弟の競争を通じて己を鍛え、励まし、社会生活を営むうえでの競争の原点を教えてくれる。兄弟姉妹という横の人間関係がこれによって訓練され、さらに上長、先輩と交わる道の本となるのである。
 人の子の父となり、我が子を撫育する喜び、慈しみのわからない人はいない。この慈愛の心を社会に拡大していけば、社員、あるいは部下に対する道が自然に会得されるだろう。

 第十一章 情意哲学の基本

感情を陶冶し、己を深めることが「修業」の要点
「大学」では「心を正しくするということは感情のゆがみを匡(ただ)すことなのだ」と論じられている。王陽明は「天下の事は万変するけれども、我の之に応ずる所以のものは喜怒哀楽の四つにすぎない。学問の肝心もこれであるし、政治も畢(ひつ)意(い)、これにすぎない」と述べている。
 国民が何を喜び、何に怒り、何を哀しむか、という洞察力を欠いては、政治はその態を失うことになる。
「大学」が教える人間感情五つの欠点
其の家を斉(ととの)うるは其の身を修むるに在りとは人其の親愛する所に之きて辟(へき)す。其の賎(せん)悪(お)おする所に之きて辟(へき)す。其の畏敬する所に之きて辟(へき)す。其の哀矜(あいきょう)する所に之きて辟(へき)す。其の敖惰(ごうだ)する所之きて辟(へき)す。故に好みて其の悪を知り、悪みて其の美を知る者は天下に鮮(すくな)し」を解説しよう。
① 人間が信愛する者としては、父子、夫婦、兄弟に及ぶ者はない。しかし、こ
うした愛におぼれて、気随(きずい)気儘(きまま)に流れていくと、どうにも変辟して家の態をなさなくなる。
② 封建時代のように身分とか階層があった時代では、低い身分の人は人間的
にも低く見られ、人並みの扱いを受けないことが多かった。しかし仕事の種類や身分で他人を蔑視することは、己の富貴(ふうき)に酔った賤(いや)しい心の現われであり「利欲は不義に根ざすもの」との自覚こそが必要なのである。
③ 目上の人はもとより畏敬すべきだが、余りに恐慴(きょうしょう)に過ぎて、こびへつら
うようになってはいけない。上長の不義を諫めることも畏敬の中にあると考えるべきだ。
④ 「哀」も「矜」も、かなしみ、あわれむという意味があって、人は哀憐(あいれん)すべ
き境遇にある人に対して気の毒だと思う心が先に立ち、妄(もう)に私恩を施して姑息に流れやすい。これを戒(いまし)めたことばだ。
 ⑤敖(ごう)は「おごり」であり、惰は「おこたり」である。部下や家族に対しては、とかくこの態度に出やすい。
 人間であるから、好き嫌いがあるのは当然だが、好きな相手にも悪い点があることを醒めた目で見ることが重要だということだ。これはなかなか難しいが、さらに難しいのは、仲が悪く、嫌っている相手でも、その人の良い点を見抜き、称揚する公平無私な心である。
 嫌いな相手の良い点をほめられれば最高
 この「悪みてその美を見る」ことを実践した例が「史記」に載っている。
漢の創始期、高祖を扶(たす)けて漢帝国の樹立に力をつくした功臣が二人いる。蕭何と曹参である。この二人は劉邦がまだ若く、創業多難のときは協力して力を尽くしたが、帝国が成立し、蕭何が宰相、曹参は大尉となって軍を統べる地位についてからは、お互い、口もきかない険悪な関係になった。
高祖が「蕭何の後、国を統治していくには、誰が宰相を引き継ぐべきか」と問うたのに対し、蕭何はためらいもなく「曹参以外にはおりません」と言い切った。
高祖が死去して間もなく、蕭何も世を去ったとき宰相に任ぜられた曹参は政務にほとんど力を入れなかった。それを孝文皇帝からなじられると「漢の法律制度は先帝と蕭何という優れた人が作ったもので、二人の死後も、この制度によって何のゆるぎもありません。今さら何の必要があって新しい制度を作るというのですか。私は現制度を維持、存続させていくために宰相を命じられたのだと確信しているのです」と言い切ったという。
 先入観も誤った判断に導く
 「諺にこれあり、曰く、人その子の悪を知ることなく、其の苗の碩(おお)いなるを知ることなし。これ、その身を修まらずして、以て、その家を斉(ととの)うべからずという」
 感情に支配sれて偏頗(へんぱ)な心を持っているなら、正しい判断はできない、ということを述べてきたわけだが。このことばは。さらに「人間の先入観が誤った判断を導きやすい」ということを指摘している。

 第十二章「重民」の思想

 天命を受けて民を治める者は第一に考えよ
 朱子が礼記の中から「大学」を注出して四書(大学、中庸、論語、孟子)の中に編入したとき、「大学章句序」を書いて、この書の意義の大きさを明らかにした。その中で「天が我々、人間を生んでくれたが、その人間の本性に、仁、義、礼、智という道心を植えつけてくれている。しかし、これを包む肉体や気質は万人が違っており、感情や意志も各人各様である。そうした大勢の人の中から聡明叡智、人間の本然をつくし得る人が出てきたとき、天はこれを億兆(人民)の君師として、人民を統治し、教化する大権を与え、その理想を己(天)に代わって、この地上に実現する役目を与えた。これが天子である」と述べている。
天の命によって、天に従属しながら、天に代わって人民を統治する権威を持つ者であるから、「天子は民をみること子の如くであれ」といわれたのである。

 「康誥」の思想
 「康誥にいわく、赤子を保(やすん)んずるが如く、心誠に之を求むれば中(あた)らずといえども遠からず、子を養うことを学んで、しかる後に嫁する者はいまだ有らざるなり」
民衆を統治するには、親が赤ん坊を育てるようにすべきだ。誠心誠意ことに当たれば、すべてうまくいくとはいえないが、大体、うまくいくものだ。生まれたばかりの赤ん坊は自分の望みを口で伝えることができず、泣くだけだが、母は「この子を何とか育てたい」と思って接するので、子供の望みを正しく理解できる。あるいは、うまく理解できなくても、そんなに外れることはない。子を産み、育てることを学んでから結婚する女性はいないのであって、結婚し、真心から子供を愛育しようと努力することによって子育ての道を体得できるのだ。君主が人民を治める道も、同じことだ、と論じているのである。
 朱子は「天は人間の中から聡明叡智能くその性をつくす者と認められる者に、民に君臨する権限を与える」といっている。すなわち重民の政治哲学である。
 現代中国にも生きる「有徳作王」思想
 中国人の心の底に流れている有徳作王思想、天帝についた人に万人が敬服すべきという思想である。
 政治家のバイブルになった「三事忠告」
 安岡正篤氏が、元の中期名宰相張養浩が為政の要訣をまとめた「牧民忠告、風憲忠告、廟堂忠告」の三事忠告を「為政三部書」として公刊した。
廟堂忠告の第三章に「重民」という章の大要の訳出は、すなわち「人民を最も愛しているのは天である。その天から人民を託された為政者は、人民を決して粗末に扱ってはならない。人民はあまり反抗しないが、天は暴政を見ている。人民を直接、統治する地方官僚を蔑視する向きもあるが、このような本末転倒では、世は治まらない」ということである。
 重民思想は民主政治にも通じる
 この民を重んずる考えは、中国の伝統思想である。孟子も「民を重しとなし、社稷(しゃしょく)これに次ぎ、訓を軽しと為す」といっている。天命を受け、民衆の歓呼の上に王朝を開いたという原点は、時がたつにつれ忘れてしまいがちである。ここに政権の落とし穴がある。「重民」思想抜きの「有徳作王」の限界を心にとめるべきである。

 第十三章 絜矩(けつく)の道

 人の上に立つ者はまず「思いやりの心」を持て
 中国社会の根底に、今も昔も変わらず流れているのは老人尊重の倫理観である。「大学」に次のことばがある。
 「その国を治めんとするの道は、上、老を老として民、孝に興り、上、長を長として民、弟に興り、上、孤を恤(あわれ)みて民、倍(そむ)かず、是を以て君子に絜矩の道あり」
 老人を尊重した周の西伯
 周の国に入ると、耕す者は皆、畔(道)を譲り、民は長に譲る。これを見た虞(ぐ)?(ぜい)の
二人は西伯に会う前に慙(は)じて「吾が争うところは周人の恥ずるところなり何ぞ行くことを為さんや、まこと恥をとらんのみ」と言って、互いに譲り合いながら去った。このように、中国では老を敬うことが政治の根本に触れることになる。
 「孝、弟、慈」が徳の基本
 古来、「天下の三達」とは高位、高徳、年齢の三つといわれる。
「年五十郷に杖つき(杖をついて郷の庁舎に入ることができる)、六十は国に杖つき、七十は朝に杖つき、八十は天子といえども之を召さず、その家に行幸する。老ある家は公役を免れる」という。老を老とする誠を尽くせば、民人その誠に感発して孝心を興すのである。
 また、社会の恤(あわれ)むべきものとして、鰥(かん)寡(か)孤独の四つがあげられる。鰥は老いて妻なき者、寡は老いて夫なき者、独は老いて子なき者、孤は幼くして親を失った者をさす。
 昔から「恒産なき者は恒心なし」といい、「倉稟充ちて栄辱(えいじょく)を知り、衣食足りて礼節を知る」といわれるが、特別な修練を積まない限り、貧苦の境涯に陥れば、己の心を失う人が多い。こうしたことから、人は上の慈愛に触れたり、窮乏の底にあって為政者の慈悲心に触れれば飜然として道心を発し、義理に背かず、明徳の輝きを出す。この孝、弟、慈の三徳こそ「絜矩(大工の墨糸のように踏み行うべき法則)の道」であり、親民の実践的工夫なのである。
 友人同士にも絜矩の道がある
 「大学」ではもう一つの絜矩の道として、「上に悪(にく)むところ、以て下に使うことなかれ。下に悪むところ、以て上に事うることなかれ。前に悪むところ、以て後に先んずることなかれ。後に悪むところ、以て前に従うことなかれ。右に悪むところ、以て左に交わることなかれ。左に悪むところ、以て右に交わることなかれ。此れを之、絜矩の道という」
つまり、上役から「いやだなあ」と思うことをされたら、自分は部下から「いやな上役だな」と思われていないかどうか反省して、そうならぬように努めよ。部下から生意気な、失礼な態度で接せられたときは、自分は上役から見て、今の部下のように我慢ならないような、いやな奴と思われていないかどうか省みよ。先輩にいやな態度をされたとき、先輩にそういう態度でつかえていないか顧みよ。また同列の友人との間でも、右の人からいやなことをされたとき、同じような態度で左の人と交わるな。同じく、左の人からいやな態度をされたら、右の人にそうのような態度をとるなーこのようなことが絜矩の道だというのである。
 「中怒の道」も同じ意味
 絜矩の道は、治国平天下の根本原理とされている。
絜矩の道とは、「己を推して人に及ぼし、人の心をおもいやる」ということだ。

 第十四章 富を安んずる道

 富裕な人々の圧迫は国全体の窮乏、人心荒廃を招く
 人の上に立つ者は、本人が自覚している以上に他人から厳しい目で見られているものである。「大学」も「節たる彼の南山、維(こ)れ石(せき)巌(がん)々たり。赫々(かっかく)たる師尹(しいん)。
民倶(とも)に爾(なんじ)を瞻(み)る」と戒(いまし)めている。
これを訳すと、「截然(せつぜん)と切り立ったように秀で、かの終南山は岩石峨々として関中(陜西省)の南にそそり立っている。この山を天下のすべてが仰ぎ見るのであるが、それと同様、人々は勢威赫々たる太師尹氏を仰ぎ見る。どうか己を謹み、職務に精励してもらいたい。もし、他人をおもいやる道(絜矩の道)を行わず、意のままに偏頗(へんぱ)に流れるようなことをすれば、人心は離れ、叛き、国を亡ぼし、身を殺し、後世の物笑いとなって、大きな辱をうけることになるだろう」ということだ。
 上に立つ者は恕(じょ)の心を持て
 すなわち、人の上に立つ君子は、何か民に要求するなら、まず自分自身、実践せよ。何かやめさせたいなら、自分自身、行わないようにせよ。上に立つ者が「恕の心」を持たず、口先や法令だけで仁とか譲とか唱えたところで、誰もききはしないーというものだ。
「忠」とは吾が衷(うち)なる心、中心主体の心であり、「大学」の明徳をもって己を尽くすこと。「恕」とは、如(ゆ)く心、おもいやりの心、相手の身になって考える心で、「大学」における「親民」、つまり相手と一体となる心のことだ。つまり、恕の徳を持たずして、人を喩(さと)すことなどできるものではないというのだ。

 経営者も守るべき「保息六ヶ条」
 〈民の生を蕃(さかん)にするの法山〉
 「大司徒(周代の文部大臣)は保息六を以て万民を養う。一に曰く幼を慈しむ。二に曰く老を養う。三に曰く窮を賑わす。四に曰く貧を恤(あわれ)む。五に曰く疾(やまい)を寛(ゆる)くす。六に曰く富を安んず」
孔子は、民が富裕になれば、これを教える必要がある。民を「富ましめず、倉稟充たず、衣食足らず」という状態にしておいたのでは、民は聞く耳をもたない。
 弱者救済の行き過ぎを懸念
 強者を抑え、弱者を扶けることに主眼を置いた政治が古聖先賢の道にかなっているのかどうかーこうした考えは、現代の政治においても、重大な問題提起であるといえるのではないだろうか。政治の本旨が弱者救済にあったのだ。
「孟子」には「鰥(かん)寡(か)孤独は天下の窮民なり。これを済(すく)うは政治の要諦なり」という考え方が強調されているが、窮民を救済することと、富者を敵視することとは本来、全く別の話であるはずだ。
「是の故に君子はまず徳を慎む。徳有れば此れに人有り。人有れば此に土有り。土有れば此に財有り。財有れば此に用有り。財は未なり。本を外して末を内にすれば、民を争わせしめて奪うことを施す」
 「財」の根本は上に立つ者の徳
 経営者や為政者が立派な人であれば、必ず良い人材が集まってくる。よい人材が集まってくれば、工場、店舗などの設備も充実する(人有れば土有り)。土、すなわち生産手段の充実、活用によって、おのずから生産力は高まり、財を増やす(土有れば此に財有り)。また「財有れば此に用有り」の「用」という字は、「作用」という熟語があるように、「働き」という意味もあり。「財が生ずると、これをいろいろな働きに用いることができる」という意味なのである。
 この「財」を生むものは、究極的には経営者や為政者の徳であるということができる。この根本を考えずに、ただ財だけを追えば、最後は争剋と人心の荒廃しか残らないというべきである。

 第十五章 「幾」のとらえ方

 自己の見直しが組織を動かす第一歩である
 太平洋戦争終結時の御前会議で、阿南陸相、梅津参謀総長、豊田軍令部長など戦争継続派と鈴木首相、米内海相、東郷外相などポツダム宣言受諾派との対立がとけず、満場一致による降伏の可決ができなかった。
 そこで首相は「二度にわたる会議で合意が得られないわけですから、陛下のご決断を仰ぎたいと思います」と宣言して、天皇陛下の前に進み、「最高戦争指導会議員の意見は賛否それぞれ半数となり、合意が得られません。この上は陛下の御聖断を仰ぐほかにはありません」と言上した。
これを受けて天皇陛下は「私は連合国の回答を受け入れることに反対する者の意見を注意深く聞いた。しかし私の意見は前と全く変わっていない。私は日本国内の状況および諸外国の状況を検討した結果、戦争の続行は破壊の継続以外の何物でもないと確信する。私は連合国の回答を検討した結果、我々の立場をほぼ完全に認めたものとの結論に到達した。私はこの回答を受諾できるものと考える」と言われたのである。
さすが平素、老子を愛読していたという鈴木首相である。「幾」というものを的確にとらえた見事な采配であった。
 禅家の公案に「?啄(さいたく)同機」というのがある。親鶏が卵を抱いて二十一日たつと、孵化の機がやってくる。雛が卵の中からコツコツとつつき始める。これが「?」である。すると母鶏が間髪を入れずに外側から殻をつつき、雛を出す。これが「啄」である。?啄(さいたく)同機によって孵化が行われることから、学問上における造花の妙機として非常に重要視するのである。
 「幾」には二つの意味がある
 「幾」には「瞬間」という意味ばかりでなく「きざし」とも読み、創造の初めを意味することもある。
 「中庸」に
 「隠れたるより見(あらわ)るるはなく、微(かすか)なるより顕(あきらか)なるはなし。故に君子は其の独りを慎む」とある。
 朱子がこれを解釈して、「幽暗の中とか、細微なことはなかなか人の目につきにくい。しかし、いまだ形にならないとき、幾は動いているのだ。他人は窺(うかが)い知る
ことはできなくても、自分の心の動きは自分が一番よくわかっている。この誰にも知られぬ陰微のところを戒慎せよ。事実に己の欲望を矯制して道義の境涯を願うならば、心の萌芽を見つめる以外にない」と教えている。
 邪心のきざしに注意せよ
 司馬光も、幾は重要だが、万事の微なるところを戒慎するところから始まるとして、次のように言っている。
 「水の流れの微なるときは簡単に塞ぐことができる。その盛んなるに及べば木石を漂わし、丘陵を没せしむに至る。火の微なるときは勺(しゃく)水(すい)で消すことができるが、大きくなると都邑(みやこむら)を焼き邑、山林を燔(や)き尽くすに至る。だから物事は微なるときに治むれば力を用いること少なく、功多し。これを盛んならしめて防がんとすれば、力を用いること多く、しかも功少なからん。古昔の聖帝、明王は患(わざわい)を未だ萌さざるところに鎖(とざ)し、禍を未だ形(あらわ)やまれざるにしむ。天下はその徳を被りながら、その所以をしらざるなり」
 つまり、人の上に立つ者は、自分に邪心のきざしがないか、部下や周囲の人々に自分に対するおもねりや、へつらいのきざしがないか顧みよ。さもないと大きな災いを招くというのである。
 このように、幾とは、萌するところを予見するという意味と、?啄(さいたく)同機に示されるようにチャンスを予見するという意味がある。

 真の人材とは何か
 「大学」で論じられている興味深い問題に、「何を国宝とするか」ということがある。
 「楚国は以て宝と為すなし。ただ善のみを宝と為す。舅犯(しゅうはん)に曰く、亡人は宝と為すものなし。親に仁するを以て宝と為す」という文章である。
 国は財宝を集めるのが目的ではない。善人が国宝となるべきだ。舅犯が言ったように、父が死んだ喪中にある子には、ただ父を思う心以外はないのであって、父子一体の理を失わんことこそ真実の道だというのである。
 伝教大師、最澄が比叡山にこもり、根本中堂を開いて日本仏教の大本を樹立して以来、全国から学徒が集まって学問修業の根本道場の観を呈するに至った。こうした学僧たちのための学則というべきものを「山家学生式」というが、これには「国宝」の定義が述べられている。
 「国宝とは何物ぞ。国宝とは道心なり。道心ある者を国宝となす。一隅を照らす者、これ国宝なり」という宣言である。
 為政者はまず、民の生活を豊かにするよう力を注がねばならない。経済。治安、防衛、教育、など国内的充実を図ることはいうまでもない。しかし、経済力や軍事力という威力に頼って外国を圧迫したり、ものをいうことを覇道政治という。
儒学の理想とするところは、個人の道徳論について、功利主義を排して、我々が天から与えられている内面の良心、道心によって人世を立てるよう求めているのと同様、王道政治の実現を究極の目的にしているのである。
 王道政治とは、人民の物質生活を重んじることはもちろん、人間の道徳的教化を重視し、孝悌忠信の道を行って、天下みな善人となることを理想としている。
この王道の実現のためには人間教育、人間学の強化が必須の条件となる。伝教大師の「道心こそ国宝」という言葉には、鎮護国家の大きな理想が込められているのである。


 まず自分自身の足元を見直せ
 安岡正篤先生が生前、全国師友会に拠り、全国に呼びかけた言葉に「一燈照隅」というのがある。この国をより良い国家とするためには一人ひとりが己の一燈を灯して、己の一隅を照らそうではないか。広く天下を糾合し、一大教化の大号令を下すのは、その位置にある人でなければならない。「匹夫責在り」というように、我々一人ひとりに国をより良くする責任があるとすれば、まず自分自身や自分の周りから良くしていく以外にないのである。
 そうした人が千人集まれば千燈となり、一万人集まれば万燈となる。一燈照隅、
万燈照国である。日本を一歩でも理想社会に近づけようと願うなら、それを他者に求める前に、己自身が一燈を点ずるよう努力すべきだ、ということだ。


 第十六章 義と利

 「人間の道」を基礎にして経済は磐石になる
 我々がこうした学問をするのは、その目的は人間の本質を知り、人間の生きる目的を知り、その目的に沿って生きるためにはどう行動したらよいかを知るためである。
 欲望は制御が必要
 欲望は人間を行動せしめる起動力、原動力ではあるが、欲望のままに生きていれば、いつかは必ず心身に違和をきたし、破滅の淵に至ることが多い。そこで、欲望を制御することが必要になってくるが、通常、「反省する」とか「良心が働く」
など制御装置の働きで、人間を破滅から救っている。
 経済偏重は国を傾ける
 「大学」の最終章に
 「国家に長として財用に務むるものは必ず小人よりす。小人をして国家を治
めしむれば、災害竝(なら)び至る。善者有りといえども、これを如何(いかん)ともすることなし。
此を国は利を以て利と為さず、義を以て利と為すというなり」
 およそ国家に君臨するに、自分の懐具合だけに思いを致し、租税の取り立てだけに夢中になっていると小人が必ずこれに取り入り、国の大本たる人民を愛撫して民心を安定することを忘れ、その膏血(こうけつ)(あぶらと汗)を絞るようになる。
 君主がもし聚斂(しゅうけん)の害を察せず、かかる小人を任用して治国の任に当たらしむれば、民窮して財尽き、上は天の怒りにふれ、下は民の心を失い、災害竝び起こるであろう。たとえ善人君子が出て来て、これを挽回せんと努むるも、時勢既に去って如何ともすべからず。これ、国家経略の大本にして、君主の自利をはかるは、真実の利にあらず。義を尽くすことこそ利なりと観ぜよ。というのである。
 倫理を重視した山田方谷の「理財学」
 窮乏のどん底にあった藩財政を立て直した備中松山藩の山田方谷は、
 「今日ほど至れり尽くせりに経済の営まれている時代はないが、また今日ほど窮している時代もない。とれる限りの利をとり、出費は減らせるだけ減らすという具合に万事、経済主義を実行しながら、蔵は空っぽで、負債は山のようだ。それはまだ知恵が足りないからか、方法がまずいのか、どこかにぬかりがあるのか・・・実は、そうではない。何事によらず、よく世の中の問題を処理する者は常に事件の外に立ち、事件の中に捉えられないことだ。今の経済家はみな財の中に屈し、利の中に屈してしまっている。要するに経済問題だけを心配し、他のことに気付いていない。人心の邪悪、風俗の軽薄、官吏の腐敗、思想教育の堕落などに対処する必要があることに気付いていないのだ・・・これに気付いた者が、良い対策案を持ってきても、決まって『予算がない』と逃げてしまう。しかし、これこそが政治の大原則であり、これを閑却して枝葉末節を玩んだところでなんになるものでもない。この理を悟り、利益とか経済などというものの外に卓立して、人心、風俗、官紀、教育、治安、生産などの大本を振興することに心を致せば経済は自ずから通づるものだ。しかし、これはよほどの人傑でないと実行できないだろう」「急迫の場合ほど、何が正しい道か、それが私欲からきているか否かを考えることが大切だ。正しい政治を行って窮するかどうかは運命にまかせよう。正しい道のために窮するなら、それに甘んじようではないか」「ただ、私は信じる。『利は義の和なり』というではないか。正しくすることが結局は利になるのである。その証拠に、正しい政治を行うことで窮乏から救われたという例が多いではないか。これを非現実的といい、他の経済の道があるというなら、今の窮迫はどういうことなのか・・・」
 これは論語の「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩(さと)る」という孔子の悟りの実践である。「大学」は、この信念の下に人間の理想を追求した書で、経済の基礎に人間の道があってこそ磐石である、との思いが貫かれているのである。

