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小沢一郎氏「無罪判決」の要旨について

.29 2012 政治・行政 comment(0) trackback(0)
郷原弁護士が推薦する解説のブログです。

http://yamebun.weblogs.jp/my-blog/
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告発状

.26 2012 政治・行政 comment(0) trackback(1)
告  発  状
平成24年4月  日
最高検察庁 御中
          告発人   別紙告発人目録記載のとおり
          被告発人   告発事実1につき
                  佐 久 間   達   哉
                  (法務総合研究所国連研修協力部部長)
                 告発事実1につき
                  木   村   匡   良
                  (東京地方検察庁公判部副部長検事)
                 告発事実1につき
                  大   鶴   基   成
                  (元最高検察庁公判部部長検事)
                 告発事実1、同3につき
                  斎   藤   隆   博
                  (東京地方検察庁特捜部副部長検事)
                 告発事実1につき
                  吉   田   正   喜
                  (元東京地方検察庁特捜部副部長検事)
                 告発事実2につき
                  田   代   政   弘
                  (法務総合研究所付検事)
                 告発事実3につき
                  堺           徹
                  (東京地方検察庁特捜部部長検

第1 告発の趣旨
   被告発人らの下記各行為は、それぞれ偽計業務妨害罪(刑法第233条)、偽証罪
(同法第169条)、犯人隠避罪(同法第103条)を構成すると思われるので、刑
事上の処罰を求める。