 「道義の学」の復興を
 現代人は信念、情操、識見、気節、風格、言行というような人物の要素に重きを置かず、経済問題、法令制度、組織機構などを重視し、人間をこれらに従属せしめ、さながら社会という一大工場にうごめく大衆、労働者としてしか評価しようとしない。人間の価値は出身校、法定資格、社会的経歴などという皮相な面からだけでなされ、人物の真骨頂に触れようとしないのである。
 一芸一能ある器としての人間は作られたが、一世を指導するに足る国家有用の人材はついに現れないという、人間疎外の世になっているのである。
 我が師、安岡正篤先生はこれを憂え、昭和初期から儒学を通ずる人間学の復興を図り、終生、教えて倦まぬ生活を続けられた。その門に連なる私も、その麒尾に付して、己が一隅を照らさんことを念願して拙い努力を続けているわけである。
                            著者 柳橋由雄


 補論 王道と覇道

 政治家こそ「恥」を知り、「王道」を求めよ
 本当に時代を創る先駆者、精神的な豪傑というものは、むしろ自分で発奮して行動し、新しい時代を創造する人である。今我々が求めているのは、まさにそういう人傑であり、日本に必要なのもこれである。
 「教」と「養」が政治の基本
 人間生活の基礎として生存のためにの物質の確保と精神生活の向上を確保するにはどうすればいいかという問題が出てくる。精神生活の世話をすることを「教」といい、物質生活の世話をすることを「養」という。この教と養を政治の場から眺めてみると、まず養があって次に教がある。しかしその価値観からいえば、教が第一で、養はその次に位置付けられる。
 毎日、毎朝、衣食の資を得るためにあくせくしている者に対して高尚な精神論を説いても、容易に彼らの耳に入るものではない。そこで政治の第一要諦として、人民に豊かな生活を与えようとするのである。
 「覇道」でなく、「王道」を歩め
 斉の国の宰相に管仲という人の政治学は「管子」という書に集約されている。この管子の冒頭に「倉廩(そうりん)充つれば則ち礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る」という有名な言葉がある。すなわち、民衆というものは日常、物質的に充足するようになって、はじめて人間の礼節とか栄辱を考えるようになるものである。
貧窮のどん底にある人に人間の誇りを持てといってみても、また礼儀とか節義を求めても不可能だと。
 ただ儒学では、この経済の充足を最大究極のものとは考えない。個人道徳で功利主義をとらず、我々が本来持っている道義心の実現(明徳を明らかにすること)を目的とするように、物質的な繁栄だけで理想政治が実現したとは思わないのである。
 経済で世界を制覇するとか、軍事力で威圧することを「覇者の政治」「覇道政治」と呼ぶ一方、真の「王者の政治」「王道政治」というのは民に教えを施す、すなわち政治家の偉大な人徳によって民衆を教化し、文王のように万邦が協和する政治の実現を理想とする。
 人間固有の道義心を引き出し、天下の民がことごとく善人になるような政治を目指すことを、王道政治というのである。


 「徳治主義」が政治の理想
 為政者の道徳性によって政治を運営することを徳治主義という。「政は正なり」といわれ、「正す」ということばには社会正義を実現するという意味が含まれている。法律や軍事力は、いわば政治に力が必要なことを示すための手段であり、それ自体が政治の本質ではない。「礼楽刑政」は徳治政治の遂行を支援するものなのだ。
 「法治」万能が腐敗を招く
 「大学」で「子曰く、訴えを聴くことは吾猶ほ人の如し、必ずや訴えなからしめん云々」という一節である。つまり、裁判になり、判決を下す立場になれば自分は他人と大きな差のある判断はしないだろうが、自分は人と人とが争い、何事も裁判に訴え、我意を通そうとする気風だけは作らないようにするーという意味だ。
 孔子は、これを別な角度からとらえて
 「之を道(みちび)くに政を以てし、之を斉しくするに刑を以てすれば、民免れて恥なし。之を道くに徳を以てし、之を斉しくするに礼を以てすれば、恥有り且つ格(いた)る」
 「政」は法のことで。法律を中心にして人を導き、人間の動機にかかわらず「結果が悪ければすべて悪い」と刑法だけで律すると、人民は法を恐れ、刑を畏れて、逆にそれさえ触れなければいいという風潮を招く。「民免れて恥なし」とは、まさに昨今の世情そのものではないか。
 これとは逆に、孔子は「徳を以って導く」ような政治を行い、人間の規範を「礼」にかなうか否かに求める“積極的道徳政治”を進めていくことを重んじる。

森田 実著『独立国日本のために「脱アメリカ」だけが日本を救う』を読んで

.09 2012 読書 comment(0) trackback(0)
森田 実著 『独立国日本のために「脱アメリカ」だけが日本を救う』を読んで

私は60年安保のときは、中学校1年生だった。まだ安保そのものをよく理解していなかったし、
学校でデモのまねをして安保反対と叫んで先生から叱られた記憶がある。
70年安保は大学生で、よくデモにも参加したし全共闘世代で世の中を本当に変えなくてはとの
思いが強かった。アメリカはベトナムで泥沼の戦争をしており、それこそどれだけの一般市民が
虐殺されたのだろうか。思想的には小田誠のべ平連(ベトナムに平和を市民連合)に近かった。

そんな好戦的なアメリカになんとなく違和感を持ちながら反帝国主義の名の下デモに参加していた。
それ以来ずーっと抱いていた、日本がなぜアメリカの従属的な関係を断ち切れないのか不思議に思ってきた。その謎が森田氏の本を読んで解けた気がする。

彼の著書の一部を紹介したい
 これは私の遺書である 今文明の大転換に、屈辱の「主権在米」国家を卒業し、アジアと協調する
「自立の道」こそがこの国の生きる道だ!

1.深刻なデフレ不況下の大増税は経済を破壊し、国民生活をつぶす!
2.国土再生のために公共事業を興し、雇用回復、格差縮小を実現せよ!
3.TPPはアメリカによる「日中分断」作戦であり、断乎反対すべし!
4.朝霞公務員住宅の建設凍結で40億円の税金をドブに捨てるのは愚かだ!
5.辞任した鉢路前経済産業大臣はマスコミの人権侵害の犠牲者だ!


まえがき
 1930年代以後の日本軍国主義者は、日本を戦争国家してしまい、結果300万人を超える
同胞の生命が奪われ、日本国民のほとんどの財産が破壊された。
そしてアメリカの軍隊に占領され、主権を奪われ、事実上の植民地従属国とされた。
アメリカ政府と軍隊は、ポツダム宣言に反して、事実上日本を永久に占領し続けている。
非合法な第一次日米安保条約と強引な日米安保条約改定(60年安保)により、アメリカ政府は
日本を従属国にした。
アメリカによる日本支配は、日本の政治、行政、司法、経済を支配するだけでなく、日本国民の
精神までも支配してしまった。
こんなことでいいのか!?日本国民に問いたい。
と同時に、私の生ある間に独立国・日本を見たい。

序章 独立国・新生日本のために

 TPPと日米関係―対米従属の起点となった旧日米安保
 旧日米安保条約は、戦後におけるわが国最大の汚点と言っていい。1951年9月8日、わが国はサンフランシスコで連合国側と講和条約に調印したが、同日、アメリカ政府と日米安保条約にも調印した。
講和条約がオペラハウスにおいて全権代表団によって調印されたのに対し、安保条約は下士官用クラブハウスの一室で、吉田茂首相ただ一人によって調印された。
 調印後政府は、対日講和と安保の二つの条約を「サンフランシスコ2条約」という形でセットにして批准
手続きをとった。まったく十分な議論をすることなく、日米安保条約は調印され批准されてしまったのだ。
安保条約は、まったく議論すらされないまま、アメリカに強要される形で、秘密裏に制定されてしまったのだ。
 国際法は、占領下において占領当局が一方的に強要した条約は、講和条約発効によって独立した場合には消滅させなければならないことになっている。ところが、日米安保条約は消滅せず、その条約の改定という形で60年安保条約が締結された。つまり非合法な旧安保条約は改定条約締結というトリックによって合法化されたのだ。こうして、ポツダム宣言で連合国が約束した日本の独立は反故(ほご)にされた。その結果、日本は半永久的にアメリカの隷属下におかれることにされてしまった。
 当時は、十分な資料が公開されていなかったが、多くの国民が「調印・批准の過程にインチキがあるらしい」という漠然とした疑いをもっており、第一次安保条約は破棄すべし、と多くの反体制派インテリは主張していた。秘密裏に非合法的に結ばれた第一次安保条約を、それを改定して合法化して、日本を永遠に植民地化する
体制を築いたのが、日米政府による1960年の安保改定の強行だった。
こうして、日本はアメリカの支配下におかれ全国に米軍基地が設けられ、その延長線上において、今日までアメリカへの従属体制が続いているのである。

アジア太平洋地域を分断するTPP
 アメリカが仕掛けているのは、APECの分断である。戦後の日本が唯一、自発的、主体的に提唱した世界秩序構想が、APEC(アジア太平洋経済協力)だった。APECの発展の軌道上に、日本の平和的な自立の道があり、APECこそ日本の生命線である。これをアメリカの覇権主義によって破壊されてはならぬ。
APEC分断を許してはならぬ。
アメリカはAPECを分断し、TPPを自らの主導で推進し、中国に対抗する経済ブロックをつくろうとしている。アメリカは第二次大戦後、世界を分断した。これと同じ過ちを、今度はアジア太平洋地域で繰り返そうとしている。TPPはアジア太平洋地域を分断し、アメリカ主導の新たなブロック形成の道具になる組織である。中国とTPP参加国を分断しておいて、アメリカは自ら中国の市場を押さえようとしている。
 野田首相は、11月3日のG20サミットにおいて、国会における所信表明演説で一言も語らなかった消費税増税を国際公約した。立法府である国会や日本国民に対する裏切り行為だ。
野田政権の本質は従米・従財務省政権である。

われわれは文明の大転換期にたっている
 オバマ政権は政治的にも経済的にも追いつめられ、自国の経済が破綻しているなかで、中国などの新興国が急激に台頭している状況に焦り、なりふり構わず、経済的利益の追求に動き出した。
 いまやアメリカ型の資本主義自体が行きづまっている。資本主義世界は同時不況から同時恐慌に転じつつある。その原因は無謀な戦争と新自由主義にある。この罪は大きい。アメリカが欧米の世界資本主義を破壊している。3000年の世界史を担ってきた国々のほとんどすべてが同時的に没落を始めている。
次に世界の担い手としてのし上がってくるのは、経済成長著しい中国であり、インドであり、ブラジルである。
かって列強の植民地だった。まさに現在は世界史の大転換期にあたる。
アメリカの覇権国としての地位が揺らぎ始め、その焦りのなかから、無理な政策のごり押しが行われるようになている。TPPによるAPECの分断は、焦ったオバマ政権の軽率すぎる誤謬である。

日本の現状をどう捉えているか
 世界の頭脳であり、心臓であった欧米が、文明的にも道徳的にも衰退しつつある。日本では、東京すなわち中央の政治、行政、経済、マスコミ、学界が頭脳と心臓であった。だがいま政治、経済、マスメディア、学界、官僚など、あらゆる機能が一極集中している東京が、つまり日本の頭脳と心臓が腐り始めているのだ。
国の中心となるべき指導層の劣化が著しい。政府は無能であり、政治家は小物ばかりになってマスメディアに
阿(おもね)り、国会は機能を停止し、経営者団体の指導者は自分の会社の利益だけを追求し、学者はフリードマン流の新自由主義の手先となり、自分の頭で考えなくなっている。官僚は国家を担っているという自覚を失い、保身に走っている。すべての東京の指導層が腐り、指導者が果たすべき役割を見失っている。
いまこそ、真実の日本再生に取り組まなければならないときだ。

政治のあり方をどう変えていくべきか
 結論から述べる。選挙制度を変えなければならないと思う。小選挙区制度の弊害は深刻だ。小選挙区制は政治家個人の競争ではなく、政党間の競争だけになっていて、ゴマすり議員の大量生産である。さらに小選挙区制はマスコミの政治に対する影響力を強める結果をもたらし、マスコミのさじ加減一つで、選挙結果が左右されるようになった。大政党の政治家がマスコミの奴隷になってしまっている。この結果が根性の無い、恥ずべき政治家が増えてしまい、マスコミに阿ることばかり考えている。
いまこそ中選挙区制に戻すことを考えなければならない。

アメリカへの抵抗が独立につながる
 日本国民は、断乎たる決意をもってTPPに反対抵抗運動を続けるべきだ。執拗にそして徹底的に反対運動をして、アメリカが「もう日本の面倒はみない、基地も撤去してしまえ」と決断するまで、反対運動を粘り強く続けることだ。アメリカが日本を見捨てた時、日本は平和的にアメリカから独立することができる。
TPP反対運動は、日本の独立運動なのだ。
 このまま対米従属を続ければ、日本の富は徹底的にアメリカに吸い取られ、その揚げ句の果てに捨てられることになるだろう。すべてを奪われてから捨てられるよりも、まだ国力のある内に自立の道を歩むべきなのだ。

アメリカの「脱日本化」と日本の「脱アメリカ化」
 かって先進7ヵ国(G7)で首位だった日本の一人当たりGDPは、2006年にはOECD加盟国では18位まで低下した。各国の成長率や為替相場の動向にもよるが、一人当たりでみても日本は貧しくなっていく。
日本経済の急激な衰退とアメリカ経済の転落は、アメリカにとって日本の価値は下がる。アメリカは徐々にではあるが、日本に無関心になる。日本もアメリカだけに頼っていては生きてゆけなくなり、アジアに急接近せざるを得ない。
ただし、最近オバマ政権に大きな変化が起きている。EUが没落の危険が増すなかにあって、再び日本を利用しようとする動きが、TPPである。
 中曽根内閣から今日に至るまで、日本は米国政府の従属下におかれている。この間、細川護熙内閣、鳩山由紀夫内閣のような自立思考の政権が登場したが、米国政府の虎の尾を踏み、つぶされた。
そして小泉純一郎首相のような自ら進んでブッシュ大統領のエピゴーネン役を務める極端な従米主義者が政権についた。この小泉政治の流れを安倍、福田、麻生の三内閣は踏襲した。この後の民主政権も、自立性をもった鳩山政権がつぶされたあとは、菅、野田両政権とも従米内閣である。
 小泉時代に日本の政治、行政、司法、経済、マスコミのすべてが米国製政財界の支配下におかれた。
日本は「主権在米」国家にされてしまった。
 この結果日本の経済力は衰退し、世界第二の経済大国としての力を失った。カネと富が減少した日本に対する米国政府の関心は急速に薄くなってきている。日本はアメリカに食い尽くされた上、使い捨てられようとしている。最後の富を食い尽くすのがTPPである。
いま、アメリカからの自立の時が到来した。日本国民のカネと富をすべて吸い取られた結果としての日本が得るものが日本の独立=自立である。
国内政治の危機―空洞化した内閣と首相官邸
 有力地方自治体の首長から「いま野田内閣は何をしているのですか?これから何をしようとしているのですか?まったくわからなくなっているのです。」との質問が増えた。
 かなり官邸の内情に通じている情報通に聴いてみたところ、「首相官邸が空洞化している。内閣のなかはバラバラ。統制がとれていない。誰に聞いても、内閣が何をしているのか、はっきりしない。司令塔がいないのだ。各閣僚も自分の省庁出身の首相秘書官や官房長官秘書に取材する始末だ」
 これは、官邸が烏合の衆と化しているのだ。
政治指導者に信念も理念も理想も具体的政策もない。補佐役の立場にいる政治家もなすべきことがわかっていない。政治の中枢がたるんでしまっているのである。

国民から遊離した政府と国会
 東日本大震災の被災地を訪問した人はお気づきのことと思う。被災地に「政府」の存在感がほとんどないのだ。「被災地に、自衛隊、警察、消防はいるが、政治はない」-被災地の共通の感想である。
宮城県の友人は言う「震災の翌日から政府への陳情を始めました。あらゆるルートを動員して、政府・与党の要人に陳情しましたが、すべてノレンに腕押しでした。政府にいくらお願いしてもムダなことを思い知らされました。この間、多くの政治家が来ました。菅総理も来てくれました。しかし、地域の私たちが本当にほしいものは何かわかってくれませんでした。被災地がいちばんほしかったのは食料とガソリンでした。これはやがて、政府ではなく、民間企業やボランティアの人たちが私たちの望んでいたものを満たしてくれたのです。
それと、自衛隊と警察と消防の方々が本当によくやってくれました。献身的でした。みんな心の底から感謝しています。
私たちが本当にほしかったのは資金と、政府に私たちの本当の気持ちを聞いてほしいということです。」
一言で言えば、政府が国民から離れてしまっているのです。
だが、より深刻なのは、政治と国民が遊離していることを知り、憂慮している政治家がほとんどいないことである。

深刻化する国民の政治不信
 最近の国民の深刻な政治不信の原因の一つは、政治指導者が嘘ばかりついているように見えることである。
原発事故が起きてからの政府首脳は嘘の連発により、政治家の信用は地に落ちた。また、過ちを犯しても責任をとろうとせず、言い訳ばかりしていることも信頼を失っているもう一つの原因である。

国民生活と経済に無関心な政治家
 昔から「政は民を養うに在り」と言う。政治の目的は国民生活の安定にあり、ということである。
深刻なデフレ不況を克服し、景気浮揚を実現するためには、政府の財政金融政策を見直し改める必要がある。
成長なくして財政再建はないのである。とくに雇用(失業対策)軽視を改め、雇用重視政策をとるべきである。

普天間、TPPに見る政府の救いなき従米体質
 菅首相と野田首相は、あまりにも従米的である。アメリカのどんな無理難題も「ノー」と言わない。
沖縄における辺野古周辺の基地建設は、もはや不可能である。無理を承知でアメリカ政府の意向に従っている。
 TPPも同様である。中国を加えたAPEC全体の自由貿易化を求めるべきである。




第一章 戦後日本の諸悪の根源は日米安保条約にあり

ポツダム宣言による占領目的達成後の占領軍撤収の公約を踏みにじったアメリカ政府
 ポツダム宣言は、1945年7月26日ベルリン郊外のポツダムで日本への対応が話し合われ、アメリカ大統領トルーマンとイギリス首相チャーチルと中華民国政府主席蒋介石の三カ国首脳の共同声明として発せられた。日本に求めたのは、軍国主義の除去、国土の占領、領土削減、軍隊の武装解除、戦争犯罪人の処罰などであった。
 その上で、次のように占領目的終了後の占領軍の撤収を声明した。
《上記諸目的カ達成セラレ且日本國國民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府カ樹立セラレルニ於テハ聯合國ノ占領軍ハ直ニ日本國ヨリ撤収セラルヘシ》
この日本が独立の際に占領軍を撤収することを公約していたポツダム宣言は、アメリカ政府により踏みにじられ、非合法な手段により、日本を半永久的に占領する道をとった。

1951年のサンフランシスコ講和条約と第一次日米安保条約
 1951年9月4日から8日まで、対日講和会議が日本を含め52カ国で行われ、最終日の8日、ソ連、ポーランド、チェコスロバキアは欠席したが、49カ国が調印して会議日程を終えた。
 この日の午後5時、サンフランシスコの第6軍司令部で日米安全保障条約が調印された。吉田茂首相一人が署名した。
全権代表団の苫米地義三(民主党)と徳川宗敬(緑風会)らには知らされていなかった。
日本の国会議員も国民も何も知らない日米安保条約を吉田茂首相一人で調印した、明らかに違法な締結だった。
 この条約は、アメリカ政府が一方的に作成し、占領下において施政権を失った日本政府に押し付けた条約だった。このような占領軍の押し付けた条約は、占領が終了したあとは破棄されるべきものだった。
形式は日本側の希望にアメリカが応えるという形がとられた。
《日本国は、武装を解除させられているので(中略)固有の自衛権を行使する有効な手段をもたない。・・・・
日本国は、(中略)アメリカ合衆国との安全保障条約を希望する。》とすべてアメリカ側の自作自演だった。
こうしてアメリカの従属国にされてしまったのである。

第一次日米安保条約は「対米従属の歴史的原点」
 新原昭治著『日米「密約」外交と人民のたたかいー米解禁文書から見る安保体制の裏側』の引用
《わが国の対米従属のこれまでをふりかえった時、忘れることができない歴史的原点に、米軍占領下での秘密外交による日米安保条約の押し付けがある。
 それは、沖縄の無期限の米占領を規定した対日平和条約の調印と同じ日の1951年9月8日、サンフランシスコにおいて調印された。この条約は、今日も続くアジア干渉のための米軍の軍事行動の発進拠点となったわが国の米軍基地に、占領終結の時点で条約上の根拠を与え、わが国を軍事上外交上米国への深い従属下に置いたのだった。
 日米安保条約がどのように日本国民に押し付けられたかの概略は、米国務省の秘密報告書にも表現されている。国務省の報告書(1957年1月)は言う。「日米両国の軍事関係は、安全保障条約および同条約と一体の
行政協定(訳注=現在の日米地位協定に相当)を基礎としてできている。この日米関係に、日本は不満を抱いている。それは、そういうことになった状況の結果としてであり、またその特徴が不平等なもので、日本を対米従属の地位においたとみなされているせいである」さらに
「安保条約の条文は、1951年9月8日のサンフラシスコでの調印までは、ごくわずかの日米両政府関係者以外、だれにも知らされていなかった。もちろん、一般の国民はその内容を知る由もなかった。
吉田首相だけが日本を代表して調印したのも、残りの日本側全権使節は条約の内容を知っていなかったからだった。日本政府関係者も国民も、日米安保条約はある意味で、強制が生み出した産物だと考える傾向がある。
そう考えるのは、日米安保条約交渉を特徴づけてきた秘密のせいであり、安保条約が占領時代に締結されたという事実のせいでもある」

第一次安保条約の非合法性を消し去るためアメリカ政府は安保条約を改定した
 第一次安保条約におけるアメリカ政府に対する忠実な協力者は吉田茂首相だった。吉田茂首相は日本の独立をアメリカに売り渡したのだった。この後アメリカ政府はこの非合法的な条約を合法化するべく「安保改定」を日本に求めた。1960年の日米安保改定条約において、吉田茂首相の役割を果たしたのが岸信介首相だった。岸首相は、日本を半永久的にアメリカの従属国にされてしまった。
日本がアメリカの従属化している関係を、日本のマスコミは「日米同盟」と呼び、政治家も官僚も財界人も学者も「日米同盟」をあたかも日本の救世主のごとく賞賛しているが、「冗談ではない!」と言わざるえない。
「日米同盟」とは従属関係のことである。
日米安保改定を許した禍根は、
第一は、1980年代に進められた「日米同盟」の強化の流れに日本が飲み込まれ、アメリカによる日本の植民地化が進行したことである。
第二は、1990年代から2000年代に至る長期間、日本はアメリカ政府からの「年次改革要望書」によって経済政策をコントロールされ、日本の富をアメリカに収奪され続けたことである。
第三は、TPPである。これによって日本は経済的にアメリカに組み込まれるおそれがある。日本の伝統・風土・習慣までアメリカ流にすることを求められるのだ。
このようなアメリカ化は止めなければならない。

第二章 国内政治の諸悪の根源は小選挙区比例代表並立制にあり

抜本的な選挙制度改革に着手しなければならない
 私自身は定数4~5議席(例外的に3議席)の中選挙区制を復活させるのがベストだと考えている。
小選挙区比例代表並立制の導入によって日本の政治は著しく劣化した。政治家の精神は小型化し、幼稚化した。
チルドレン政治家が多数を占めるようになった。政党は独裁化し官僚化した。
 政党助成金制度も見直すべきである。

第一党と第二党に有利な現行制度
 民主主義は少数意見の尊重の原則の上に成立する。
小選挙区比例代表並立制の導入により、日本の政治は明らかに劣化した。日本の政治家は小粒になり、政治家らしい指導者魂をを失った。日本の政党は特に第一党と第二党の劣化が著しい。
 中選挙区制度はいくつか問題点はあったが、しかし、自民党が過度に派閥化して党と派閥の均衡が崩れ、特定派閥だけが肥大化し権力集団化し腐敗したことをもって中選挙区制の罪としたのは大きなねじ曲げだった。
小選挙区制を推進した政治家と学者とマスコミが無理やりでっち上げた詭弁だった。多くの国民はこの詭弁に惑わされ、中選挙区制否定、小選挙区制肯定の流れに巻き込まれた。政治も国民も大きな過ちを犯した。

直ちに抜本改革に着手を
 重ねて言う。政権交代は失敗した。政権交代だけを目的に導入された小選挙区制は日本の政治を劣化させた。
極度に劣化させたことが明白になったいまこそ、世紀の悪い制度である現行選挙制度を変えなければならぬ。
民主党も自民党も現行制度を変えようとしない。両党にとって有利なよい制度であるからだ。
しかし第三党以下の少数政党にとっては、現行制度は百害あって一利なしの制度である。
民主党・自民党の議員は他の野党の議員と比べると怠け者だ。
 マックス・ウェーバーは、政治家に必要な資質は「情熱と洞察力と社会的責任」だと「職業としての政治」のなかでのべたが、小選挙区導入前と比べるといまの政治家はすべての点で劣っている。

マスコミに支配される日本政治
 最近の政治家は大局的問題についてほとんど議論しない。細かいことばかりに関心が強い。自主性が乏しいため、マスコミに動かされやすい。
小選挙区制導入以来マスコミは第四の権力から第一の権力になった。とくに2000年以後、マスコミの影響は巨大化し、政権党を決めるようになった。マスコミの政治支配は国民にとって最悪である。
マスコミ独裁は阻止しなければならない。政治は国民のために存在するものだ。

野党の主張する抜本改革に取り組むべし
 公明党などの第三党以下の中小政党は、この機会に抜本改革を行うべし、と主張している。
同時に、政党を独裁化している政党助成金も抜本的に見直すべきである。政党本部への政党助成金は政党の独裁化を強める。
 小選挙区制と政党助成金の制度は、政党間に不平等を生み、特権的二大政党の国会議員を頽廃(たいはい)させ、日本の政治を劣化させてきた元凶である。

政党助成金制度の改革も不可欠
 今日、党財政における政党助成金の比重はきわめて高い。とくに民主党ではほとんど政党助成金に頼り切っている。政党助成金は党の執行部が握る。カネを握った大幹部が独裁者になる。そしてこのカネを握った幹部が選挙での、候補者を決定する。
こうした第一党と第二党に有利な配分の政党助成金も抜本改革をしなければならない。

「中選挙区制復活議連」に期待する
 渡部恒三氏や加藤紘一氏が、選挙制度の抜本改革をめざして超党派の議員連盟を発足させた。
加藤氏は「今の選挙制度は失敗だ。二大政党化は進んだが、パフォーマンスに頼る政治家が増え、本物の政治家が育ってこなかった」と同会を発足させる意義を強調している。

第三章 財務省の増税路線・アメリカ流新自由主義が日本をつぶす

財務省の罪
 政策の優先順位は、第一にデフレ不況克服のための財政支出増、金融緩和、公共事業の実行、雇用拡大である。最優先課題は景気回復を実現することである。財政再建のための増税は景気回復後に検討すべき問題である。

「官僚の詐術で増税路線」
 『産経新聞』2011年9月30日に掲載された、田村秀男氏の論説は「官僚の詐術で増税路線」を抜粋する
《デフレ不況下の増税は消費を減らす代わりに、カネの値打ちを増やす。銀行は融資をやめ、企業は新規投資を思いとどまる。超円高が止まらない。デフレと円高のダブルパンチを浴びる企業は被災地を含め日本から離れる。そんな懸念をかき消そうととしているのは、「次世代にツケを残してはならない」という、野田首相が繰り返す「お念仏」である。催眠術効果は抜群だ。増税賛成派議員は唱和し、反対派議員も呪縛され、増税の細分化、額の圧縮や期間延長という小細工に翻弄される。が、だまされるな。「次世代」うんぬんは、もともと財務官僚によるトリックである。
政府の詭計(きけい)はさらに続く。復興のためだろうと、借金を増やしてはならない。だから、復興のための公債償還財源は増税で行うとくる。どんなにあくどいならず者でも「ショバ代をもっと払え、そしたらあんたから借りたカネを返す」とまでは言わないだろうに。
本来の政府の役割は、公債発行によって国民の貯蓄を活用して、安全な社旗基盤を整備し、経済を成長させて税収を上げて国民に利子を払うこと、何よりも日本経済をデフレから脱出させ、復興を遂げることだ。
増税は官僚を楽にさせる。税率を上げてしまえば、しめたもの。予算は確保済で、したい放題、自省の権益を拡張できるし、給与カット、人員削減圧力を受けることもない。だから、官僚たちは巧妙な詐術で菅直人前首相や野田首相を復興を名目にした増税路線にうまく乗せた。
 せめて国会が目覚めなければ、日本の復興・再生の糸口すらうせてしまう。与野党を問わず、反増税派は結束すべきだ。》野田首相と大マスコミは「次世代にツケを残してはならない」と大合唱し、多くの国民が騙されている。

増税とは、あきらめの政治
 さらに産経新聞の論説委員である田村秀男氏は《民主主義国家の政治家にとって、民から所得を国が召し上げる増税は何も他に策がなくなったときの最後の、ぎりぎりのオプションのはずである。つまり、増税とはあきらめの政治による選択であり、政治家の恥とも言える。ところが、菅政権はいとも簡単に社会保障財源も東日本大震災の復興財源も、「増税で」と触れ回る。野党第一党の自民党執行部も増税案で民主党と競う。増税をあきらめないことが使命だと思い込んで政権に飛び入りした与謝野馨経済財政担当相のような人物まで出る始末で、日本の政治はすっかり倒錯してしまった。》

「反格差」デモの意味
 1970年代の石油危機後にアメリカとイギリスで台頭した新自由主義・競争至上主義・弱肉強食主義の波は、瞬く間に全世界を飲み尽くし世界の安定と平和を破壊し、格差を拡大した。
日本も、1980年代の中曽根内閣以来、アメリカ共和党政権が推進した新自由主義・弱肉強食主義の片棒を担いできた。いまや日本の労働組合最大のナショナルセンターの「連合」は、労働者大衆の労働組合としての責任を放棄し、巨大資本への奉仕者と化し、新自由主義・弱肉強食主義の虜(とりこ)になってしまっている。
 2011年10月15日に全世界80ヵ国で展開された「反格差デモ」は新自由主義・弱肉強食主義への抵抗闘争であり、競争主義を終わらせ、平和で安全な社会を築こうとする弱者の大反乱である。
日本の若者も、無気力病から脱皮しなければならぬ。

『ショック・ドクトリン』が暴いたフリードマン的新自由主義の実態
 ナオミ・クライン著『ショック・ドクトリン』(幾島幸子・村上由見子訳、岩波書店)が翻訳出版された。
カバーの前ソデの説明から《本書はアメリカの自由市場主義がどのように世界を支配したか、その神話を暴いている。ショック・ドクトリンとは、「惨事便乗型資本主義=大惨事につけこんで実施される過激な市場原理主義改革」のことである。アメリカ政府とグローバル企業は戦争、津波やハリケーンなどの自然災害、政変などの危機につけ込んで、あるいはそれを意識的に招いて、人びとがショックと茫然自失から覚める前に、およそ不可能と思われた過激な経済改革を強行する・・・・。ショック・ドクトリンの源は、ケインズ主義に反対して徹底的な市場至上主義、規制撤廃、民営化を主張したアメリカの経済学者ミルトン・フリードマンであり、過激な荒療治の発想には、個人の精神を破壊して言いなりにさせる「ショック療法」=アメリカCIAによる拷問手法がが重なる》
ナオミ・クラインは『ショック・ドクトリン』のなかで述べている。
《戦争や惨事の急進的な民営化によって頂点を迎えたこの思想的改革運動を歴史的に位置づけようとすると、くり返し生じる問題がある。このイデオロギーは自己変身術に長け、自らの呼び名や居場所を次々と変えてきたからだ。フリードマンは自らを「リベラル」だと称したが、リベラルという言葉からはせいぜい高い税金とヒッピーぐらいしか連想できないアメリカのフリードマン一門は「保守派」「古典派経済学者」「自由市場派」などと自称し、のちには「レーガノミクス」あるいは「自由放任主義(レッセフェール)」信奉者だと名乗ってきた。世界の大部分の地域では「新自由主義(ネオリベラル)」として認知され、しばしば「自由貿易」あるいは単に「グローバリゼーション」とも呼ばれる。彼らが「新保守主義(ネオコンサーバティブ)」と自称するようになったのは90年代半ばになってからのことで、それを率いたのがフリードマンと長く関係があったヘリテージ財団やケイトー研究所、アメリカン・エンタープライズ研究所などの右派シンクタンクである。
アメリカの軍事機構を企業の論理に追従させたのが、このネオコンの世界観にほかならない。》
 考えようによっては、3.11東日本大震災以後の民主党政権は、恐ろしいことをしようとしているようにみえる。フリードマン政策のものまねである。日本政府は、大増税、被災地切り捨て、放射能の垂れ流し、伝統的地域社会の破壊に向かって進んでいるように見える。民主党政権の主要メンバーはフリードマンの教え子のようなものである。日本の民主党政権も財務省も日銀も、ほとんどが新自由主義者・競争至上主義者である。
野田政権による新自由主義・競争至上主義の推進は、絶対に阻止しなければならない。
 私は、日本はケインズ型の混合経済国家として生きるべきだとの考えに立って新自由主義・市場原理主義を批判して『公共事業必要論』『新公共事業必要論』『建設産業必要論』を出版した。
 日本には日本としての生き方がある。アメリカで栄えた新自由主義理論を日本に適用するのは大きな過ちである。日本的な人間関係と商取引関係を後れた前近代的な関係として強引に「改革」したことは、日本にとって大きな損出だった。特に新自由主義が攻撃したのは公共事業であるが、公共事業の急激な削減は、社会資本の急激な劣化を招いた。
 イギリスのサッチャー革命とアメリカのレーガン革命がもたらしたものは、貧困層の増大と貧富の差の拡大と階級社会化である。

第四章 民主党的「政治主導」の愚

 「仕分けされるべきは政治家たちの方だ」(榊原英資)
『公務員が日本を救う 偽りの「政治主導」との決別』に、《今回の東日本大震災でも自衛隊員や消防隊員、つまり公務員たちが大活躍しました。また多くの公務員は、それに値する仕事をしています。》
 『このうえ、公務員の数や人件費を削減する必要が本当にあるのでしょうか』
《いわゆる「公務員改革」が民主党政権の中心的政策課題になっています。政権をとった2009年衆議院選挙のマニフェストでは、国家公務員の「総人件費二割削減」と「天下りの根絶」を二大公約に掲げています。
しかし、これは「改革」というよりは、私には世論に悪乗りした「公務員バッシング」のように思うえるのです。 というのは日本の公務員の総人件費は、GDPとの対比でOECD諸国で最低の6%。たとえば、イギリスやフランスの半分程度なのです。また人口1000人あたりの公務員の数も42.2人と、これもイギリスやフランスの半分以下です。実は、日本が先進国の中で飛び抜けて大きいのが国会議員の総歳費です。合計180億円ですが、これに対しアメリカは72億円、イギリス92億円、ドイツ58億円、フランス111億円と、多くは日本の2分の1から3分の1です。日本でもっと問題なのは地方議員。都道府県議員の平均年収は2119万円ですが、これはアメリカの州議会議員の年収400万の実に5倍以上、イギリスとフランスでは県会議員や州議会議員は年収73万円および数十万円といわれていますから、なんと両国の30~40倍なのです。特にヨーロッパは地方議員はパートタイム職業。他の職を持った人たち、たとえば公務員などが民ぬ時間以外にボランティア的に務めているのです。つまり、必要なのは「公務員改革」ではなく、「政治改革」であり、特に地方議会改革なのです。》

「天下り根絶」も、実現不可能な意味のない政策です」
 榊原氏はこう述べている。
《「天下り根絶」もまた、実現不可能な意味のない政策です。終身雇用・年功序列を基本とする日本の雇用システムのもとでは、民間企業でも官庁でも、同期あるいは後輩が昇進するにつれ、多くの人たちが関連会社に再就職します。官庁だけ「天下り」といって非難する必要はないのではないでしょうか。全員が60歳、65歳まで役所に残るようなシステムが、はたして有効に機能するでしょうか。私の結論は明らかにノーです。》
政治家たちは、マスコミと一緒になって非現実的なことをやろうとしているのだ。政治家は冷静になって現実を見るべきである。

政治家とマスコミは「モノ言わぬ公務員」を一方的に攻撃し続けている
 榊原氏はこう述べている。
《日本の公務員は数が少ないだけでなく、いや、おそらくそれゆえに、よく働いてもいます。国会での想定問答、国会の質問取りと答弁の作成までやっている国家公務員は、世界広しといえども日本以外ではあまりないのではないでしょうか。私も大蔵省時代、大臣の国際会議への出席が国会の制約によって極端に制限されていることをテレビで非難したことがありましたが、国会で正式に発言の撤回と謝罪を強要されました。役人の分際で政治批判をするなど身のほど知らずだ、というわけなのです。》
 政治家とマスコミは「モノ言わぬ公務員」を一方的に攻撃し続けている。私はこのマスコミのやり方は卑怯だと思う。許せないと思う。

民主党は誤った「政治主導」政策を撤回すべし
 榊原氏はこう述べている。
《民主党もみんなの党も、もう「公務員改革」論議はいいかげんにして、日本の政治の質を高め、本来の意味での政治のリーダーシップを強化すべきときなのではないでしょうか。「偉大な」素人である政治家とテクノクラートとしての官僚がお互いの役割と存在意義をはっきり認識し、タッグを組んではじめて、日本の政治・行政のクオリティが高まっていくのです。》
榊原氏の主張は正しいと私は思う。

「公務員は「政治家」の仕事もしている」(榊原英資)
 榊原氏はこう述べている。
《中央官庁の場合、通常大臣官房の文書課を中心に国会対応をしています。国会開催時には、まず大部の想定問答集をつくり、かつ、質問の前日には質問者を訪問し、翌日の質問を教えてもらいます。質問者の側も丁寧に答弁してもらいたいので、多くの場合質問を教えます。まったく役所に通報しないで行なう、いわゆる「爆弾」質問もないことはありませんが、極めて稀です。大臣に恥をかかせるより、しっかり答えてもらうほうがよほどプラスだからです。
質問者によっては、役所と相談しながら質問をつくったり修正したりすることもあります。的外れな質問や答えられない質問をしても、あまり意味がないからです。国会では詳細な質問については同席している役人が答えますし、大臣が答弁につまったときもアシストし、ときには代わって答弁もします。詳しい質問を事前にしっかり登録しないで行ったなら、多くの大臣は答えられません。「政治的」判断を聞くのならともかく、事実関係についての質問は役人がフォローするしかありません。》

 大新聞政治部批判
 戦争が新聞を育て、新聞が戦争を煽ったことは歴史の事実である。榊原氏はこう述べている。
《政治家と政治部記者との関係は昔から極めて親しく、政治部記者から秘書官、そして政治家への道を辿った人たちも少なくありません。いずれにせよ日本のメディアは政治部を通じて政治と極めて密接な関係を築き、今でもそれを維持しています。主たる政治家にはいわゆる番記者が張り付いて、四六時中その動静をさぐっています。世界中でもこんなシステムを持っているジャーナリズムは日本くらいしかないのではないでしょうか。しかもその関係は極めて親しく、かっては政治記者が「小遣い」をもらっているのが普通だったといいます。
客観報道、中立報道といっても、これではなかなか難しいといわざるをえません。》記者クラブの弊害について《役所の中に記者クラブを置くことには大変問題を感じます。外国ではありえないことです。記者が省内を自由に歩き回るなどということは日本でしかありえません。どんな国でも守らなければならない国家機密というものがあります。それが、事実上、ほとんど守れなくなっているのが日本だということができるでしょう。》
記者クラブを大新聞以外のジャーナリズムの立場から見ると、記者クラブは特権階級の組織だ。記者クラブの記者たちは、特権を振り回している。傲慢だ。記者の高慢と傲慢が、日本のジャーナリズムを劣化させているのだ。マスメディアは自立的存在ではなくなりつつある。巨大権力となったマスメディア自体が迷走し始めている。

第五章 公共事業が失業問題を解決し、日本の自然を再生し、日本の未来を開く

『備えあれば憂いなし』(春秋左史伝)-3連動型地震に備えるためにも公共事業を
 東海、東南海、南海の3連動地震に備えなければならない。
東海、東南海、南海の3連動地震が起きたら、被害は甚大であることがわかっている。「4000万人死亡」という予測すらある。財政再建至上主義に立って備えを怠れば大変なことが起こるおそれがある。いまから備えなければならない。防災のための公共事業は必要である。

公共事業費削減策は失敗した
 日本のマスコミ、政治家、財務省を中心とする役人、大企業経営者のほとんどがアメリカ共和党の市場原理主義に罹(かか)っていて、まだ治らない。彼らは公共事業を削減すれば国家財政は改善するとの錯覚に陥り、公共事業を減らす政策をとり続けてきた。小泉純一郎政権以後の自民党政権は年に3%ずつ削減した。民主党鳩山政権は15%以上削減した。この公共事業削減政策を先導した前原誠司政調会長(当時国土交通相)は、「4年間で18%削減する計画だったのを1年で実現した」と自画自賛している。驚くべき錯覚である。自民党政権よりも民主党政権のほうが極端な削減政策をとり続けている。
 この結果、日本の国土は荒廃し、災害に弱い国土に変質した。日本の国土は地震、巨大津波、台風、集中豪雨などの災害に耐えて国民の生活を守る力を減退させた。
 雇用は上昇せず、慢性的なデフレが続いている。経済成長はマイナスである。税収は向上しないどころか大幅に減っている。デフレ不況の慢性化によって財政赤字は拡大した。日本の国土を劣化させただけではなかった。日本経済を慢性的なデフレ不況状態に固定させた。そして財政再建を失敗させた。それでも財務官僚は目を覚ましていない。

 『百聞は一見に如かず』(『漢書』)-現地へ行けば公共事業の必要性がわかる
 私たちはテレビや新聞を通じて、自分が直接見聞できないことを知る。しかし、テレビや新聞が報道することは、世の中で起きていることのほんの一部である。しかも、真実そのものではない。テレビの画像で真実は屈折する。新聞の場合はどんなに優秀な記者でもありのままの真実を伝えるのは困難である。
 「百聞は一見に如かず」である。政治家の皆さんにお願いする。現地へ行ってください。現場で考えてください。そうすれば「公共事業は不必要」などというねじ曲がった議論が、いかに犯罪的なものか、わかると思う。

熊野古道の早期復旧は急務
 台風12号による豪雨や土砂崩れで大きな被害を受けた熊野古道で、熊野三山の一つ、熊野本宮大社(田辺市9の西約13キロでは幅約50メートル、長さ100メートル以上の大規模な土砂崩れが起き、古道が50メートルにわたって埋没。その3キロ西では増水で古道が約30メートル削られた。熊野那智大社は裏山で土砂崩れが起き、社殿が1メートルほど埋まったほか、信仰の対象となっている「那智大滝」も増水や落石で滝つぼの形が変わり、下流の滝が消滅した。
 現代では「祈りの時代」である。一日も早く「祈りの道」を再建することを政府、和歌山県、関係機関に強く要請する。

『次に来る旅人のために泉を清く保て』(ジンギスカン)
-被災前よりもずっと良い和歌山を作るという知事の決意
 「被害者の生活の再建」「インフラの復旧」「経済の復興」の三課題を達成するためには、政府の積極的な支援と大型の公共事業が必要である。

『病んで後初めて健康の価値を知る』(日本の諺)
           -公共事業は事前災害から国民の生命財産を守るために必要不可欠のもの
 二階俊博衆議院議員の衆議院災害特別委員会での発言
《コンクリートから人へということを大きな旗印にしまして公共事業抑制を続けておったわけですが、コンクリートに代表される公共事業は、自然災害から国民の生命財産を守るという意味で大変に不可欠なものであり、東日本大災害においても、そのことの重要性、福島の原発においても、もう少ししっかりした防災の対応をしておく必要があったのではないか、と疑問を持っております。》
二階議員は正しい。「コンクリートから人へ」などと馬鹿なことを言っていたことを国民にはっきりと謝罪すべきである。