   告発事実
  1  被告発人佐久間達哉、同大鶴基成、同斎藤隆博、同吉田正喜及び同木村匡良らは、
- 1 -共謀の上、東京地方検察庁において、同庁が受理し、あるいは独自に認知立件する刑
事事件の捜査及び処分の業務並びにそれらに関連する業務に従事するものであるが、
同庁が、平成22年2月4日に不起訴処分(嫌疑不十分)とした衆議院議員小澤一郎
に対する政治資金規正法違反被疑事件について、東京第五検察審査会に対して審査の
申立てが行われ、同審査会が、同年4月27日に「起訴相当議決」を出したことに伴
い、再捜査を行った上、再度不起訴処分とし、同審査会事務局に不起訴記録を送付す
るに当たり、ことさらに事実に反する取調べ状況を記載した虚偽の捜査報告書を提出
することによって、同審査申立てに対する同審査会が「起訴議決」を行う可能性を高
めようと企て、同取調べの状況を報告した田代作成の特捜部長佐久間達哉宛捜査報告
書中の、『あなたは11万人以上の選挙民に支持されて国会議員になったんでしょ。
小沢一郎の秘書という理由ではなく、石川知裕に期待して国政に送り出したはずで
す。それなのに、ヤクザの手下が親分を守るためにウソをつくのと同じようなことを
したら、選挙民を裏切ることになりますよ。』と言われたんですよね。これは結構効
いたんですよ。堪えきれなくなって、小沢先生に報告し、了承も得ましたって話した
んですよね。」「いろいろ考えても、今まで供述して調書にしたことは事実ですか
ら、否定しません。これまでの供述を維持するということで調書にしてもらって結構
です。」など実際の取調べには存在しなかったやり取りを記載した、田代政弘の作成
に係る平成22年5月17日付け捜査報告書及び被告発人斎藤作成にかかる同年5月
19日付け捜査報告書を同検察審査会事務局に送付することにより、同審査会審査員
に上記取調べの状況等の再捜査の結果に関して重大な誤解を生じさせ、もって、偽計
により業務を妨害したものである。
2  被告発人田代政弘は、平成23年12月15日、東京都千代田区霞が関一丁目1番
4号東京地方裁判所104号法廷において、小沢一郎こと小澤一郎に対する政治資金
規正法違反被告事件につき、証人として宣誓の上証言した際、被告発人田代の作成に
係る平成22年5月17日付け捜査報告書中に、同日の石川知裕に対する取調べにお
いて実際には存在しなかったやり取りが記載されていることについて、同日の取調べ
状況に関する記憶とその約4か月前における上記石川勾留中の取調べ状況に関する記
憶が混同した事実がなく、かつ、上記石川が自らの勾留中の取調べ状況について記し
た著書が上記報告書作成時には出版されていなかったにもかかわらず、「この日の取
調べについて、一言一句記録しているわけではないので、思い出し思い出し報告書を
作成しました。勾留中に話していることや、保釈後に石川さんが著書で書いているこ
となどの記憶があって、それに関連するようなことが5月17日にも話題になったの
で、若干記憶が混同してですね、整理して書いたと思います。」旨自己の記憶に反し
た虚偽の陳述をし、もって偽証したものである。
3  被告発人堺徹は東京地方検察庁特別捜査部長、被告発人斎藤隆博は同部副部長で
あったものであるが、平成23年1月上旬、石川知裕らの公判前整理手続き中に弁
護側から、同部所属検事田代政弘(以下「田代」という。)が、平成22年5月17
日に石川知裕の取調べを行った取調べの状況を隠し取りした録音結果が弁護側から
開示され、同取調べの状況を報告した田代作成の特捜部長佐久間達哉宛捜査報告書
中の、『あなたは11万人以上の選挙民に支持されて国会議員になったんでしょ。
- 2 -小沢一郎の秘書という理由ではなく、石川知裕に期待して国政に送り出したはずで
す。それなのに、ヤクザの手下が親分を守るためにウソをつくのと同じようなこと
をしたら、選挙民を裏切ることになりますよ。』と言われたんですよね。これは結
構効いたんですよ。堪えきれなくなって、小沢先生に報告し、了承も得ましたって話
したんですよね。」「いろいろ考えても、今まで供述して調書にしたことは事実です
から、否定しません。これまでの供述を維持するということで調書にしてもらって
結構です。」との記載が同録音記録中にはなかったことを確認し、田代が、事実と
は異なる捜査報告書を作成した虚偽有印公文書作成罪を犯した者であることを知り
ながら、共謀の上、
(1) 平成23年1月上旬ころ、東京地方検察庁において、田代から、同報告書の記載
内容が事実と異なることについて説明を受けた際、記憶の混同によるものとの説
明を維持するよう指示するとともに、事実と異なる記載はあるが過誤に過ぎない
と事実をすり替え、自ら又は同部所属の検察官らを指揮して捜査を行わず、
(2) そのころ、最高検察庁において、同庁検察官らに対し、「田代が作成した捜査報
告書には事実と異なる内容が含まれているが、記憶の混同によるもので過誤に過
ぎない。元秘書の公判にも影響はない」旨虚偽の報告をし、よって、同庁検察官
らをして、捜査は不要と誤信させて自ら又は同庁又は東京地方検察庁所属の検察
官らを指揮して捜査を行わないようにさせ、
もって虚偽有印公文書作成罪の犯人である田代を隠避させたものである。
第2 罪名及び罰条
 1 告発事実1につき
偽計業務妨害罪 刑法233条
 2 告発事実2につき
   偽証罪 刑法169条
 3 告発事実3につき
   犯人隠避罪 刑法103条
第3 偽計業務妨害罪(告発事実1)の被疑者が被告発人らであると特定した理由
   被告発人らは、平成24年1月12日付け告発状において、すでに被告発人氏名不
詳として、偽計業務妨害罪の告発をしていたが、告発事実に新たに下線部分を加えた
上、被告発人を特定して、改めて同罪の告発をするものである。
   告発人らが、上記被告発人らを、同罪の被疑者と特定した理由は以下のとおりであ
る。
 1 佐久間達哉と木村匡良
   告発人らは、過去2度の捜査要請書において、①被告発人田代が上司や主任検事の
命令に従って捜査を遂行する立場の一検事にすぎなかったこと、②同人に、虚偽の捜
査報告書を作成する個人的な動機が認められないこと、③前田元検事の「本件(陸山
会事件のこと)では(ゼネコンからの)裏献金で小沢先生を立件しようと積極的なの
は、東京地検特捜部特捜部長や○○主任検事(法廷では実名)など一部で、現場は厭
- 3 -戦(えんせん)ムードでした。東京高検検事長も立件に消極的と聞いていました」と
いう証言等から、小沢氏起訴に執念を燃やし、不起訴処分後も執着していたのは、東
京地検特捜部長や主任検事であったと考えられること等から、本件偽計業務妨害罪の
被疑者が、「(当時の)東京地検特捜部長や主任検事」らである疑いが極めて濃厚で
あることを指摘してきた。
   そして、その氏名を特定すれば、東京地検特捜部長が被告発人佐久間で、主任検事
が被告発人木村匡良ということになる。
   これらの上司らが、被告発人田代に虚偽の捜査報告書の作成を命じ、あるいは強く
働きかけた疑いは、裁判所が証拠決定において、
「1月27日頃から行われるようになった特捜部副部長検察官である吉田正喜
(以下「吉田検事」という。)による取調べの際、吉田検事は、石川に対し、建設
会社からの献金受領の事実を中心に取り調べた上で、これを認める供述を得られ
ず、取調べメモを石川の目前で破るという行動に出たことが認められる。(中略)
これらの事実は、石川に献金の受領や被告人(小澤)の関与について供述を迫るた
め、田代検事と共に、特捜部の複数の検察官が石川に圧力をかけていたことをうか
がわせるものであり、ひいては、前記の田代検事の取調べは、個人的なものではな
く、組織的なものであったとも疑われるものであって」
   と述べて、被告発人田代の違法不当な取調べを組織的なものと認定していることから
容易に推認できることである。