『米オバマ政権は公共事業に力を入れている』とのアメリカ在住の友人からのメール
 アメリカ在住の優秀な国際政治経済研究家の酒井吉廣さんから「公共事業とTPP」というテーマのメールをいただいた。
《今、アメリカでも公共事業がどんどん行なわれています。景気回復のスピードが非常に遅く、もしかすると再悪化の可能性もでているなかで、公共事業が底支えをしているのは事実です。税金の有効な使い方ではないとオバマ大統領は共和党から批判を受けています。米国人の誰もが減税を待っている一方で、公共事業の経済効果も少なからず感じているというジレンマが起こっているのが米国です。次にTPPです。重要なことは、世界を一つと考えて役割分担をするほどの余裕がどの国にもないなかで、形を見直すべきなのは事実のようにも思います。》

ケインズ型経済政策が必要
 榊原英資氏は《米国の政府債務も問題になっているが、当面の解決策としては大公共事業で経済を立て直すことではないか。オバマ政権も雇用対策や公共事業を軸にケインズ型の景気対策に取り組み、財政再建も中長期的に進めるといっている。まずは思い切って財政出動をやれ、というクルーグマン教授の指摘は正しい。30年代と似てくればケインズ政策しかない。各国が一斉に財政を引き締めたら共倒れになってしまう。
 日本も短期的には財政出動すべきだ。増税でそれをやれ、というのは間違いだ。中長期的にはもちろん、増税による財政再建をしなければならない。だが、景気が悪いときに増税してはいけない。
 当面は震災復興に全力を注ぎ、その後に社会保障との一体改革による増税をすべきだ。》

紀伊半島の山々の復活
 土木技術のフォレストベンチ工法を開発した栗原光二さんより
《崩れた山腹をこのまま放置することはできません。何といっても当地は、熊野古道や熊野三山など日本の精神文化の発祥の地であり、後世に残すべき世界遺産などを多く抱えた土地柄だからです。崩壊地修復の成否は、技術の組み立てとそれを推進する国家の意思にかかっているように思えます。》

崩れた斜面は、崩れる前より強靭にすれば二度と崩れなくなる
 《斜面土砂を不動にする第一の対策は、重力による横方向への移動を阻止する、すなわち重力への半力を真上に向けることです。それによって地盤の摩擦力も最大となり、安定が格段に増します。そして第二の対策は、土砂の水平移動を阻止する引張り力(アンカー)を導入することです。第三の対策は、雨水による空隙飽和を防ぐことです。それには、地中に外気を運ぶ管を埋設して地中の空隙を大気圧で満たし、雨水が圧力を上げられない、すなわち浮力が生じない不飽和状態をつくります。これは地中の負圧(サクション状態)を喚起する作用も生みます。》

斜面の安定化と緑化のための技術―フォレストベンチ工法
 《従来の斜面修復はコンクリートのフレームレーム工法を用いて修復するのが当たり前となっておりました。しかし、とくに今回のように紀伊半島で発生した深層崩壊において用いると、国土はまったく再生されず、不毛の地が増えるばかりです。元の緑にするためには、階段状の土の斜面を復元し、棚田のように雨水を制御する能力を導入して強靭な斜面とすべきである。これを国土の将来を憂う方々に知っていただきたく願っています。》

被災地における高台移転の技術的検討
 《フォレストベンチ工法では、水平方向に引張り力を導入しながら土砂の横移動を止め、土砂には常にローラーによる鉛直エネルギーが最大に掛かる構造となっています。そして豪雨や津波を受けたときに、水を通過
させながら土粒子が離ればなれにならないように、網の中で袋詰めの構造としているのです。
 高台移転を行うときに発生する切土砂を捨ててしまうと、その捨土場所の確保や運搬にコストが掛かる上に、宅地スペースが半分になってしまうという、不経済でもったいない結果となります。
 土砂は知恵を使って用いれば、人間社会に十分に役立つ材料です。今こそ叡智を働かせて国難を乗り切る時です。》

国民に学ぶ謙虚な政治は国の宝
 斜面を安定化させ、緑化し、自然の状態に戻すフォレストベンチ工法による斜面の整備は、大きな成果を上げている。3月11日の大震災で発生した巨大津波にフォレストベンチ工法でつくられた斜面は耐えた。
気仙沼市の畠山邸の斜面は巨大津波に負けなかった。このフォレストベンチ工法を開発者の栗原光二さんは多くの政治家や地方自治体にも説明をしているが公明党の議員以外は馬耳東風である。
 民主党の政治家は公明党の政治家に学ぶべきである。

山の斜面の再生が日本再生への近道
 《フォレストベンチ工法は、気候変動に伴う局地豪雨や巨大地震には世界の各国が苦しんでおり、わが国のその未然防止や復元技術は国際的にも高い評価となり、わが国の輸出技術の一つになることも考えられます。
水問題やエネルギー問題を含めて平和で安全な国土づくりは、人間社会の喫緊(きっきん)の課題となっています。わが国の防災・環境技術が注目される時代が到来しそうな気がします。 10月5日 栗原光二拝》

公共下水道こそ本道
 民主党は、全国環境整備事業協同組合連合会の強い影響下におかれている。多くの国会議員が選挙で支持を受けていると言われている。これらの議員の多くが、野田政権誕生とともに、下水道を担当する国土交通省の大臣、副大臣、政務官に就任した。民主党は「浄化槽の接続免除」のための法改正を実行する政治シフトをとったと見られている。特定業界団体からの圧力に負けて行政をねじ曲げてはならないと思う。
 下水道と浄化槽との調和的関係は現行法によって確立され、保障されている。民主党政権はこの調和的関係を壊そうとしている。全国市町村長の9割超が支持している現在の制度を、一業界団体の力に負けて改悪していいのか?

未来への責任
 財務省は「まづ増税」と言い、野田政権と民主党はこれに追従している。これではいつまで経っても、日本の国土は再生できない。野田内閣よ、民主党よ、目を覚ましなさい。公共事業が日本を救うのだ。いまこそ、防災・自然環境と社会環境整備のための公共事業が必要である。

野田内閣は公共事業推進に方向転換すべし
 「窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通ず」という言葉が『易経』にある。「なにごとも窮すれば変わる。変われば道が開かれる」という意味である。
 民主党内閣は公共事業抑制政策を中心政策にしている。間違った政策である。9月20日に閣議決定した平成24年度概算要求基準においても公共事業などの政策経費を一律10%削ることにした。
国土交通省に建設省出身の前田武志氏が就任しても、変えようとしない。まさに「病膏肓(やまいこうこう)に入る」(「春秋左史伝」)だ。私は、野田政権は大きな錯覚のなかにいると深く危惧している、『孟子』の中に「民を貴しと為し社(しゃ)稷(しょく)之に次ぐ」という格言がある。「社稷」とは国家のことだ。政治の基本は、まず国民を大事にすること、国家のことは二の次でよいという意味である。
 いま日本政府と国民が最も重視すべきは、深刻なデフレ不況からの脱却である。このためには、公共事業を積極的に推進し、雇用の増大をはかる必要がある。大災害に耐える社会資本の整備はデフレ脱却への道だ。これなくして復旧も復興もないのだ。

『12年度概算要求・公共事業費5%増』では少なすぎる
 国土交通省の12年度予算概算要求では、一般会計の要求総額は前年度比2%増の5兆1060億円で、うち災害復旧を含む公共事業費の総額は同5%増の4兆4837臆円である。
 治山治水、道路整備、港湾・空港・鉄道の整備、住宅・都市環境(とくに下水道)整備などの公共事業の拡大こそが、日本再生への最も確かな道である。
『政は民を養うに在り』(書経)-雇用確保のための公共事業を興せ
 全国各地で超円高、工場の海外移転にともなうパニックが起きている。大企業の工場が閉鎖されれば、失業者が急増する。それだけではない。下請企業も大打撃を受ける。地域経済が崩壊するおそれすらある。
 政府・民主党は、一言で言えば、ほとんど無関心である。なんとかしようという意思が感じられない。
非常に冷ややかな対応である。地方・地域社会が危機に立たされている。
 雇用を確保するためには公共事業を興すべきである。日本国民のことを考えず、財政のことだけで国政の方向を決めるような政府は、百害あって一利なしである。

日本の空洞化を防ぐために
 急激な円高の影響で日本の製造業の海外移転が始まっている。このまま大企業の工場の海外移転が続けば、日本の産業経済は空洞化してしまう。この流れを放置し、何らの手段も講じなければ、大失業が起こる。
中小・小規模企業の倒産が拡大する。地域社会は崩壊してしまう。
 政府が今の縮小一本槍の貧乏神的製剤対策を転換し、経済成長・景気回復をめざして公共投資拡大に踏み切れば日本経済は新たな活況を呼び戻すことが可能になる。

札幌の防災計画に学ぶ
 日本は観光立国をめざさなければならない。観光産業は平和産業である。日本が平和に生きるためにも観光立国への道を進まなければならない。
北海道観光の最大拠点である札幌の防災は、札幌市防災会議のもとに「地震対策部会」「専門委員」「地震対策部会分科会」「札幌市地震被害想定委員会」「地域防災を考える懇話会」が設置されている。とくに力を入れているのが「防災協働コミュニティ」形成である。このような文化、環境、観光都市を支えているのが、すぐれた防災対策と防災への真剣な取り組みである。

朝霞公務員住宅問題
 朝霞公務員住宅が、国と民間企業(PFI事業)者との間の契約にもとづいて行われている事業であることを知っているのか?事業がちゅうしになれば、最大40億円ともいわれる損害賠償金やこれまで工事に投入された費用の支払いなどが生ずることを知っていて、凍結を喜んでいるのか?
 朝霞住宅をこのまま建設した上で、福島県などの被災者に提供する道もあるではないか

『是を是と謂い、非を非と謂うを、直と日う』(荀子)
-むやみやたらに『建設凍結・中止』がよいのではない
  国民の皆さんに訴えたい。105億円の事業費を節約するために40億円以上の賠償金と実費精算をしてもかまわないのですか?ただむやみやたらに建設凍結・中止するのがよいのですか?この問題、首相か財務相かの責任が問われて当然である。また、マスコミの責任も問われるべきである。


第六章  巨大マスコミの罪-マスコミ人の倣慢を叱る

『汝自身を知れ』(ソクラテス)-調査・分析報道こそ真のジャーナリズム
 大報道機関は、表面だけを撫でたような単なる客観報道主義では、報道機関としての社会的責任を果たすことはできない。調査・分析をする能力がなければ、真のジャーナリズムとは言えないのである。

『義を見てせざるは勇なきなり』(孔子)-マスコミは自由な議論を先導すべし
 「嘘と騙しと自分さえよければ主義」首相の退陣を、政治の正常化への第一歩にしなければならない時こそ、『なすべきことは、自由な議論を巻き起こすことである。議論すべきテーマは二つある。一つは、2009年の政権交代以後の民主党政権の総括だ。もう一つは、政治理念とビジョンの議論である。この議論を通じて政治の正常化をはからなければならない』と主張していた。
 マスコミはこの自由な議論を先導すべきである。マスコミ人よ、自らの社会的役割を自覚せよ!と言いたい。

読売『新政権への緊急提言』にもの申す
 読売新聞の5項目の提言は次の通りである。[ ]の中私の短いコメントである。
(1) ポスト菅で迅速な政策決定[当然のことである。菅内閣はひどすぎた。]
(2) 消費税率上げで財源確保[いまのデフレ不況下で増税をしたら日本経済は崩壊する。いまは国債で乗り切るべきである。「はじめに増税ありき」は間違っている。]
(3) 暮らしの再建が最優先だ[増税をしたら暮らしの再建は無理である]
(4) 放射能に苦しむ福島を救え[当然である。これは大事だ]
(5) 電力危機を直視すべきだ[水力発電重視の方向を打ち出すべきである
 読売提言は「井の中の蛙」的提言だと思う。
 私は(1)外交重視政府の樹立(国際シンクタンク国家構想)、(2)国内諸勢力の融和の推進、(3)自主エネルギー開発、(4)完全雇用の実現、(5)中間層の復権、の5項目を提唱する。

『井の中の蛙大海を知らず』(荘子)-マスコミよ、しっかりせよ!
 超円高は日本の輸出産業を直撃しているが、円がドルとユーロに比べて強い通貨になっている結果でもある。
日本は引っ込んでいてはならない。世界に出なければならない。国際国家であることを自覚し、世界外交の場に打って出るべきである。日本が、アメリカ、中国、EUの間に立って世界各国の利害対立を調整する役割を担う必要がある。日本は国際国家になり、世界の参謀役を務めるべきである。
 しかし、日本の政界は、国内に閉じこもっている。大新聞すら、国内政治のことしか考えようとしない。
政治家とマスコミよ、しかりせよ!と言いたい。

『不幸というものは耐える力が弱いと見ると、そこに重くのしかかる』(シェイクスピア)
                    -大新聞よ、今こそ攻めの報道をするべし
 日本はこの激動の世界に能動的、積極的に対応すべきである。
大新聞はいまこそ、攻めの報道をすべきである。

8月15日を新聞休刊日にした新聞人の不見識
 8月15日は1045(昭和20)年以後の日本の歴史において最も重要な日である。戦争を厳しく反省し、戦争で犠牲になった310万人の同胞の霊に対して、もう二度と戦争をしないことを誓い、同時に未来への責任を再確認する日である。第二次大戦後の日本にとっては8月15日は、1月1日より大切な日なのだ。
 新聞人に問う、諸君に過去への謙虚さと未来への責任という意識があるのか!?と。

『木に縁(よ)りて魚を求む』(孟子)-本格名議論と部分的な議論を混同してはならぬ
 民主党の代表選では、(1)2009マニフェストの是非、(2)脱原発か否か、(3)増税か否かの三点に論争を狭めようとした。しかしこれは各論の中の小さなテーマに過ぎない。
 テーマとすべきは、第一に激動する世界の中での日本の生き方とビジョンを議論しなければならなかった。
第二に、これからの日本はどのような社会をめざすべきかというビジョンを議論しなければならなかった。
その一つは、国内の対立を最小化するために調和の政治を進めることだ。二つは、経済の長期的活性化をはかることだ。このカギは雇用安定と新中間層の形成だ。三つは、自主的なエネルギーの安定供給である。このような骨太の基本路線の上での部分的戦術的政策として増税、原発、マニフェストの議論は位置づけられるべきである。

小事に拘(こだわ)りて大事を忘るな』(日本の諺)-民主党代表選時のマスコミの議論誘導は犯罪的だった
 代表選でマスコミの質問が、もっぱら「大連立」「マニフェスト」「増税」「小沢問題」の四問題に集中していた。民主党代表選で議論すべきだったのは「復興への具体策」「激動の世界の中における日本のビジョン」「成長戦略と雇用の解決」「財政と金融のあり方」「公共事業の推進」などである。

『争いを好む者は罪を好む』(「旧約聖書」)
-政策論争を奨励せず、政権争いを煽り立てるのがマスコミの仕事か!
 マスコミは政争を煽るようなことをしてはならない。なすべきことは政策・ビジョン論争を奨励し、議論の場を提供することだ。「政治部のデスクは政策は政治部の仕事ではないと思い込んでいる。」
マスコミの諸君、君たちはなんのためにジャーナリストという職業を選んだのか!?

『好機、逸すべからず』(日本の諺)-菅政治の総括なくしてマスコミは責任を果たせない
 菅政治は徹底的に総括しなければならない。嘘と騙しと自分さえよければ主義、独善・独断主義の菅政治の徹底的な究明なしに、民主党は次の時代に進めないはずである。
 民主党は、菅政治が何であったのか、国民はどうして菅政治に対し強い憤りをもったのかについて、きちんと総括し国民に謝罪しなければならない。
 マスコミは菅政治の徹底総括を行うべきである。とくに福島原発事故の杜撰(ずさん)きわまりないひどい対応は、厳しく総括されなければならない。

経済政策ビジョンを議論しないマスコミの無能
 日本政府の現在の中心課題は、復旧・復興を実行し、東北・北関東経済と日本経済を復興させ、国民生活の安定をはかることである。新政権は日本経済再生の方針を示さなければならない。
 ところが、マスコミは経済政策についてはほとんど質問をしない。経済政策について政治部記者がほとんど勉強していないことにある。政治部記者が経済を勉強していないということは驚くべきことである。
経済政策に無知な者は政治部記者になってはならない。

『おそらく、人間の真に人間らしい尊厳は、自己を軽蔑する能力である』(サンタナヤ)
           -デフレ不況下の大増税を推進する政治家を支持するマスコミは国賊である
 日本は約20年にわたって経済成長を止めて、デフレ不況経済を自ら推進してきた。政府は経済政策として
デフレ不況を恒久化する貧乏神的政策をとってきた。この政策を大新聞、大マスコミがこぞって支持してきた。
デフレ不況下の大増税を推進する政治家を支持するマスコミは国賊である。日本のマスコミが、国民を苦しめ、日本経済を破壊するおそれの強いデフレ不況下の大増税を先導している。

『泣いてパンを食べた者でなければ人生の本当の味はわからない』(ゲーテ)
              -東京の地上波テレビ局は勝ち組の同盟者になり下がった
 東京の地上波テレビ局の視聴率第一主義は変わっていないように感じている。視聴率第一主義を克服できない原因の一つは地上波の東京のテレビ局が勝ち組の同盟者になっているのではないかと思う。しかし、マスコミの原点は草の根の恵まれざる国民であることを忘れてはならない。

『鷺(さぎ)を烏(からす)』(日本の諺)-よく調べてから記事を書け
 ほとんどの大新聞、大テレビ局が民主党代表選候補者を揶揄している。バカにしている。大新聞記者諸君、真面目な政治家をバカにしてはならない。記者諸君、真面目な政治家を侮辱してはならない。さげすんではならない。正当に評価すべきである。候補者が小沢氏に秋波を送ったとか、小沢一郎詣でなどと書くのは比例である。どうしてここまで事実をねじ曲げるのか!?謝罪すべきである。

『権力という魔法にかかった小部屋の中では、そのランプはどの人の顔も同じ色にしてしまって、賢明な人々も愚かな人のようになる』(ランドア)-マスコミ放送の極端
 「唯小沢史観」一色の報道はどうかしている。マスコミ報道は極端すぎる。

『臭い物に蓋』(日本の諺)―前原フィーバーを煽るマスコミの罪
 それにしても、民主党代表選のマスコミの政治報道は異常だった。異常すぎた。前原氏の外国人からの政治献金疑惑はなんら解決していないのに前原フィーバーを煽っていた。マスコミは臭い物に蓋をするつもりだったのか!?マスコミの倫理観の欠如は恐ろしい。

『悪事は許されることがあっても、侮辱は許されることがない。人にはそれぞれプライドというものがあり、それがいつまでも馬鹿にされたことを憶えている』(チェスターフィールド卿)
-マスコミは政治家個人を侮辱してはいけない
 次の首相を選ぶ民主党代表選を、テレビはケイバ馬に例え、お遊びにしている。国難のときに、どんな首相が必要なのか、どういう代表選が求められるのかを伝えるのがメディア。それなのにおふざけ報道ばかり見せて、国民を政治から遠ざけ、もうどうなってもいいやと思わせようとしている。それが政治をダメにしているわけです。政治記者も“自分さえよければ”派で、厳しさも責任感もない。政治をゲームとしか見ていないし、政局しか関心がない。政治家と真剣な議論をすることもなくなった。今の政治家は、そんなマスコミに気に入られようと、ケイバ馬に例えられても抗議しない。それで記者たちはオレたちは偉いと思っている。この国が衰退し、悪くなるのは当然です。
 マスコミの諸君。人をバカにしてはいけない。とくに特定の政治家を馬鹿にしてはいけない。政治権力が間違いを犯したとき、徹底的に批判し戦わなくてはならない。しかし、政治家個人を侮辱してはいけない。批判は真剣勝負なのだ。

『過ちて改めざる是を過ちと謂う』(孔子)-マスコミは荒井聡議員に謝罪せよ
 荒井聡衆議院議員は、国家戦略担当国務大臣のとき、マスコミから不当な非難キャンペーンを受けた。
《いわゆる「キャミソール事件」なるものである。東京後援会の政治資金に事務所費が計上されていた。
その中に860円のユニクロ製キャミソールなるTシャツの領収書があったのである。(よくみつけたものです)スタッフが選挙応援に行った時の選挙グッズであり「キャミソールは商品名で、ただのTシャツ」との弁解の機会もなく、その場で官房長官から「厳重注意」なる処分を食らったのである。》
このとき、荒井聡議員は党内融和のために寝食を忘れて大奮闘中だった。読売新聞などの不当なデマ報道は、民主党内の党内融和への努力を潰した。この罪は重大だ。マスコミよ、反省し荒井聡議員にはっきりと謝罪せよ!過ちを犯したと気づいたら反省しなければならない。過ちを改めないことが、過ちなのだ。

『全世界を知って、自分自身を知らない者がいる』(ラ・フォンテーヌ)
                    -東京の地上波テレビキャスターの不見識
 テレビ局のニュースキャスターが自主判断でしていることだと思わないが、キャスターたちは「白か黒か」「○か×か」「イエスかノーか」の質問を執拗(しつよう)に繰り返したのは、あまりにも不見識であり、傲慢(ごうまん)であり、醜悪だった。世の中のことは、ほとんどが「○か×か」で割り切ることはできない。政治も同様である。TPPについても「○か×か」の回答を政治リーダーに求めるのは不見識である。中身は交渉によって決まるものである。交渉自体に賛成か反対かの質問をすることはナンセンスに等しい。
事実は事実として見、ありのままを国民に伝える役割を担っているマスコミ人が、歪んだ二分法思考の虜(とりこ)になっていることに、私は深い危惧を感じている。

『争気ある者とは、与(とも)に弁ずる勿(なか)れ』(荀子)-マスコミはデマゴーグに騙されるな
 野田新代表は「ノーサイドにしましょう」と宣言したが、マスコミは小沢一郎元代表の新人事への注文発言を大きく報道した。これは、民主党がせっかく平和を回復した瞬間に、マスコミが民主党内の新たな紛争を仕掛けたに等しい愚行だった。マスコミは争いが好きであるが、度が過ぎている。マスコミは政策の議論をバックアップすべきなのに、相変わらず「政局」中心の報道ばかりしている。猛省を促したい。
マスコミはデマゴーグに騙されないようにしなければならぬ。

『他人の悪を能(よ)く見る者は、己が悪これを見ず』(足利尊氏)-政治部記者はもっと政策を勉強せよ
 マスコミは政策に関する議論が嫌いである。政治部記者は国際問題や経済政策についてほとんど勉強していない。政治部記者は紛争の種を探し歩いている。政治部記者諸君は政策を勉強し政策を国民に伝える役割を果たすべきである。

再び『義を見てせざるは勇なきなり』(孔子)-私が東京の地上波テレビから『干された』訳
 私が郵政民営化の裏で日米の巨大広告企業が動いたことに警告したところ、いくつかのテレビ局の知人から忠告された。「電通を批判するということはマスコミの仕事を自ら失うということです。今後は、森田さんを出演者としてテレビに出ていただくことはできなくなりました。森田さんはマスコミで生きる者が決してしてはならないことをしてしまいました。森田さんは虎の尾を踏んでしまいました。残念です。さよなら」
 2005年の5月頃から、複数ルートを通して、アメリカの巨大広告企業から電通に巨額の宣伝費が流れ、郵政民営化が絶対善であるかのような情報操作宣伝工作を行うようにメディア操作が行われているとの情報が入った。その金額は5000億円とも言われ、アメリカ保険業界が日本市場拡大を狙って拠出したものだという話だった。
 テレビの主な収入源は広告であり、その広告を牛耳っているのが電通だ。電通は東京の地上波・テレビ局の事実上の支配者だ。
 郵政選挙の真っ最中、8月中旬に小さなニュースだが、小泉首相がパーソン・マステラ社の社長と会談したというニュースがあって、やはり、と思ったものだ。パーソン・マステラ社はアメリカの巨大広告会社で、電通と共同出資の子会社も持っている。ここに、ホワイトハウス、米保険業界と首相官邸、電通と結ぶ点と線が
あるのだ。郵政民営化の裏で、巨大組織が動き、日本国民の頭脳の中まで手を突っ込んできた。
 政治と広告業界との癒着も進む。メディアと政治の癒着こそが、現下日本民主主義の危機の本質的問題だ。
-メディアの裏にはアメリカの影がある。
 私は戦後日本政治にアメリカが残した呪縛は四つあったと考える。
第一は皇室で、昭和天皇の権威を利用してGHQは占領政策をすすめることができた。
第二は大蔵省(現財務省)で、戦前から続く省庁でGHQによる改変を逃れたのは大蔵だけだった。大蔵官僚のDNAは従米主義で、今はアメリカ国債を買い支えるために増税もやむなしという思考になってしまっている。
第三は法務省・検察庁であり、アメリカの意のままにならない人間を強制的に排除する暴力装置として機能していたのは世人の広く知るところだ。
第四がマスコミだ。
 まずマスコミが政治家なり官僚なりの疑惑を煽り、それをもとに検察が乗り出すというのが排除の王道パターンだった。
 こうしたアメリカ占領軍が使った日本支配のための主要な道具が変質し、もろくなってしまっている。

『むさぼりを絶ち、欲をすてよ』(聖徳太子)-マスコミは広告費に目が眩(くら)みモラルを忘れることなかれ
 唯一、アメリカによる日本操縦を可能にしている最後のツールが、マスモミであり、電通によるメディア支配体制だ。
 戦後体制の脱却、日本の対米従属からの脱却とは、まず、この最後の呪縛であるメディアの電通支配体制から脱却することなのだ。メディアの自立が、日本が自立する道なのだ。
 昔から「騙しに歯向かう刀なし」と言われてきたが、これは、こちらを騙してやろうと思い定めて騙しを仕掛けてきた相手には、結局負けてしまうということだ。騙される側ではなく、騙す方がはるかに悪いのだ。
広告費に目が眩んで、電通の言うなりになる現在のメディアは、完全にモラルが崩壊しているのだ。そしてまた、電通も巨大広告企業としての社会的責任を自覚しなければならない。

『新聞・テレビという大マスコミは、いまのままでは死につつある』(中村慶一郎=政治評論家)
 《大マスコミはもはやその自らに課せられた社会的責務を忘れ果ててしまい、根本は数字がすべて、すなわち新聞ならば販売部数がすべて、テレビならば視聴率がすべてという思考に陥っている。
企業である以上、利潤を追求すること自体は否定されるものではない。だが、一般企業であってすら社会的責務を負っている。まして、新聞・テレビは各種の法律で守られ、私企業以上に公器としての大きな責務を負っている。その責務を忘れ、とかく数字を追い求め、その結果、ポピュリズムと正義感の喪失という二つの病を抱えてしまった。》《マス・コミュニケーションの役割は大きく二つあり、一つは速報性、もう一つは解説・主張機能だ。》

『一を知って二を知らず』(荘子)-記者は外交と経済政策を勉強せよ
 日本にとってとくに重要なのは外交と経済政策である。新聞記者、報道記者は自らの社会的責任に目覚めるべきである。政策問題を勉強し、政治家に政策論争を求め、その内容を国民に知らせるべきである。

『謙虚さは神から与えられた才能である』(ゲーテ)-大マスコミよ、謙虚たれ!
 ドイツの劇作家レッシングは「すべての偉大な人々は謙虚である」と言った。謙虚さは偉大な人物の証明である。だが、大多数の大新聞エリートは倣慢である。新聞人に謙虚さがないのは、大いに問題だ。
『老子』の中に「我れに三宝あり」という有名な言葉がある。
「持してこれを保つ。一に曰く、慈。二に曰く、倹。三に曰く、敢えて天下の先と為らず」
現代語に訳すと、「私には三つの宝があります。それをしっかりと保っています。三宝とは、一つは慈です。
いつくしみの心です。二つは倹約の心です。三つは敢えて天下の先とならず、すなわち先頭には立たない。
控えめに生きるという生き方です」ということになる。
 大マスコミの記者には、この「三宝」が欠けている。三宝をもたない記者たちが、巨大な権力を振り回している。『三宝』をもたない巨大マスコミは一種の凶器である。たいへん危ない社会的存在である。これを制御できるのは大マスコミ人とくに記者の倫理力だ。

『政治の目的は善が為し易く悪の為し難い社会をつくることにある』-鉢呂経済産業大臣の辞任に思う①
 鉢呂氏の辞任の主たる原因は、鉢呂氏が氏を取り囲んだ取材記者に防災服をなすりつけ「放射能を分けてやるよ」などと話した、トイウニュースが大々的に報道されたことだったようであるが、問題はこのとき記者が鉢呂氏に抗議したか否かである。もしも取材記者がその場で鉢呂氏に抗議も注意もせず、あとになって大新聞で大々的に鉢呂氏への非難を行ったとしたら、その取材記者のモラルが問われることになる。新聞社のデスクのモラルも問われなければならない。
 この取材記者の氏名も明らかにされないまま、そして鉢呂氏の弁明もないまま、鉢呂氏非難の大キャンペーンが打たれたとすると、これは陰謀の疑惑が生じよう。民主党内には、鉢呂氏の経済産業相就任について、一部に強い異論があったようである。

『柴の朱を奪うを悪(にく)む』-鉢呂経済産業大臣の辞任に思う②
 鉢呂吉雄氏を経産相辞任に追い込んだのは、マスコミの無責任な暴走だったのではないか。マスコミの暴走に政治が巻き込まれた結果ではないか。私は深い疑念を抱いて「鉢呂」報道を調査してみた。
第一の「放射能をつけたぞ」発言は本当にあったのか。鉢呂氏は「記憶にない」と言っている。鉢呂氏は、取り囲んでいた記者とその新聞社に問い合わせをし、何を言ったか正確な発言記録を教えてほしいと要請したが、どの社からも正確な発言記録はないとの返事だったそうである。新聞社の側に正確な記者のメモがあれば、それをはっきりと記すべきだと思うが、どの社もはっきりしたことは明記していない。どの社の記述も曖昧である。鉢呂発言を聞いた記者の毎日新聞さえも「毎日新聞の記者に近寄り、防災服をすりつけるしぐさをして『放射能をつけたぞ』という趣旨の発言をした」と書いている。
 大マスコミがはっきりした事実も確認もせず、伝聞だけで鉢呂氏を悪者にしたとしたら、それは許されざる大マスコミの犯罪である。
 永田町の消息筋は『鉢呂氏が『原発ゼロ』と発言したことで原発推進派が動き、マスコミを利用した。鉢呂氏は、「『鉢呂氏排除、枝野経産相実現』をたくらむカゲの原発推進派にやられた」と言っているが、真実なのか。マスコミは真実と根拠を明らかにすべきである。

マスコミは偏った見方を押し付けてよいのか
 鉢呂氏への非難キャンペーンに加わった大マスコミの編集者と記者に、重ねて問う。鉢呂氏は何を言ったのかを正確に明らかにせよ。それが言えないのならば、鉢呂氏への非難キャンペーンは犯罪的人権侵害であった。
大マスコミの編集者、記者はまず過ちを認めて、自己批判し、どうしてこんなことになったかを検証し、再びこのようなことを繰り返さないことを誓うべきである。

再び『是を是と謂い、非を非と謂うを、直と曰う』(荀子)-良心なきマスコミは殺人者に転化する
 鉢呂事件から学ぶべきことは、マスコミのもつ狂気性と善人を悪人にしてしまうほどの巨大な力である。いったんこの巨大な化け物が、狂気性をもって動き出したら、止めることはできない。マスコミ人に良心と倫理がなければ、マスコミは悪魔である。良心なきマスコミ人は、いつでも殺人者に転化する。マスコミの暴走を
止めるのは、マスコミ人の良心だけである。

『テレビは人間にとって危険である。もはやだれもこの地獄の機械の進行を妨げることはできない』(ルイ=フェルディナン=セリーヌ)-私がかって経験したマスコミの人権無視体質
 今回の鉢呂氏をめぐるマスコミの対応を見て、1960年安保直後の私の体験を思い出した。マスコミの権力主義的な人権無視体質は依然として変わっていないのだと感じた。モラルなきマスコミは非常に危険である。
 マスコミは相手が弱いと見たら、徹底的に攻撃する。非常である。
 マスコミは異常に強い権力意識がある。マスコミは絶えず人権侵害を行っている。
 マスコミの暴走を止めるのは、マスコミ人の強い倫理観しかない。

謎の部分
 鉢呂氏辞任のあと、野田政権が明確に「原発再稼動」方針に踏み出したことだけは確かな事実である。マスコミは裏にいる何者かに動かされた可能性がある。このマスコミの無責任とあやうさは究明されなければならない。

『マスコミは怖い』
 今回鉢呂氏は何回も「(そんなことを)言った記憶はない」と言っても、マスコミは無視した。おそらくは「当事者は嘘をつくものだ」と決めつけていたのであろう。マスコミは第四の権力と言われているが、いまや第一の権力である。権力者が倣慢になったとき、権力は国民にとって凶器になる。これを止めるのはマスコミ人の倫理である。倫理なきマスコミほど恐ろしいものはない。

『人民大衆は小さな嘘には騙されないが、大きな嘘にはたやすく騙される』(ヒトラー『わが闘争』)
           -東京の大マスコミの大政翼賛体制
 東京の大マスコミは、大増税をめざす財務省に支配されている。財務省のトップは勝栄二郎事務次官の支配下におかれていると言われている。勝栄二郎事務次官をトップとする大増税をめざす大政翼賛大政が形成されている。野田民主党政権も自民党の一部も財界も学界も官僚も、この大政翼賛体制の中に組み入れられている。この中心にいるのが東京の大マスコミである。東京のマスコミは、国民を洗脳するため、毎日毎日増税の必要性を訴えている。

『人間の小さなことがらに対する敏感さと大きなことがらに対する無感覚とは奇妙な入れ替わりを示している』(パスカル)-マスコミは日本と世界の大問題を議論せよ
 《まず第一は、野田内閣の増税路線の問題だ。野田内閣の復旧・復興に向けた第三次補正予算編成のため
11、2兆円の増税を行おうとしている。「次世代にツケを回すな」との詐術的論理で増税を合理化しようとしている。マスコミがこの論理をバックアップしている。このため多くの国民は増税やむを得ないと考え始めている。しかし、これは大きな過ちである。深刻なデフレ不況下での大増税は国民経済を破滅させるおそれのある大愚行である。マスコミは、まず、この問題を議論すべきである。深刻なデフレ不況下での大増税を止めることを考えるべきである。》

『悪徳の最たるものは、いかなる悪徳をも恐れず、悪徳を自慢し、悪徳を後悔しないことである』
        -財務省権力の手先となって大増税へ暴走する民主党とマスコミ
 大蔵省(現財務省)が大型間接税導入を決意した1970年代後半以後の国内政治を動かしてきた政策の主軸は「増税」である。いま財務省が使っている増税の口実の第一が「次の世代にツケを回すな」である。
これは換言すれば、「国民が増税を受け入れなければ復旧・復興のカネは出さない。放射能対策のカネは出さない」というに等しい乱暴な論理である。復興はもっと息の長い大事業として考えるべきである。
 そして、さらに恐ろしいのは、この論理を東京の大マスコミが支持し、与党の民主党が受け入れたということである。いま民主党とマスコミが、財務省権力の手先となって「大増税のための政治」に向かって暴走し始めている。これを許したら、日本はつぶれるであろう。深刻なデフレ不況下の大増税は経済を破壊し、国民生活をつぶす。野田首相は財務省から自立すべきである。いつまでも米国政府と財務省の下僕のような内閣は有害であり、除去しなければならない。

再び『井の中の蛙大海を知らず』(荘子)-マスコミはもっと世界のことを勉強すべし
 いまの日本の政治にとって最も大切なことは、迫り来る世界恐慌を回避するために日本は具体的行動をしなければならない、ということである。マスコミはこの議論に参加しなければならない。いや、先導すべきである。マスコミ人よ、広い視野をもて!

『脱皮できない蛇は滅びる』(ニーチェ)-小沢一郎は国会喚問を逃げてはならぬ
 小沢氏は国会喚問を逃げてはならぬ。野田首相と民主党は、小沢氏の国会無視、国会からの逃走を許してはならない。マスコミも同様である。小沢氏の裁判の根底にあるのは「道議と常識」の問題である。政治倫理綱領は守らなければならない。

『政治倫理の確立は、議会政治の根幹である』(政治倫理綱領)-小沢一郎氏の国会無視を許してはいけない
 マスコミは政治倫理の問題に及び腰であってはならない。倫理を失ったマスコミほど危険なものはない。
マスコミは「是は是、非は非」の態度を貫かなくてはならぬ。

『高慢には必ず墜落がある』(シェイクスピア)-朝日新聞エリート記者の倣慢
 民主党は津波対策推進法を1年間この法律案を無視した。上程されたのは2010年6月11日のことだ。
3011年3月11日の東日本大震災が起きたあとも、民主党はこの法案を無視し続けた。あまりの不誠実を咎(とが)められて、やっと二階俊博衆議院議員ら提案者と接触し、民主党の委員会委員長の提案という形式にすることにして、成立に協力した。その際、「津波の日」を3月11日にするか11月5日(稲むらの火-安政南海地震の際の津波の故事にちなむ)にするかの議論があったが、3月11日の大悲劇の日よりも「稲むらの火」の成功体験の日のほうが「津波の日」とするにふさわしいという結論になり、全員一致で決めたことだ。
それに濱口梧(ご)陵(りょう)の偉大な業績もある。『朝日』「社説余滴」では、民主党議員が自らの意思に反して行動したことを悔いている記述があるが、そんな無責任な民主党の国会議員には議員の資格はない。
2010年6月11日の議員有志の提案以来、朝日新聞はこの問題にまったく無関心ではなかったか?論評したことがあるのか?まったく無関心でだったのではないのか。この点をまず反省すべきである。
11月3日の「社説余滴」の筆者・野呂雅之論説委員の文章を読むと、朝日新聞は津波対策推進法に本当は反対だったのではないかと思わせられる。津波対策推進法があたかも政治家の利権目的でつくられたかのような記述がある。驚きである。なんという不見識。大新聞の記者の資格はない。モラルなき大変あぶない記者ではないかと感ずる。
 津波対策推進法が2010年11月5日以前に成立していれば、2011年3月11日の東日本大震災の大災害の前に、全国的な津波教育のチャンスがあり、それによって犠牲者を少なくすることができたのではないかという痛恨の思いがある。


朝日新聞の人権侵害報道は許してはならない
 悪意に満ちた『朝日新聞』の11月3日掲載の「社説余滴」は、朝日新聞の偏見と倣慢の見本のごときものである。倣慢にして悪意のみの朝日新聞エリート記者の典型的な論説である。偏見がひどすぎる。
野呂記者よ、君は偏見にもとづく妄想を書いて人権侵害をしているのだ。これは言論の自由のはき違えである。
特別委で民主党の筆頭理事だった中根康浩議員は『復興法案を通すためには『二階法案』に反対というわけにはいかなかった』という。これが事実だとすると、中根康浩議員は、自らの真意に反して津波対策推進法案に賛成したことになる。国会議員の資質だけでなく、資格が問われる問題である。これが事実なら、国会議員を辞職すべきだる。

『誠実に勝れる知恵なし』(ディズレーリ)-東京のマスコミは「津波防災の日」の報道に不熱心
 「津波防災の日」を11月5日にしたことは、「稲むらの火」の精神、すなわち自らを犠牲にして人々の生命を救った濱口梧陵の生き方を日本国民全体にものにしようという意味が含まれている。と私は思っている。
3月11日は慰霊の日として永遠に記憶される日となる。
ところが東京の大マスコミは、「津波防災の日」の意義を理解していないように感じる。記事が小さい。毎日新聞だけが「稲むらの火」「濱口梧陵」のことを報道した。


第七章 歴史的大変化期のなか、日本はどう生きるべきか
-『和を以って貴しと為す』(十七条憲法)

『広く会議を興し万機公論に決すべし』(五箇条の誓文)-歴史の転換期に議論を興そう
 2011年3月11日の東日本大震災からのことを中間総括しておく必要があると思う。
第一. 歴史が大きく変わった。これは世界の歴史を変えるほどの大事件である。日本についていえば、1945年8月15日以来今日に至る65年余の時代が終わり、2011年3月11日を出発点とする新時代が始まったと言って過言ではないと思う。
第二. 2011年3月11日に起きたことの一つは、科学技術に代表される人間の知恵、知識、文化が、自然の力の前では無力であることが立証されたことである。
第三. 欧米諸国の科学技術によって築かれ、20世紀文明を象徴した原子力技術は、福島原発事故によって世界の人民大衆の信用を失った。原子力の平和利用は人類に大きな幸福をもたらすものでなく、いかがわしいものであり、人類に大きな災厄をもたらすものだと見られるようになった。
第四. 福島原子力発電所の大事故は、日本政府の信用を吹き飛ばした。東京電力をはじめとする大企業の信用も、経済産業省を中心とする日本の中央官僚の信用も吹き飛ばした。日本国民にとっては、政府、官庁、大企業、東京の巨大マスコミも学界も信用できない存在と化した。
第五. 大多数の国民は、頼りにすべきは自分自身と家族と地域社会の連帯と人間の善意とモラルであると考え始めている。
 このような大変化の時代において、われわれはいかに生きるべきかについて議論しなければならない。
そろそろ大きな議論を始めよう!

『国家の実力は地方に存する』(徳富蘆花)-現場主義と下からの積み上げによる大改革を
 東日本大震災の現場には政府・中央官庁の姿はほとんど見えなかった。都道府県の姿も見えなかった。
あるのは消防と警察と自衛隊のほかは青息吐息の基礎自治体(市町村)だけであった。
復興の主体は、その土地に住む人々でなければならない。政府ではない。東京の学者が、東京の視点に立ったプランを考えてもあまり意味はない。基礎自治体を中心とする地域社会を構成する人々が主体である。生活・経済・教育・福祉・文化の場を再建するのはそこに生活する人々である。政府と県当局がなすべきは、このような自主的、自立的な基礎自治体の努力を側面から援助することである。
最も重視すべきは現場主義に立った現場からの復興であり、主体とすべきは基礎自治体である。

新技術の可能性―株式会社ビオライトの技術
 最近新しい科学技術に出会った。株式会社ビオライトのモットーは「この地域に、たしかな未来を」である。
(1) 中小企業が主体となり、大手企業が製造・販売で協力する、(2)技術を発掘し、複合した技術でオン
リー・ワン製品を生み出す、(3)「食」と「農」で命という原点に回帰する。
ビオライトは「小規模企業連合の中核企業」となる。
 ビオライトが開発した創造的新技術の一つが「純粋活性炭技術」である。この技術によって放射能を減らすことが可能となった。もう一つは「自己完結型完全下水・し尿処理システム」である。中山間地の集落にこれが導入されれば、純粋な自然環境を取り戻すことが可能となる。
すぐれた知恵と科学技術をもつ中小・小規模企業連合が新しい時代の日本をリードすることになるであろう。

自然環境保全のための新技術―再び、フォレストベンチ工法
 フォレストベンチ工法は、日本の土地の7割を占める斜面を安全にし安定させるとともに緑化するための画期的技術である。このフォレストベンチ工法は被災地復興に役立つであろう。

有機自然農業への道
 最近になって無農薬・有機農業が盛んになってきた。同時に、自然農業への回帰が進んできている。
ビオライト技術が震災地の復興事業に適用されれば、新たに豊かな中間山地と田園都市の再建が可能となるであろう。

神仏の心をもった政治
 いまの政治家の生き方は、大別すると三つの生き方に整理できる。
第一は、国民のこと、被災者のこと、苦難の中にいる人々のことを本心から心配し、いかにしたらこの国難を乗り切ることができるかばかり考えている人々である。悟りを開いて「神のごとき心」で国難に対処しようとしている。
第二は、なんとかして自らの政治権力を守り抜こうとして「獣のごとく」貪欲に生きている権力政治家である。
これらの政治家は、他人を疑い、批判者を憎み、正直者の真心を弄(もてあそ)び、陰謀ばかりめぐらしている。
第三は、現政権への国民の批判の広がりを使って、政治権力奪取を狙っている政治家である。
こうした第二及び第三の政治家を、東京の御用マスコミが支持し、支援している。ここに日本国民の不幸がある。

ボランティア活動
 住友金属工業OBの元技術者・山田恭暉さん(72歳、1962年東大工学部冶金学科卒)が呼びかけた「福島原発暴発阻止行動隊プロジェクト」の呼びかけは、大きな反響を呼び起こしている。いまの日本にとって最も大切なことは「福島原発暴発阻止」である。
 行動隊の条件は「原則として60歳以上、現場作業に耐えうる体力・経験を有すること」である。技術者OBが、危険な作業を引き受けようというのである。ここにわが身を犠牲にして日本の将来を守りたいという高潔な自己犠牲精神がある。
いままでのところ、政府も東京電力も受け入れようとはしていない。

最悪事態回避のための科学技術
 数多くの新技術が福島原発の最悪事態回避のために開発され、提案されている。
現民主党内閣には、これを整理し、最も優れた技術を見つけ出して使用する調整能力がないため、混乱状態に陥っている。

滅私奉公の政治
 最近の政治家、企業家、官僚のエリート層には失敗を異常に恐れる風潮が強い。失敗を恐れるあまりに決断できない指導者らしからぬ指導者が増えている。
かくなる上は所属政党にこだわることなく、政治家の中から個人的な能力者、指導力のあるものを選びだして、実際の指導を委ねるのがよいと思う。政治家は滅私奉公に徹するべきである。

理想主義の政治
 《野田首相に訴える。東日本大震災の被災地とくに福島原発被災地から、野田政治をスタートさせることを!まず被災地の現場に立ち、被災地で苦しんでいる国民の声を直接聴いてほしい。国民の真実の声を聴くことから野田政治を出発させてもらいたい。鳩山政権や菅政権のような上から目線でなく、国民目線の現場主義で政治を行うことを強く要請する。犠牲者の霊に復興を誓うことから野田政治を出発させることを要請したい。》

知恵の総結集
 野田内閣は、前内閣の愚行と訣別(けつべつ)し、国民の英知を総結集しなければならないが、残念ながら動きは鈍い。
 国民社会の中で芽生えつつある知恵と知識を活用して、日本の復興をはかるべきである。日本国民がすぐれた英知を結集することができれば、日本は蘇生できる。

基礎自治体の復興
 鳩山内閣と菅内閣の失敗の主原因の一つは、民主党の政治が地方・地域から遊離してしまい、狭い「民主党の、民主党のための、民主党による政治」を行ったことにある。
政治の基礎は地方・地域にある。
野田政権は、地方・地域の草の根の声を政治に反映させる対策を講じなければならないが、これも進んでいない。

農林水産業の復興
 政治に必要なのは、自然への愛であり、農林水産業への深い愛である。人類は農業、漁業、林業を通じて自然と共生してきた。政治の役割は、自然と共生し共存共栄する農林水産業を守り、安定した人間の営みとして維持し発展させることにある。

国際派政治家の総結集
 野田首相には優秀な外交ブレーンが必要である。与野党の国際派を結集し、日本外交の立て直しに総力を挙げるべきである。とくに日本の平和・中庸の外交方針を全世界に知らせる必要がある。これもできないようなら退陣すべきである。

完全雇用政策
 雇用の安定をはかり、失業者を減らすことは政府の最重要課題である。このためにも、政府は国土再生ビジョンと日本産業再生ビジョンを示す必要がある。
 いま大切なことは、迫り来る関東、東海、東南海、南海地震に備えることだ。このためには社会資本の整備が必要である。具体的には公共事業費削減政策を中止し、公共事業費の大幅拡大をはかるべきである。

脱原発のエネルギービジョン
 原子力発電については、「減原発」に向かうことは不可避である。将来は「脱原発」に向かうことになるだろう。これは歴史の必然である。
私はいま、水力発電にとくに注目している。ダムを新設すべしと主張するつもりはない。既設の3000以上あるダムを再開発して発電能力を上げれば、相当の発電量になる可能性がある。浚渫(しゅんせつ)によりダムの能力回復をはかる必要がある。

災害対策の基本は敏速に行動すること
 政府・与党首脳に対し、災害対策の基本は敏速な行動であることを強く訴えたい。東日本大震災のとき、対処が立ち遅れた。初動が鈍かった。このために東日本大震災の復旧・復興が大幅に遅れた。民主政権の体(てい)たらくはいまも続いている。

従米国家主義の否定
 前原氏は政調会長に就任するやすぐにアメリカを訪問し、アメリカ軍を喜ばせる発言をした。かねてアメリカの軍部が日本に求めていた自衛隊の武器使用基準の緩和や武器輸出三原則の見直しに踏み込んだ発言をしたのだ。これは日本國憲法第九条に違反するとして退けられてきた議論である。前原政調会長は、この問題を日本の国内で議論するのではなく、まずアメリカへ行きアメリカに向かって発言したのだ。日本国民を裏切る暴挙である。日本は従米軍国主義の道に進んではならぬ。民主党は前原氏を要職からはずすべきである。

観光立国への道
 「修身斉家治国家平天下」(『大学』)という言葉がある。儒教の政治哲学を述べた成語である。
「修身」は自己を修めること。「斉家」は家を整えること。「治国」は一国を治めること。「平天下」は世界平和の実現ということである。
 政府の第一義的任務は、平和を守り、人々が安心して生活できるようにすることである。このために必要なのが「防災」である。「平和」と「防災」と「経済生活の安定」は政府の三大任務である。
 野田内閣としての国づくりの方向を示さなければならない。それは、格調高く、品格のある観光立国づくりへの政治目標である。
 野田内閣にとって最も大事なことは、日本経済を深刻なデフレ不況から脱却させることである。
これが「天下泰平」への道である。

エピローグ―アメリカ政府の狙う日中文断策に乗せられたはならない
日本は自立への道を進むべきである
 オバマ大統領は、秋の大統領選挙に勝つため、経済面での成果を上げようと焦り、無理をしている。
オバマ政権はアジアの成長の成果をわがものにしようとしている。そこで仕掛けたのが「日中分断」である。
その仕掛けの、第一は、日本国民に「反中国感情」を植えつけ、根付かせるための教育、宣伝、扇動である。
アメリカ政府が日本のマスメディアを動かす力をもっていることは、2005年の小泉純一郎政権による郵政民営化のための衆議院解散と総選挙の大勝利によって証明されている。日本の大企業は本質において従米的だ。
日本の巨大新聞社、その系列の大テレビ会社・放送局も、本質的には従米的である。日本のマスコミは毎日毎日、繰り返し、反中国宣伝を行っている。日本国民は洗脳されてしまっている。
第二は、軍事面、安全保障面の戦略である。「アメリカと日本とが共同して中国の軍事拡張主義に立ち向かわなければならない」との前提に立って展開されている。日本をアメリカの属国に縛り付けている「日米同盟」が日本を守る、と繰り返し宣伝している。日本政府は愚かにも、コノアメリカ政府の戦略に乗せられている。
第三は、対アジア経済戦略である。オバマ政権はアメリカの衰退を食い止め、再び主導権をとるため、アジア経済を支える日本と中国を分断して主導権をとろうとしている。この仕掛けの一つが、アメリカ政府が推進しているアメリカ主導のTPPである。
 アメリカ政府が推進しているTPPは、経済秩序と商習慣、生活習慣までアメリカのやり方を押し付けようとするもので、中国はとうてい受け入れられるものではない。日本には日本の伝統があり、生活習慣があり、商習慣がある。アメリカ政府は不可能なことを押し付けようとしているのである。
日本が生きる道は、日本が主導してつくったAPECの初心に従うことである。アジア太平洋地域は一つでなければならない。アジア太平洋の分裂をはかることは罪悪である。

中野剛志・柴山桂太 著『グローバル恐慌の真相』

.08 2012 読書 comment(0) trackback(0)
第一章 グローバル化の罠に落ちたアメリカと世界
 グローバル化の罠
 今世界経済は、相当きわどい不確実な情勢にあります。2008年のリーマン・ショックは、収束するどころか、
国家債務危機というさらに大きな問題に発展したわけです。
 日本経済について私はもっと危機感をもっています。すでに戦後の世界に例をみない長期のデフレの置かされているうえに、この100年に1度の世界経済の危機が直撃したわけです。それにもかかわらず、2009年民主党政権を成立させ、政治は、戦後史上最悪の迷走を始めています。
 1996年以降、さまざまな改革がなされてきましたが、にもかかわらず、というか、そのせいで日本はほとんど成長しなくなり、凋落の一途をたどっています。
 そのようなときにいわゆるマクロ経済指標だけを眺めていても仕方がない。もっと思想的、哲学的に、国家や市場の本質を見据えたうえで未来について議論を進めていくしかない。その際有効なのが、政治経済思想という、もっとも総合的なものの見方です。
 リーマン・ショック後の世界の状況についていえば、いろいろなことが予想もしない形で起こり、しかも、それがつながっている。2011年だけ見ても、中東でジャスミン革命があり、日本で震災があり、EUでの国家債務危機が深刻になってきています。日本の経済は世界と直結していますから、これは全部つながっているわけでですね。玉突きのように起こっている。
 この全体状況を経済学だけでなく、政治学や社会学、あるいは思想史から多面的に解釈していくことが必要でしょうね。
 グローバル化が進むのは歴史の必然だとか、政府の権限を縮小していくことが自由主義の本来の姿だとか、どの国も経済発展すれば民主主義に行くんだとか、その種の誰も論証できない思い込みを一遍取り払ったうえで、今の危機を引き起こしている根本的な要因を議論しないといけないですね。
 2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンが、リーマン・ショックの直後に、今の世界は『鏡の国のアリス』のような状況だと言っていました。つまり鏡の世界のように世界は全部ひっくり返っていると。2008年の前と後が鏡の世界のように逆になっていて、前によかったことが悪い、前に悪かったことはよい、前に右だったことは今は左、前に左だったことは今は右になっているはずだという。そのぐらい考え方を変える必要があるというのです。
 ところが、わが国の場合は「日本は遅れている、グローバル化はいいことだ。なんでも自由化するのがうばらしい」という主張が相変わらず繰り返されている。
 グローバル化は経済危機の原因であって、グローバル化を経済危機の処方箋とすることはできない、というわけですね。
それにしても日本ではあいかわらず、世界に打って出ないと生き残れない、という単純な論調が多い。
 政治の状況もかなり悲惨です。小泉政権で掲げてきた構造改革のひずみが、安倍・福田・麻生政権のときに出てきた結果、政権交代が起こりました。
 ところが、鳩山政権が冷戦中の社会党が掲げていたようなバラマキ政策をやって、その破綻が明らかになると、次に出てきた菅政権は、こんどは財政再建にせよ、TPPにせよ、またまた構造改革路線に戻っていってしまった。
 グローバル化は最近になって始まったわけではなく、歴史上、何度も起きている現象だと捉える必要がある。
19世紀後半から20世紀にかけてが第一次グローバル化で第一次世界大戦によって終わった。
グローバル化が進んで、経済学が理想とするような資本要素の移動があったにもかかわらず、国家間の対立は広がり、最終的には戦争で終わってしまった。
 グローバル化が進めば国家がなくなって、なんとなくみんながハッピーになるというのは、歴史的にはまったく正当化できない。

 底の見えない世界経済危機
 今回の一連の危機の発端は、2008年のリーマン・ショックですね。このとき、アメリカは必死になって景気悪化をくい止めようとした。大胆な財政拡張、金融緩和をやったわけです。その結果、2009年くらいからマクロ経済指標は上向いたように見えたのですが、国家債務が膨らみすぎたとか、企業業績の回復が遅いとか、失業率が改善しないとか悪材料がいろいろ出てきて、株も下がりはじめたという構図ですね。
 これには理由があって、巨大なバブルが崩壊した後は、債務デフレーションに陥るからなんですね。バブルで上がりすぎた資産価値が下がり続けるのは不可避で、短期的にお金を注入しただけでは解決しないんです。
 しかも今は金融グローバル化が進んでいますから、金融緩和して市中に流し込んだお金は、国内にとどまらず海外に流れ出てしまうんですね。それが途上国でバブルをつくり出したり、あるいは資源や食料に流れ込んで価格を高騰させたりする。あとは財政出動しかないのですが、アメリカでは議会の反対もあって、それも続けられない。
 金融資本の尻拭いをさせられた国家のほうが危なくなってきている。
だから対因療法というか、もっと根本まで掘り下げて今の危機を考える必要があるということです。

 危機の根本原因はグローバルインバランス
 まず注目しなければいけないのがいわゆるグローバルインバランス、世界的な経常収支不均衡ですね。これまでアメリカは一方的に経常収支の赤字を抱えたまま、無理やり外から資金を流動させてグローバル化を引っ張ってきた。そのことがまさに問題なのです。
 リーマン・ショック前の貿易の流れは、日本、東アジア、EU、南米、どこをとってもアメリカは輸入超過です。
 90年代以降のアメリカ主導のグローバル化は、アメリカが経常収支の赤字を過剰に積み増すことによって支えてきた、ということですね。
アメリカがブラックホールみたいにモノを吸い込んでいくなかで、アメリカにモノを輸出するアジアを中心とした国々がそこに従属的に組み込まれる、そういう形で世界が動いてきたといえます。
 このグローバルインバランスが問題の核心だということはいまやだれの目にも明らかなのですが、簡単に解消できない事情もある。
これを解消するためには、アメリカ以外の国々が内需を拡大して、経常収支の世界的な不均衡を是正しなければいけないのですが、それを転換するのは簡単ではない。
 アメリカの消費市場は700~800兆円という巨大な消費があり、日本の2~3倍、中国の5倍の規模である。
結局、中国もアメリカにモノを売って成長するのがもっともてっとり早いわけです。日本も同様で、アメリカに輸出するか、中国に中間財を売って、中国で組み立てて、中国からアメリカにもっていくというかたちで2000年代の景気回復があった。中国の驚異的な成長も、日本のつかの間の景気回復も、結局、アメリカの住宅バブルの産物である大量消費に支えられていたわけです。
 ですから、アジアの成長と繁栄に期待し、そのおこぼれにあずかろうなどという発想では、日本は到底生き残れないのです。

 金融自由化でほころびを隠していたアメリカ経済
 経常赤字を積み重ねながら、まがりなりにもそんな奇妙な帝国経済のような構造が、なぜ継続していたか、ということです。
アメリカの貿易赤字が拡大し始めたのは、ベトナム戦争やインフレなどで疲弊していた、1970年代です。それ以降、ブレトンウッズ体制(第二次世界大戦後の西側世界で、為替をドルで固定し、各国の経済政策の自立性を保つ代わりに、資本移動を制限するという体制)を放棄しつつ、グローバル化と金融自由化を進めてきたのです。
 アメリカの貿易赤字が拡大してきたため、この体制が維持できなくなり、1971年のニクソン・ショック以降、段階的に金融自由化を進めた。つまり、資本移動の制限を段階的に外し、為替も自由化した。アメリカの赤字がいくら拡大しても、その分、アメリカへの資本移動があればファイナンスできるような構造にしてしまったのです。
 マネーのグローバル化は、そんなふうにアメリカのご都合主義で進んできましたが、その結末がリーマン・ショックと今回の世界大不況というわけです。

 過剰な資本移動が危機の連鎖をもたらした!
 トリレンマ理論(国際的な資本移動の自由と為替の安定化、そして各国の金融政策の自立性、この三つをすべて同時に確保することはできないという理論)でいくと、戦前の金本位制は、為替を固定化して、資本移動を自由にする代わりに、各国は国内経済政策を自由にできない仕組みでした。
 この体制の下で、第一次グローバル化が起きたのですが、これにはかなり問題があり、第二次大戦前ケインズは国家の主権や自立性を守るために金本位制などやめたほうがいいと、批判していたのです。
 そこで戦後でてきたのがブレトンウッズ体制です。ドルで為替を固定化し、資本移動を制限する代わりに、各国の経済政策は自立的に行えるようにする。各国の自立性を尊重しながら、戦争で停止してしまった貿易を復活させようとしたわけですが、しかしドルが弱くなった70年代以降は、この体制も維持できなくなった。
 そこで、ニクソン・ショック以降は、為替の安定化はあきらめる、そのかわり、各国の金融政策の自立性とグローバルな資本移動を認めるという体制になっていったわけです。
 資本移動が自由化されたことで、外資をうまく呼び込んだ中国のような国が、急速に発展する。しかし一方で大量のマネーが流れ込むので、途上国を舞台としたバブルが生まれやすくなっている。
80年代の半ばぐらいから、スーザン・ストレンジという国際政治経済学者が、カジノ資本主義だと言って批判していたんですが、その予測どおりのことが起きた。資本の移動を自由化すれば、資源が効率的に配分されるとか、均衡するという経済学の理論と違って、現実には一ヶ所にお金が集まりすぎてバブルになり、そのバブルは必ず崩壊する。その典型が97年のアジア通貨危機です。
そしてこの通貨危機を経て、アジアの国々は、もう資本移動の自由化、外資の導入はこりごりだと思った。経常収支を赤字にして、貯蓄不足の状態で外資を入れていくと、後でとんでもないことになる。そのための防衛として、国内で経済危機になっても、自分たちで賄えるように、今度は黒字をため込んで内需を拡大せず、せっせとアメリカに輸出し、外貨を稼いでため込むようになった。しかし、外貨を積み上げてもそれを運用しなきゃあいけない。そこで、その積み上げたお金を住宅バブルにわくアメリカに流し込んだ。そのせいで、アメリカは住宅バブルにもかかわらず、金利は低位に推移し、バブルはどんどん膨らんでいってしまったのです。

大恐慌の教訓を忘れて進めた自由化の罠
金融のグローバル化が進んでいたために、リーマン・ショックは世界中に激しい勢いで飛び火する結果となり、ついに同時多発的な国家債務危機にまで発展したのです。
第一次グローバル化の時代も、1929年恐慌も、その文脈で理解する必要があり、その反省から戦後のブレトンウッズ体制のもとで、過剰な資本移動を抑え込んだ。だからその時代は、いわゆる連鎖的な金融危機というのはほとんどない。90年代の日本のバブルでさえ、日本国内ではじけて終わりだった。
結局、今の世界経済の問題は、アメリカが経常収支の赤字を過剰に膨らませているのに、それを海外からの投資でファイナンスするというやり方に相当の無理があったということです。

格差社会では製造業は発展しない
輸出産業の製造業のようなものを発展させるには、勤勉さとか、人と協力し合う慣習とか、倹約して将来のために投資しようとする精神とか、いろいろな文化的な条件や過去からの蓄積が必要で、製造業が発展するためには一般労働者の水準が高く、彼らが意欲的に参加意識をもって集団行動することが不可欠です。ところが貧富の差が拡大して中間層が失われているのがアメリカで、中間層の再生に挑戦して失敗しているのがオバマ政権なのです。
 アメリカが対外的に稼げそうな分野というのは、農業のような一次産業か、金融やソフトウェアなどの三次産業でしょう。だがいくら農業で儲けても、大規模効率化しているので雇用の拡大や所得格差の是正にはほど遠い。そうするとソフトウェアとか金融とか保険とかのサービス産業ですが、この分野で稼げるのは高学歴のエリート層だけです。だからこの分野で輸出を伸ばしても金持ちがもっと豊かになるだけなのです。

上がらない賃金―グローバル化はデフレ圧力
格差の問題は重要で、グローバル化によってアメリカに限らず先進国で格差は広がりをみせています。2000年代のグローバル化で、先進国はどこも労働分配率が落ちているですね。これはグローバル化がデフレ圧力になる、自由貿易はデフレ圧力になると言うこと。アメリカは賃金が上がっていないのに金融化でごまかしていたんです。住宅バブルが崩壊してその過剰負債が吹っ飛んだのだから、今、世界中がデフレの危機に陥っているわけです。
ある段階から各国とも自国の雇用を守るために保護主義に回帰する可能性は高い。これから世界各地で脱グローバル化が出てくるでしょう。

ティーパーティー問題で、格差是正に失敗したオバマ
脱グローバル化して、賃金を上げて所得を増やし、消費者が借金をしないで消費をできるようにするのが健全な姿ですが、一般消費者が所得を上げるためには貧富の差を是正しなければいけない。アメリカというのは、富裕層に富がかたよっていて、とくに上位1%が国民総所得の25%近くを所有している。しかも、その一部の金持ちが政治を牛耳っている。「財務省・ウオール街複合体」というやつです。
アメリカは、あなたたちが貧しいのは、あなたたちの自助努力が足りないせいだというのが建国以来の精神です。いわゆる自己責任の国で、オバマが国民みんなを保険に入れようとしただけで社会主義だといって批判されるという国柄です。その国柄を顕著に体現しているのがティーパーティーです。
オバマは貧富の格差是正というアメリカにとっての大問題の解決に失敗したのです。

 金融化されてしまったアメリカの家計
 アメリカ国民の生活がこの2、30年間でものすごく金融化されてしまったことが問題を深刻にしています。アメリカ国民は、自分の資産の3割ぐらいを株式、3割ぐらいを投資信託などに預けており、年金なんかも株と連動している。つまり資産価格が右肩上がりで上がってくれないと、一般家計全体が困ってしまうという、その構図がずっと続いているのです。80年代後半からアメリカは株高政策です。
したがって、バブル崩壊から反省して、国内産業を地道に立て直そうという方向にはいけないということです。結局アメリカは、さらなる金融化、帝国化しか道がない。つまりTPPその他を仕掛け、ブッシュ政権期にやったような金融化を推し進めて、グローバル・インバランスをさらに拡大させていくというプロセスに入っていかざるを得ない。そうしないとこの世界不況から脱出できない。
グローバル・インバランスを拡大させていくということは、アメリカの消費者が再び借金を増やして、世界中からモノを買い続けるということです。

 アメリカ帝国経済維持のために犠牲になる日本
 どうすればアメリカが今の帝国型の繁栄を続けられるかといえば、アジアの国々がモノをつくって、アメリカへの輸出を認める代わりに、金融面でちゃんとアメリカを支えてもらわなくちゃあ困る。そういう要求をどんどんしてくると思います。
 アメリカにとってもっとも忠実なパートナーであり、かつアメリカ経済を支えるだけの貯金をもっている国はどこか、日本ですね。
とりわけ日本は中国と軍事的に、尖閣問題を含めていろいろな問題が出てくる。そのたびにアメリカは、日本に肩入れする振りをしながら、とにかく我々をパートナーとして支えるようにふるまい、日本を自分たちの経済圏にとどめおいて、日本から資金がアメリカに還流できるような仕組みを維持し続けるという方向にますます舵を切る。
 アメリカの政府文書を読めば一目瞭然ですが、日本が明白にターゲットにされていることは確かです。その典型がTPPというわけです。
 米韓FTAこそ、まさに、アメリカの収奪戦略の典型です。韓国はアメリカの関税を撤廃してもらいましたが、韓国企業はすでにアメリカでの現地生産を進めているので、関税などほとんど意味がありません。その代償に、韓国は農産品はコメを除いてすべて自由化することになり、自動車は、米国メーカーが参入しやすいように、安全基準や排ガス規制を緩和することになりましたし、協同組合の共済は、アメリカの要求どおり、解体です。法務・会計・税務サービスや知的財産権の条項も、アメリカの要求に従っています。さらに投資家は不利益をこうむったら政府を訴えることができるというISD条項もあります。
 オバマは、アメリカ人の雇用を7万人増やすと喜んでいます。これは、韓国の雇用7万人が奪われたということです。米韓FTAは、まさにTPPのよい前例です。

 なぜ主流派経済学では処方箋が描けないのか
 アメリカはどうしてこんな壮大な失敗をしたのは、経済政策を処方してきた経済理論に根本的な問題があります。
 マクロ経済政策というのは、もっと社会学化、文化人類学化しなくてはいけない思う。
アメリカはいまさら消費をするなといってももう社会構造上、無理なんです。そして格差社会をあらためろといっても無理だという気がする。

 社会的ダーウィニズムが強すぎるアメリカ
 アメリカの自由主義のベースには、進化を生みだすのは生存競争で、競争がなくなると進化が止まるという社会的ダーウィニズムの風潮がつよい。
新自由主義というものを考えるとき、これが社会的ダーウィニズムと結びついていると考える必要がある。彼らの考え方では、自由が大事というより、新陳代謝がなければ進化が止まるとかんがえるから、新陳代謝そのものが大事なんです。
 90年代に日本にも送れてアメリカ式の新自由主義が入ってきたわけですが、政治では構造改革になった。

 曲解されてきたハイエクの言う個人と自由
 90年代に新自由主義がはやり出し、日本型の経済システム、日本型経営が急に批判の対象になりました。
自由主義の権化といわれるフリードリッヒ・フォン・ハイエクの言う個人は、共同体の一員で、歴史とか伝統とか慣習に束縛された個人である。
そういった人たちが活動してはじめて安定的な市場秩序が出来上がると言っている。
 人間は、道徳とか文化的な慣習のような、歴史的につくられたルールというものに強く拘束されているのが真の個人主義で、偽りの個人主義というのは、まさに物理学でいう原子のように、人間関係とか歴史とか慣習、共同体から切り離された孤独でさみしい個人で、この個人というのは非常に弱い存在なので、全体主義的リーダーのところにわっと集まって、国家のいいなりになっちゃう。そして共同体とか文化とかを破壊したり強引につくり替えようとすると、必ず全体主義に行き着くと指摘している。
 日本的経営といわれるものだって、歴史や文化の流れのなかで少しずつできたもので、多分ハイエクは、日本的経営こそが自生的な秩序、スポンテニアス・オーダーであって、真の個人主義の基礎であると言ったに違いない。
 それなのに、日本の新自由主義者たちはそれをぶっ壊すと言っている。ハイエクに言わせれば、彼らは偽りの自由主義者であり、全体主義者なのです。
実際、小泉政権時の政治はみごとに全体主義的だった。

 規制緩和論の誤謬
 規制は基本的には民間の利害対立を調整するためにつくられてきた経緯がある。よく言われる大店法にしても、地元の小売業者の利害や、デパートとかスーパーの利害、消費者の利害その他を調整するためにつくられたもので、行政が勝手に設計してつくったというより、いろんな利害をもつ民間が共存していくために、複雑な絡み合いの中でつくられたものだったんです。もちろん時代に応じて規制は修正されないといけないが、一挙に取っ払うと秩序が大混乱になる。そういうラディカルな規制撤廃を推し進めようというのが、新自由主義なのです。
 規制緩和論者は規制を取っ払えば市場が効率化して、経済は成長すると考えているけれど、規制と成長の関係って、そんな単純なものではない。
市場と言うのはいろんな規制のうえに成り立っていて、歴史的に意味のある規制もいっぱいあります。だから、簡単に撤廃したり強引に上から再設計したりしたりしてはいけないというのがハイエクから学ぶべき大事なポイントです。

暗黙のルールがつくる秩序で機能するのが成熟社会
ハイエクの自由主義というのは、反合理主義で、つまり人間の理性なんて限界があるから、慣行、慣習、マナーといったルールに従ってくれ。そういうルールに従わないと、人間は不完全な理性しかもたないので、制度を設計したりすることはできない。
 だから、、理性を使って社会や国家という複雑なものも合理的に設計できるというのは、マルクス主義や全体主義の誤謬であるとした。
ハイエクが合理主義を警戒するのは、合理主義で社会を変えようとすると、複雑な社会を成り立たせるルールの絡み合いを壊してしまうからです。それが秩序が壊れた後に全体主義がやってくると警告した。
 今、新自由主義が世界中に広がったことで、各国とも経済のレギュレーションを失いつつあります。人々の生活の安全弁みたいなものが、どんどん取り払われている。その上で今回の危機が起こった。

第二章 デフレで「未来」を手放す日本
 アリ地獄のような債務デフレ不況
 いわゆる債務デフレになると、なかなか止まらないわけです。だれも借金をして投資をしない。むしろ、今ある借金を返そうとする。従って、投資や消費は収縮して、もっとデフレが進むという悪循環が起こってくる。
ケインズが理論化したように、デフレを防ぐ方法として、お金を市場にばーっと流すやり方がありますが、お金を流しても、デフレの間は、お金をだれも使わないので、銀行にたまっちゃうんですね。デフレでは金融緩和は無効になるのです。つまり、インフレ退治のために金利を上げるのは効果的ですが、デフレ退治のために金利を下げても効果に乏しいのです。
 貨幣価値が上がるデフレでは、経済合理的に考えて、だれも消費や投資をしないという状況になる。つまり、民間の力だけでデフレを脱却することは不可能で、政府が財政出動を行い、それと金融緩和をセットでやる。そうしないことには、絶対にデフレから脱却できない。

 日本のデフレは構造改革派に責任あり!
 80年代、竹中平蔵なんかを中心に、日本は物価が高いと言い続け、これを下げなければいけないぞというのが構造改革派の言い分だった。90年代になって、アメリカの新自由主義の影響を受けた構造改革派が主流派になっていき、高コスト構造の是正をめざせ、という議論が広まったが、タイミングが最悪で、バブルがはじけてデフレが始まりつつある、というときだった。デフレで物価や賃金が下がったら、国際競争力がつきます。企業が競争力を手っ取り早く強化するには、人件費などコストをカットすればよい。賃金を下げ、首を切る。これってデフレですよ。
 デフレというのは、資本主義の停止状態だから、でふれの本当の恐ろしさはここにある。
 キャピタリズム=資本主義というのは、定義上、キャピタル=資本が中心になる経済システムなんです。資本と言うのは、将来の果実を得るために、今、支出をすることなんです。それが投資というものです。投資と言うには、時間を越えた取引なんです。

 将来の不確実性にお金を出すのが資本主義の本質
 資本主義というのは、将来の不確実性に向かってお金を出す行為なのです。資本主義そのものは、スーザン・ストレンジの言うように、ギャンブル的な要素を非常に強くもっている。将来、儲かるだろうと思って投資をする、融資を受ける、ローンを組む、そういう未来の利益を当て込んだ金融行為が働くわけですから、この金融とか、信用とか、資本とか、投資という行為が働かなければ、資本主義ではない。資本が働かないのならば、それは資本主義ではなく、単なる市場経済なのです。
 つまり、90年代に日本の高コスト構造の是正を唱えた構造改革論者は、市場経済のことだけを考えていて、本質的な資本主義の構造はまったく考えてなかったわけです。市場経済と資本主義は違うんです。将来のことを考えないで、目の前の取引だけを効率的にやればいいというのは単なる市場経済でしかない。ここでは時間と言う要素が入っていない。

 デフレは資本主義の心肺停止
 経済構造の産業化が進み、高度化すれば、信用制度がなくては大きな投資はできない。資本は、産業革命が進むほど、市場経済の資本主義の度合いが大きくなる。つまり、実体経済と金融経済のうちの金融部分が大きくなるという現象が起きてくる。デフレというのはその動きを殺して停止させてしまうということなのです。

 インフレは酩酊状態
 過度なインフレも制限しなければならない。日本は80年代初めにバブルの兆候があったんだから、かなり早い段階から規制して、インフレを抑えなければいけなかったのだが、逆の政策をやってしまった。そこから日本経済の混迷が始まっている。
 デフレは資本主義が心配停止に陥るので、経済そのものが落ちていく。だから人工心臓をつけてでも生き返らさなければいけない。その人工心臓が、いわゆる政府の財政出動で、心配停止した民間に代わって経済活動を行い、蘇生させなくてはいけない。

 政治家の利益誘導・ばらまきがインフレの原因?
 ジェームズ・M・ブキャナンは「行きづまる民主主義」という本の中で、民主主義というのは、放っておくと、有権者が自分の利益拡大にばかり走る。
 つまり、民主主義というのは大きな政府や財政赤字をもたらし、世の中や民業を圧迫する。財政出動をしてはいけないときでも、みんながばらまきを求めて、全体のことよりも自分の利益を拡大することだけを考えて投票するので、財政出動を過剰にすることになり、インフレになるとブキャナンは指摘したわけです。
 ブキャナンは、財政赤字やインフレを抑制する方法は、民主主義を制限することだと明言した。憲法に均衡財政を規制しなさいと主張した。

 民主主義が緊縮財政を求める逆説
 ところが、日本で起きていることは、デフレなのに民主政治が財政出動ではなく緊縮財政を求めるということが起きたのです。しかも、恐るべきことに、世界中あちこちで、それが起きている。
 リーマン・ショックの直後は、世界中が一斉に財政出動をやりました。一時的にケインズ主義の復活が起こったんです。
 ところが民主的選挙の結果として出てきたのはティー・パーティーだったわけ。彼らが財政出動するのは大きな政府で社会主義だと批判した。
ティー・パーティーが支持を獲得して。2010年の中間選挙で民主党が負けて、オバマはレームダック状態になってしまった。アメリカも日本と同じようにデフレ目前です。財政出動をやらないと98年以降の日本のようになるのに、そのタイミングでティー・パーティーに首根っこを押さえられて、これ以上の財政出動は多分できないので、相当危ない状況です。

 経済成長という幻想
 資本主義は、本来ほっといても成長するものだし、成長するということは基本的にインフレ傾向なんだ、という固定観念が非常に強い。
 戦後60年間一貫して、波はあっても、基本的に右肩上がりで来ている。資本主義というものは、一時的なバブル崩壊はあっても、何年かすればまた成長軌道に戻るんだということを前提にしてあらゆる理論が組み立てられている。
 だから、不景気になったときには政府が財政を拡張してもいいけれど、何年かしたら財政は均衡に戻すべきという考え方が、いまでも経済学者の基本的な合意なのです。もちろん、インフレも怖いですから、間違ってはいない。しかし、デフレの深刻さを見過ごしている。デフレで怖いのは、まず給与水準が下がる、生活水準が下がるということです。

 需要には将来の供給をつくる投資も含まれている
 デフレというのは供給が過剰で、需要が足りない状態だ。だったら日本は、世界的に見ても十分豊かなんだから、これ以上需要を伸ばして、欲しい物も無いのに、無理に買わなくてもいいじゃないか、過剰な供給の方を下げて、小さくまとまればいいというのが、低成長論者の意見。
 その議論が見失っていることが、需要には、将来への投資も入っているということです。需要が消費だけだったら、需要が小さいままでいいかもしれません。足るを知れば良い、ですみます。ところが、需要の中には、消費だけじゃなく投資も入っている。
 投資は将来の購買のために今、お金を出すことです。投資需要がないということは、将来に必要なものに、今、お金が出せなくなるという状況なわけです。
需要と言うのは基本的に消費+投資ですから、国内の投資を拡大することも、内需拡大の重要な要素です。
 設備というのは老朽化するわけです。実際今、すごく老朽化しています。高度成長のときにつくった橋や道路は、大体50年から70年の耐久性なので、ちょうど今頃更新時期に入っているんです。老朽化した橋や道路や下水道管が山ほどある。被災地の復興もあるし、日本全国、耐震強化や水害対策、やらなきゃいけないことはいいぱいある。

 将来への投資がしぼむと経済の屋台骨が崩れる
 老朽化したインフラの更新投資とか、本来今やるべきことには、逆にみんな禁欲的で、公共投資をするなと言う。おかしいですよ。社会保障費、あるいは子供手当てという今の支払いのために、財源として将来の投資や公共投資を削減しているわけです。

 市場経済が進むと視野の短期化が起こる
 哲学者の萱野(かやの)稔人(としひと)氏は、「バブルを謳歌してきた今の年配の団塊の世代の人たちは、社会保障のことばかり言って、公共投資となると削減しろと言う。あの人たちが若いころは、その前の世代の公共投資によってさんざん潤っておいて、今度自分たちが公共投資で将来のために投資しなきゃいけない段になったら、自分の年金が心配になって、社会保障、社会保障と言って、将来に投資しない。なんなんだ、おまえたちは」と憤っている。
 民主党の事業仕分けというのも、将来への投資を標的にして、将来に向けての投資を無駄と称して、ことごとく削除しようとする。
現在の支出が、現在の利益じゃなくて将来の利益になるという、そういうモラルが資本主義を支えているというのがシュンペーターの理論なんです。
シュンペーターは、家族というものを重要視するんです。つまり、自分の寿命よりも先のことを考える手段として、子供や孫という存在があるだろうという考え方です。だから核家族化とか、家族が解体していくと、資本主義も死ぬだろうと言っている。人々が子孫のことを考えなくなって視野が短期化し、将来に投資をしなくなるからと。
 株主主権とか言われますが、投資家は、年度内や四半期内のリターン、下手すると一瞬のリターンを求める。そしてどんどん視野が短期化していく。
 特に外資はそうですよね。「利益を今、よこせ。ありったけよこせ」と言う。そのためには、技術開発投資はやるな、人材育成なんてやるなと言う。「人材育成の投資なんかやられて、10年後ぐらいにその人間が優秀な技術者になるなんて知ったことか。今、役に立たない人の首を切れ、今、必要なやつは外から入れろ」と。だから労働市場を自由化しろと言うんです。株主は物言う株主になって、資本市場も自由化する。

 自由化は効率化を招き、安定性・弾力性を奪う
 労働市場でもなんでも自由化して、市場メカニズムを働かせるほど、長期的な投資をしなくなって短期的になる。現にアメリカの巨大なインフラはみんな老朽化しています。一つ例を挙げると、アメリカはオイル・メジャーズと言われるように、石油産業が強いことになっていますが、アメリカの石油会社は、株主の力が強くなってしまったので、もう30年ぐらい石油精製設備の更新投資をやっていないんです。大規模設備産業が利益を得る方法って、稼働率を上げるしかないんです。設備更新なんかしたらその瞬間は赤字になるから更新できない。今の設備を維持したまま極限まで稼働率を上げることでしか利益を得られないので、非常に危険な状態になっているのです。老朽化した設備の稼働率が高いのです。だから2005年にハリケーン・カトリーナが、ある石油精製所を襲って破壊したら、国内で石油危機が起きた。

 変化に耐えられない国民経済
 視野の短期化という今の問題尾考えるうえでもう一つ重要なのはボラティリティ(資産価格の変動の激しさを表すパラメーター)変動幅の大きさが非常に大きく関わっている。2004年から07年ぐらいまでは景気がよく、その後すぐにリーマン・ショックが起こって不況になる。デフレが止まったかと思ったら、またデフレになる。他方輸入する原材料のほうは市況が荒れていて、穀物の価格も急に上がったと思ったら、不況で暴落する。為替を見ても、2,3年前まで1ドル100円を超えていたのが、今や80円を切っている。
 だから民間企業は自己防衛、もしくはリスク分散しようとして、海外に生産や販売の拠点を分散していく。しかし、今のグローバル経済の大きな問題は、個別企業のこうした合理的な行動が日本の国民経済全体にとってプラスになっていないということなのです。

 ボラティリティの大きかった帝国主義の時代
 歴史をたどってみると、インフレとデフレが交互に現れる現象は、第二次大戦前の資本主義によく見られて。
 帝国主義は、最初は民間の海外進出から始まると言うのが経済史の定説で、最初は市場機会を求めて民間が出て行く。そこで民間企業が儲けると当然ながら現地の人たちとトラブルになる。向こうの政府は当然、民族資本のほうに肩入れします。そうすると進出した民間企業は自国政府に何とかしてくれと頼む。それが国同士の争いになって、最終的には力の強いほうが相手をねじ伏せる。これが帝国主義の傾向に拍車が掛かる。
 デフレ先進国日本がこの20年間やり続けたのは、国内より海外投資だと、海外にがんがん拡大していったんですね、先が見えないじだいになると、こういうことは不可避に起こる。実はここに問題が潜んでいます。

 海外進出はデフレの解決にならない
 問題は、企業の海外進出はデフレの解決にはならないということなのです。儲かるのは国民の一部で、全体ではない。だって投資が海外に出て行けばいくほど、国内の雇用は生まれにくくなります。雇用が生まれなければ消費も減ります。そうすると企業はますます海外に出て行こうとする。一度、このサイクルに入ると、なかなか元に戻ることができなくなります。つまりデフレがますます進行する可能性があるわけです。

 新自由主義が重商主義の時代に連れ戻す
 政治経済学では、日本は輸出立国ではないということは常識だったんです。集中豪雨的輸出などと呼ばれ、貿易摩擦でトラブルを起こしていた70年代、80年代から、日本は一貫してGDPに占める輸出の割合は約1割だった。だから日本が「輸出立国」というのは間違いなのです。輸出を増やすっていうのは帝国主義的ロジックに極めて近く、重商主義です。商人は、今、一番利益が上がる商品を外に売っていく。重商主義は、国家がそれを後押ししていこうという発想で、商人たちの利益を最優先にしましょうというロジックなのです。
そのとき一番競争力のあるもの、一番お金を稼ぐものに国家ぐるみで資本を集中投下していく、それが重商主義です。
 しかし、得意分野に国内の資本がすべて集中すると、その分野はいいけれど、それ以外の国民が不幸になるんじゃないかと、アダム・スミスは重商主義を批判した。
 帝国主義が盛んな時代にケインズは、海外進出ばかりを重要視する帝国主義を批判し、国内の需要を増やすべきだと言った。だからスミスと同様にケインズも、ナショナル・エコノミーを重視することが国民の繁栄につながると考えた。
 実際、民間の海外進出が市場の奪い合いを生み、帝国主義の果てに大戦争になった反省から、戦後はブレトンウッズ体制のもとで、国内でお金を回していきましょう、国内の貯金を国内投資に使って国内で成長を追求していきましょう、不景気なら国がちゃんと調整します。これがブレトンウッズ体制が前提にしていたケインズ主義なのです。
 それが、ブレトンウッズもだめ、ケインズ主義もだめということで、自由化・金融化しましょうとなった瞬間に、19世紀末か20世紀前半の、まさに第一次グローバル化の時代に逆戻りしてしまった。世界経済全体がシュリンクしていくなかで、市場を奪い合うわけですから、外の市場を取りに行こうとすれば摩擦が起きる。そのことが国家間の対立を深めるのは、ほとんど必然なのです。

豊かで先進的な市場が、製品の質を磨く
 日本の経済政策論の劣化を感じるのは、「かってのキャッチアップ型は終わったから、日本は新たな経済システムに移行しなければならない」という主張が混乱していることに対してです。戦後60年代から70年代にかけて、日本は国内市場が未熟だったから先進諸国にキャッチアップしなければならなかった。
80年代以降アジアNIEsと呼ばれる国々は、輸入代替、つまり輸入を抑制して、国産品に変えるのでなく、がんがん輸出して、海外で厳しい競争にさらされて勝負をし、そこで外貨を獲得し、大きな学習効果を得て、どんどん技術が進歩し成功した。
 企業が輸出戦略で成功するためには、豊かな、大規模な、先進的な、発達した市場が必要だということなんです。
 ところが、自分たちの国が成熟して、豊かで高度な市場になったら、国内市場で十分、経済は回るわけです。

 円高・低賃金・デフレを招く輸出戦略
 海外に出て行けばいくほど円高が進み、しかも円高はデフレの直接の原因ではないけれど、デフレ圧力になる。しかも重商主義国家になるということは、日本の地域格差が広がっていくということです。新自由主義を担ぐ人々は、稼げるやつは稼げばお金がトリクルダウンし、貧しい者にもお金はしたたり落ちると言っていたが、現に落ちていない。東京に集まるお金が、より高いリターンを求めて海外に行くだけです。

 不安定な経済で得をするのは金融資本
 ヘッジ・ファンドなんかは、産業が安定して利益も確定しちゃっていると、儲けられない。変動が大きくなればなるほど、投機家は短期間で大儲けをするチャンスが出てくる。空売りと空買いとかして、信用取引で何倍ものお金をつぎ込んで、一気に儲けることができる。金融の場合、環境変化への適用が桁違いに早い。本来であれば、資本主義の端っこにいるべき連中が中心に出てきて、波乱が起きないか、世界中探し回っている状態なんです。そういう連中ばかりが儲かり、企業や労働者は青息吐息で苦しい。地方銀行などは地元密着で頑張っているところも多いが、グローバル資本主義の下では、金融界と産業界の利益は必ずしも一致していない。

 国内にお金を回さない金融階級
 公共事業がどうして批判されるかというと、利益誘導に使われるんじゃあないかという心情的な抵抗があり、この利権構造を切ろうというのが日本の場合、構造改革だったわけです。その結果、確かに公共事業は大幅に縮小して、利権もほとんどなくなった。それで今は新自由主義になり、金融利権が出てきて、利益が外国に流れている。
 規制緩和を利用して儲ける連中が出てきて、日本より早く新自由主義改革に進んだアメリカでは、金融につながっている一部の金融階級が利権を得ているんです。アメリカの政治は、「財務省・ウォール街複合体」に牛耳られている。今の金融利権の問題は、儲けているウォール街の連中が、まったくアメリカ国民に利益を還元していないことなんです。

 カオスから新しい創造は生まれるのか?
 資本主義というのは本来的に不安定で、我々の将来について楽観するとか、悲観するかといった、ちょっとした心理の違いが、投資や消費の動向に大きく影響してしまうんです。
 産業界の人たちも、金融の論理と矛盾してボラティリティが低い方がいいとわかっているくせに、産業界のリーダーやその周りにいるコメンテーター、知識人、学者たちは、そういうことを全然言わない。カオスって予測不能のことで、資本主義というのは社会的に、あるいは政治的に何とか安定をつくりださないと危ないのに、「カオスのなかから新しいものが生まれるんだ」などと言う。

 資本主義の不確実性をどう飼いならすか
 資本主義の不確実性がいろんな混乱をもたらすから、この不確実性をどうやってましなものに仕立て直すかということは、ケインズやシュンペーターといった、20世紀前半の経済思想家たちが取り組んだテーマで、それが今、この時代に復活してきている。
 不確実性というのは確率論でははかれない。本当に何が起こるかわからない将来の話なんです。今の経済学の不確実性を入れたモデルというのは、しょせん確率論であらわせるリスクの話で、不確実性ではない。

 美人投票―集団的な群集心理で動く経済
 美人投票というのは、一番美人だとみんなが選んだ女性を選んだ人が勝ちというゲームで、今日本で何が起こっているかというと、競争が大事だと言いながら、結構みんな同じことをやるんです。これは消費者も企業も同じで、バブルが起こったら参加して、バブルが弾けそうになったらいち早く逃げるほうが合理的になってしまう。不確実性のもとで短期的に利益を上げようとするとバブルにうまく乗るのが一番手っ取り早い。そこが問題なもです。

 リスク分散が国内経済をいためる結果に
 不確実性が強くなると、企業はできるかぎりリスクを分散しようとする。これは企業にとってはすごく合理的なんですが、国内投資より海外投資のほうが増えてしまって、日本経済全体にとっては必ずしも望ましいことではない。

 不確実性が低いほうがイノベーションは起こりやすい
 資本主義がダイナミックなものであるのは事実なので、その不確実性がイノベーションを生む面はありますが、イノベーションをやるという動機を起こさせるのは、不確実性が低い場合なのです。
 ブレトンウッズ体制のときは、アメリカの覇権による強制力がありましたが、今はありません。そうなると各国レベルで経済管理をしなければいけない。財政政策も金融政策も思ったほど効果がなくなっているうえに、雇用を守れという国内から圧力も強まるので、どの国も保護主義的な政策を考えざるを得なくなる。日本もそういうシナリオを考えておかにといけないときに、まだグローバル化の幻想から抜けられない。このままでは非常に厳しい時代になると思います。


第三章 格差と分裂で破綻する中国とEU
 EU危機で浮かび上がったネイション意識
 グローバル経済の状況が厳しい中、日本の進むべき道を考えるとき、二つの議論があります。一つは、これからEUのように地域統合を進めて、一種のブロック経済のなかで新しい経済秩序を作り出そうという議論。もう一つは、これからの時代をリードするのは中国をはじめとした人口の多い途上国だという議論。どちらの議論も期待はできない。
 EUもギリシャの財政危機が起きると、もともとのネイションが復活するナショナリズムが起きてくる。

 欧州での暴動の背景に潜むエリート不信
 EUの市場統合から政治統合のほうに進んで、域内格差を埋めていくことでしか今の危機は解決できないんだけれども、それが限界に突き当たっている。
EU諸国の一般市民レベル、特にドイツとか、財政に余裕のある国からしたら、もうギリシャの面倒なんか見てられないという感じなわけでです。しかしブリュッセルに集まる政治家やエリート連中は、財政的にもEU統合を進めていかないと我々全体が共倒れになると主張する。だから、エリートと民衆の間の対立が、今かなり顕在化しているのです。
 ヨーロッパ全体での格差の拡大が影響して、フランスやドイツでは「エリートたちが俺たちの生活を脅かしている」という反エリート主義が、今すごく強まっていて、エリート階層への不振が深まり、国内政治にまで支障が出てきている。
 
 民衆の声はアンチ・グローバル化
 ドイツ国民がギリシャ救済のためのお金を払うのは嫌だと言う話は、ヨーロッパ全体よりドイツを優先するということで、グローバル化に対してナショナリズムが抵抗している。これはグローバル化に民主主義が抵抗しているといっていい。
 民主主義の本当の主体である一般層というのは、その国の文化や伝統に密接に関わっていて、そう簡単には国境を終えられないんです。この人たちの声こそが、日本人の大好きな民主主義の声であり、草の根の声なのです。
 日本が変だと思うのは、民主主義や草の根が大事、人々の生活が大事だと言う左翼の人たちが、なぜかグローバル化に対して好意的なんです。
ヨーロッパの場合、エリートはグローバル化推進、民衆の声はアンチ・グローバル化です。

 グローバル化は国内の分裂の危機
 『フラット化する世界』の著者トーマス・フリードマン的に言えば、グローバル化して経済的な相互依存が強まると、経済的に損だと思うから戦争はしなくなる、だから平和になるという「資本主義の平和」理論と呼ばれている。特に日本ではそれが強く信じられていて、グローバル化に最も警戒の少ない国です。
 民主主義というのは常に正しいリーダーを選ぶとは限らないし、世論が常に正しいとも、国家が未来を正しく予想し、正しく行動するとも限らない。
国家間の対立と言う古典的な戦争より、国の中が分裂して壊れていく。国家間の戦争がなければ平和だと言うのは19世紀的な考え方で、現在の戦争は、むしろ内紛、内乱、社会的混乱から起きるわけです。それがグローバル平和主義の根本的な間違いの一つです。

 深刻化する労働者と資本家の対立
 グローバル化というのは、そうした国内の対立を誘発するということです。チュニジアやエジプトなど、北アフリカで政変や内戦が続出しましたが、それもグローバルな穀物市場で小麦価格が高騰したからです。
 先進国の場合にはグローバル化だけでなく、脱工業化も賃金が不平等化する要因になっています。サービス業というのはあまり安定した雇用をつくれない。
製造業がなくなると、雇用の量も質も悪化せざるを得ない。

 経済成長が格差を拡大させる中国
 中国では、製造業で人を集めていますが、中国の大きな問題は、人が多すぎることなんです。日本の高度成長時期には所得格差は縮小したが、中国では拡大している。

 格差縮小を実現できた高度成長期の日本
 格差縮小の一番の原因はやはり農村の過剰人口の解消です。製造業が基盤を国内においていて、経済も右肩上がりに成長していたので人手不足が深刻化していた。そういう条件の下で可能になったわけです。
 けれども、グローバル化が進むと、生産拠点が海外に行ってしまうので、製造業分野の雇用が縮小する。成長すれば格差が縮小するという幸福な時代はもう過去のものなのです。長期的にみれば、日本もこれから本格的な格差社会になって行きます。

 「格差が国を滅ぼす」と言い続けた毛沢東
 毛沢東は、中国は経済発展を急いではならない、海沿いの発展を優先してはならないとずっと言っていた。沿海ぶばかり発展すると、中国という巨大な国家の一部の海沿いの地域だけが発展することになり、農村は全滅して、国防が不可能になる。それ以前に国が分裂してしまう。「革命は農村から始まる」と言って、農村を取り込むことで革命を行った。だからとにかく中国は農民をベースにしなきゃあいけない。それは社会主義という以上に、中国の歴史から読み取った指針だったんです。
 中国というのは、発展していけばいくほど、所得の格差以上に地域間格差が広がって、国が不安定になるという問題を抱えているのです。
今日の世界では、どの国も政府がかなりな強権的に再配分しないと平等が維持できないという構造になっています。

 グローバル化時代に成長期を迎えた中国の苦しみ
 日本人の想像を絶するような深刻な問題を、中国は本質的にもっています。GDP成長率だけをみていると、なかなかそれがわからないんです。
中国はグローバル化することで成長しようとしたので、資本を外から入れている。だから所得格差を縮小しようと、労働者の賃金を上げて経済を成長しようとした瞬間に、ベトナムなどもっと賃金水準の低い国に資本が出て行っちゃうんです。従って賃金を上げることができない。賃金が上がっていないのに、バブルで物価だけ上がっているので、各地で労働者の暴動が頻発しているのです。
 日本は少子高齢化だから中国に出て市場を取りに行こうと言うけれど、中国のほうも少子高齢化が進むので、日本の出る幕はないのです。

 人の移動が民族紛争を引き起こす
 人口の大きな移動が民族主義の覚醒を刺激し、ナショナリズムの勃興や民族紛争の激化という問題が起きてくる。中国の発展とともに、チベットやウイグルで頻繁に暴動が起きているのは、なんら驚くべきことではない。

 国民統合が進む前に経済発展した中国の不幸
 西洋や日本のような先進国は、経済発展や資本主義が発展するなかで、国民統合を成し遂げたうえで、80年前の大恐慌のようなクラッシュを食らった。
ところが今、中国とかロシアとか、国内の統合も未熟で、資本主義としての経験も浅い国々が、最先端の先進諸国ですらコントロール不可能なリーマン・ショックという世界金融危機を食らってしまった。国内の基盤ができていないのに、外から巨大な圧力を食らったという、非常に危ない状況になっている。
 人口を移動させないで資源だけ再配分するためには、かなり強権的な福祉国家というものが必要になるのですが、これもまた問題なのです。
自由権から社会権へという福祉国家の成立条件は、社会権というものは、かなり高度な自由民主社会において実現させられる権利なんです。
 自由権もまともに保障されていない中国に社会権だけ与えた瞬間に、民主化運動が起きるわけです。
しかも中国は分権国家で、地方政府がまだ強い権限をもっているから、地方間の所得再配分に反対しているんです。まさに一国EUの状態です。
したがって、このままいくと、中国は、財政出動しようが、金融緩和しようが、所得格差がもっと拡大する方向に行ってしまう危険性があります。

 中国化するEU-国民統合が解体する先進国
 今の中国の問題とそっくり同じことがEUやアメリカでも起きてきている。資源の再配分や政府が格差を是正する、あるいは国民みんなで世界恐慌を乗り切るために必要な条件を中国はもってないし、アメリカはいつの間にかそれが壊れちゃっている。ヨーロッパは持っていたんですが、ユーロ国民国家的なシステムを目指そうとしている途中でリーマン・ショックがあって、頓挫してしまった。
日本は、この20年間ぐらいで自ら解体させてしまった。日本では、労働者の賃金を上げて、中間層の所得を上げてという、グローバル化に逆行するようなことをやっても、国内市場が大きいので、内需主導の成長が可能なのです。そうすれば国内の需要が膨らんで、日本の企業が国内で商売ができるようになる。所得の格差も是正される。
 日本はずっと内需主導で成長してきた。日本のGDPに占めるゆしゅつの割合は、ずっと一割程度だったのです。そのバランスが崩れたのは、2000年代に入って、デフレのせいで、内需は伸びず、一人当たりの国民所得も下がり続けるなか、輸出だけが伸びて、GDPが少し成長しました。その輸出拡大居はアメリカの住宅バブルの産物にすぎません。日本は本来の内需主導の成長に戻るべきなのです。

 社会保障が基盤にないとケインズ政策はきかない
 グローバル・インバランスは、アメリカの経常収支赤字を削減するとか、中国や日本が内需を拡大することで解決できるんですが、アメリカは社会的に無理。中国もまったく同じで、中国に内需拡大しろといっても現実にはできない。それは所得格差の是正が政治変動を起こしかねない危険を内包している。
 ケインズ主義的な不況対策というのは、国民統合された福祉国家でないと機能しないんです。

 未成熟なネイション・ステイトがグローバル化する危険
 経済の発展以前に、きちっとした信頼できる政府が存在すること。市民社会で一定の法の秩序やルールが守られていること、また政府と市民社会の間に企業や地方自治体、あるいはメディアや業界団体などの中間団体があって、それらが複雑に連携して秩序を形成している。そういう条件が整ってこそ国家は安定するし、政府の経済政策も、社会政策も有効になる。

 北欧福祉国家の成功はバブルのおかげ
 2000年代後半の福祉国家の成功も、グローバル・インバランスの産物で、アメリカが住宅バブルで過剰消費をして、経済を引っ張っていたからうまくいっていた。北欧諸国は2000年代に入ると、GDPに占める輸出の比率が非常に高くなっている。08年のデンマークでは、GDPの50%くらいが輸出だった。
 これらの福祉国家が、高福祉・高負担であっても経済が活性化していたのは、庶民の民度が高かったせいではなく、アメリカの住宅バブルによって引っ張られて潤っていたからなのです。
 不況のときに福祉国家でなければ、経済の崩壊が国民生活を直撃する。特にデフレによる失業、生活水準の低下というのに人間は耐えられない。そんな不況下のあっても、社会が崩壊しないために福祉国家はあるわけです。ところが不況になるとやっぱり高負担がつらくなるのです。

 不況のときに重税感のつのる間接税
 間接税が高い国というのは、経済成長が穏やかなのです。直接税ならば、所得、利益がない場合は、所得税と法人税は無税になるので、不景気になると税負担が楽になって、景気が回復する。逆に、景気がいいとたくさん所得税、法人税を支払わなければいけないので、これがネックになって景気が冷えてくるのです。いわゆる、ビルト・イン・スタビライザーと呼ばれている効果です。
 間接税中心のヨーロッパの場合、景気がよくても悪くても、消費税は同率です。だから景気が悪いときは非常にきついわけです。

 欧州内グローバル・インバランス
 この10年間、世界全体の好景気もあったし、ヨーロッパ全体がユーロ・バブル状態で景気が良かったと同時に、ヨーロッパ南北問題があって、キタヨーロッパの国々が南ヨーロッパに輸出して経済が順調だったと言う問題があった。ドイツなんかが山ほどの黒字を稼ぐ代わりに、稼いだお金を民間投資という形で、ギリシャやスペインに送るという構造です。
 しかし、ヨーロッパも不況の深刻化が言われているときに、高福祉・高負担の福祉国家がもつかという試練がこれからやってくる。

第四章 冬の時代のための経済ナショナリズム
危機の時代に生まれた異端の経済思想が現代を救う
自由化を闇雲に追求してきた結果が今の危機だといえるのです。世界はこれから脱グローバル化の流れが出てきて、世界不況が深刻化すればするほど、各国は保護主義的な方向に舵を切る可能性が高い。
アメリカもドイツも保護主義をとることによってデフレを食い止めて、内需が拡大したので、貿易も関税を超えて拡大して今の姿があるのです。

 重商主義の進出を防ぐための保護主義
 輸出を拡大して成長につなげていこうとするのが重商主義で、だから現代は自由貿易を前面にした重商主義の時代なのです。
競争力のある分野が有利になる場合には、自由貿易のロジックを前面に出す。自由貿易の正当性を訴えながら、相手のガードを下げさせる。関税だけでなく、アメリカは非関税障壁という言葉をつかって攻めてきます。日本の輸入が増えないのは、日本の商習慣や規制のせいだと言って、改革をせまる。

 ネイションを主体としたリストの保護主義
 リストは『政治経済学の国民的体系』のなかで、ネイション(国民)とステイト(国家)の概念を明確に区別しています。ステイトが政治的、法的な制度を指すのに対して、ネイションは、人々の集団であり、彼らの間の社会的、文化的、あるいは心理的な紐帯(ちゅうたい)のことを意味する。
 得意分野に特化するという重商主義に対して、国家の長期的な独立や、国家国民全体の繁栄のために、そのときの短期的に儲かる産業に投資するのではなく、長い目で見て国民経済全体が発展するものを奨励することが保護主義である。
保護主義というのは、農業も含めた国内の分業や農民を含めた国民の結合を守るということなのです。

人口と気候の条件が整えば保護主義が機能する
保護主義が機能するには、まず気候が温暖でなければいけない。そして一定の人口規模がなければいけない。
リストの保護主義のポイントは、一つは重商主義と保護主義は違うということ。二つ目は、保護主義は、保護そのものが目的ではなく、国内分業を進め、かつ分業した国民同士の結合を強めていくのが根幹で、それが経済発展に繋がるのだと言うこと。三つ目には、保護主義を実践するには、気象条件と一定の人口規模が必要であること。

 自由貿易論に欠けている「生産」の視点
 得意なものに特化して輸出で稼ぐということになると、自由貿易とは口ばかりで、ほとんど重商主義に近くなっている。なぜ重商主義と自由貿易が近くなるかといえば、他人の市場を奪い取るとか、経済的な利益だけで考えているからです。
 標準的な自由貿易の理論は、モノを交換すると効率がよくなるとか、消費者の効用が上がると言っているだけであって、そのモノ自体をどうやって人間がつくっていくのか、どういう条件があれば生産できるのかということはなされていない。

 「創造」「生産」の原動力を考える
 モンテスキューの『法の精神』は、教科書では三権分立のことしか言いませんが、実は壮大な政治経済学で、しかも比較社会学なのです。『法の精神』には、さまざまな国において、国民精神が違うといかに法や制度が違うかということが書かれている。世界は実に多様なのだから、その国に応じた制度を考えないといけない。
 政治制度、社会制度が違うんだから、経済発展の道筋も国によって違うということです。成長は生産性の向上から生まれると考える。何が生産性の向上につながるかは、歴史や文化といったその国に固有の事情によって違うというのが経済ナショナリズムの議論なのです。

 有形無形のナショナル・キャピタルに注目する
 生産を行うのがとりあえずきぎょうだとして、企業はその国の社会とか文化の中で生産している。そこで働く人はその国のなかで教育されているし、使われる知識はその国で蓄積されている。知識は、国民のなかで蓄積されている有形無形の資本(ナショナル・キャピタル)のようなものなのです。
国民の生産力の背後にはナショナル・キャピタルがあるということです。
 経済成長は「労働生産性が上がること」とアダム・スミスは明晰に答えている。生産性の向上というものは、単に個々人の努力だけに注目したんじゃわからない。個人の努力で向上できる生産性の水準と、社会全体のなかで起こる生産性の向上があるトリストは言った。
ナショナル・キャピタルを損耗していく成長は、まったくサスティナブルではない。

 お金で買えないものに潜む価値
 農業の問題で言うと、農業って単に農家が食料を供給し、消費者がそれを買って腹を満たすなめの存在じゃないんです。農業というのは環境保護とか田園の景観も含めて、自然環境や地域性と密接に関わりあっているのです。そこにはお金で交換できない価値がある。
TPPの議論が政策論に上がった瞬間に、お金では買えない価値あるものを無視する経済学者だけが賛成論を展開し、お金では買えない価値があることをわかっているはずの国民がそれに乗せられてしまう。市場で取引される値段とは違う「フェアな価値」があるのです。
 日本で行われた労働移動の自由化や派遣労働の問題が典型ですが、それを市場で交換した途端に、人間性とか個人の尊厳とか、市場で交換できないはずの大切なものが破壊されてしまう。それが人間であり、自然というものなのです。

 市場で取引できないものは組織で守れ
 ポランニーが「大転換」のなかで、市場で取引できないものは組織で守れと言った。労働については労働組合だし、自然に関しては環境保護規制もあるだろうし、農地には自然や地域社会が密接に絡むので、農地の取引は農業目的に限定するとか、こうした規制を入れて環境保護、人間性の保護、労働者の保護を唱えた。
 ポラニーは、1930年代の大恐慌をかなり研究したうえで『大転換』を書き、環境・自然の破壊、そしてデフレによる生産組織の破壊を防ぐ保護対策を論じたんです。

 互酬の論理とぶつかる市場原理
 ポランニーは人間の経済生活の形式を四つあげています。
一つが「互酬」で贈与しあうこと。二つ目が「再配分」。獲得したものを集団で分け合うこと。三つ目が農業社会になると自分でつくったものを自分で食べるという「家政」、いわゆる自給自足が出てくる。そして最後が、「市場」による「交易」です。
 文明社会にはたくさんの仕事があるけれど、それを支えているのは市場だけじゃなく国家の再分配でもある。

 保護主義は戦争の原因になる?
 世界恐慌を深刻化させたのは、保護貿易ではなく、緊縮財政と高金利政策というデフレ政策によって金本位制を維持しようとしたせいだとテミンは言っています。大恐慌はまず株式市場が崩壊して、いきなりデフレになるわけです。その状況では、金融を緩和して、財政出動しなきゃいけないのに、当時のアメリカ大統領フーヴァーは、今で言う主流派経済学を信奉していたので、為替を維持するために金利を上げて、緊縮財政を施した結果、どんでもないことになってしまった。
 ケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』で、世界市場が縮小したときに、みんなで外を取り合うと戦争になるので、内需拡大、財政出動ということをすると、帝国主義的な市場の奪い合いはなくなると書いてある。

 自由貿易の方便を見抜いていた福沢諭吉
 自由貿易は、覇権国のナショナリズムの方便なのです。福澤諭吉は、イギリスは自分の利益のために自由貿易と言い、アメリカは自分の利益のために保護主義を言い、みんな国益のため、ナショナリスティックな理由で言っているに過ぎないのだと、書いている。アメリカは保護主義をとって成長したということを良く知っていた。
 アメリカの戦後のイデオロギー体制のなかに世界がみんな取り込まれていった。しかしアメリカ自身もミイラ取りがミイラになって、自分が広めた自由貿易、グローバル化で自分も苦しんでいることになっているわけです。
 市場原理主義もダメだけど、保護原理主義もダメだということで、市場の論理だけで社会が動いてはいけないのに、そういう状態が長く続くと、社会はおそろしく不安定になります。それをいかに抑えるか、と言う視点がこれから大事になってくる。

 「大きな政府」のジレンマに耐える
 資本主義が心肺停止状態になったら、統制経済や計画経済の手段をとらざるを得ないときがくるかもしれない。
 日本も1998年に、小さな政府を目指したからデフレに陥ったわけで、本当はバブル崩壊後は財政出動を継続して、大きな政府にしてデフレを食い止めなければいけなかった。
 インフレになる国があるとしたら、それは次の二通りです。一つは、通貨安が進みすぎて、輸入品が高くなり、物価が上昇する。韓国がそれです。二つは、世界不況で余ったカネが投機目的で食料や原油や新興国の資産に回って、物価上昇を引き起こす。でも、こういうコストを引き上げるインフレは、需要を圧迫するデフレ効果があるのです。
 仮に大きな政府でインフレを起こす政策をやっても、国をオープンにしている限りはうまくいかない。デフレ脱却のためにひたすら財政出動を続け、体力のないところから脱落していくという厳しい競争が始まるかもしれません。

 内需を守りながら、外需獲得戦争突入を回避する
 TPP推進論者は、農業が既得権益を守っていて、保護されているからけしからん、それをぶっ壊せと言うんですが、ぶっ壊して完全に取り払って自由化した後、日本に入ってくるのはアメリカの農業利権ですよ。金融もそうですね。アメリカの金融資本が、アメリカの政治だけでなく日本にも食い込んでくるんじゃないですか。結局、国内の利益団体を追い出せば、今度は海外の利益団体がやってくることになるわけです。
とにかく海外は日本の市場や資本を取りに来るので、それに対してディフェンスをしなければいけない。もう一つは、外需を奪い合う帝国主義的な争いに巻き込まれないようにするためには、ケインズ主義的に、内需を拡大するしかない。
 今の日本は相当深刻な事態にあって、財政出動をやってもせいぜい息がつける程度なんです。それでも、あっぷあっぷでいいから、まず息をしないといけない。デフレ脱却の財政出動は、生きていくために必要なことなんです。

 一度失うと二度と戻らない。これを肝に銘じて
 今、必要なのは、事態がもっと悪化するのを食い止めるという敗戦処理、ダメージ・コントロールです。今のグローバル化路線を少しずつまともなものに修正していく必要があるわけです。長い間に引き継いできたものというのは、つくるのは難しいのですけど、失うのは一瞬ですから。それを守ろうということでしょう。
 その守ろうという姿勢をなぜかみんな、後ろ向きのように感じているんですけど、「もっと前向きに新しい創造を」と言う連中が、その見えない大切なものを簡単にぶっ壊してきた。それが「失われた20年」の真相です。

 おわりに-歴史は繰り返す
 冷戦の終結は、資本主義の勝利だと言われました。各国の経済がグローバルに連結することで、世界がさらなる平和と繁栄に向かうと信じられた時期もありました。しかし、そのような楽観論は2008年のリーマン・ショックに始まる一連の危機で、無残にも打ち砕かれようとしています。2011年にはギリシャの債務危機が再燃し、EUだけでなく世界全体を巻き込んだ危機の第二幕が始まろうとしています。先進国はデフレに向かい、格差が拡大し、政治的な統率力が失われていく傾向にあります。途上国でも、これから政情不安が高まるでしょう。これは一つ一つが複雑に絡み合っています。
 問題は、資本主義をうまく枠づける制度や仕組みがなくなっていること、それを導く思想やアイデアが、まだ十分に準備されていないところにあります。
 この20年間、日本の改革の遅れやグローバル化への遅れが日本の病状だと考えられてきました。そして構造改革が進められ、その総仕上げともいうべきTPPへと向かおうとしています。その前提には、これからもグローバル化は順調に進み、いずれ世界経済は好調に戻るという思い込みがあります。
 しかし、その前提が間違っているとしたらどうでしょう。これから来るのは、グローバル経済がますます不安定化して、各国による市場の取り合いが本格化する時代なのだとしたら?急激な経済停滞から、途上国を中心に政情不安が各地で発生する時代なのだとしたら?取るべき選択はおのずと違ったものにならざるを得ないでしょう。
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