 2 大鶴基成
   上記のとおり、裁判所は、被告発人田代の違法不当な取り調べを組織的なものと認
定しているが、検察庁という官庁の在り方からすると、このような組織的な動きに関
する実情を、当時東京地検の次席検事であった被告発人大鶴が全く把握していなかっ
たとは考え難い。事実、上記前田元検事の証言では、積極的に小沢氏までつなげた
が って い た 一 部 の 幹 部 と して 「 大 鶴 次 席 検 事 」 も 挙 げら れて い た こ と が 複 数 の 紙
(誌)面で報じられている。また、週刊誌等において、陸山会事件において、事実上
の捜査指揮を執っていたのが被告発人大鶴であったことが報じられていること等に鑑
みれば、同人についても、本件偽計業務妨害罪の共犯とみるのが相当である。

 3 斎藤隆博
   被告発人斎藤は、当時、東京地検特捜部副部長の職にあったものであるが、再捜査
の結果を踏まえた小沢氏の共犯性に関する主要な証拠等について検討した結果に関す
る報告書として、被告発人佐久間宛の平成22年5月19日付け捜査報告書を作成
し、同報告書も検察審査会に提出されている。
   この捜査報告書は、各関係者の供述調書を引用して、それぞれの結論において、共
犯の成立に関する肯定的要素、否定的要素を整理したものであるが、専ら共犯の成立
を肯定する方向性を持つ供述部分にのみアンダーラインを引いて強調している。しか
し、この事件は、既に検察庁として不起訴処分をしており、再捜査の結果においても
不起訴処分となっていることに鑑みると、共犯の成立を肯定する内容を含んだ供述部
分のみがアンダーラインで強調されているのは、極めて不自然なことである。そし
て、このような捜査報告書が検察審査会に送付されたことを併せて考慮すれば、被告
- 4 -発人斎藤は、検察審査会の判断を不当に誘導する目的で、共犯の成立を肯定する要素
のみを審査員が拾い読みできるように同報告書を作成したとみるのが自然かつ合理的
である。
そして、雑誌「FACTA」2012年5月号の『小沢を嵌めた東京地検のワル』
と題する記事において、斎藤報告書の内容と、検察審査会による起訴議決書との対比
結果が紹介されているところ、これによれば、議決書には、斎藤報告書の記載と、表
現に至るまで驚くほど酷似する箇所が多数あることが認められる。換言すれば、議決
書は、判断の重要部分において、斎藤報告書をほぼそのまま引き写して作成されたも
のといってよい。このことから、斎藤報告書が、検察審査会の判断に極めて強い影響
を与えたことが分かる。
しかも、斎藤は、検察審査会に出席して、不起訴処分をした検察の立場としての意
見聴取を受けた者であるが、検察審査会は、ほとんど斎藤報告書に依拠する形で、検
察の判断と具体的に比較検討することなく議決書を作成している。
以上の事実から、斎藤が不起訴処分をした検察の立場から十分な説明をしたとは到
底考えられないのであって、むしろ、斎藤は、検察審査会の判断を不当に誘導する上
で、実に大きな役割を果たしたものと推察される。
   従って、被告発人斎藤についても、本件偽計業務妨害罪の共犯とみるのが相当であ
る。

 4 吉田正喜
   石川氏は、同人が起訴される3日前に東京地検特捜部副部長であった被告発人吉田
から、「小沢はここで不起訴になったとしても、検察審査会で裁かれる可能性が高
い。その議決は参議院選前に出るでしょう。そんなことになって良いのでしょうか」
と話されたことを証言している。このことは、鈴木宗男元議員の2010年2月1日
付けの日記にも記載されている。
   佐久間、大鶴、木村、斎藤について、検察審査会を不当に誘導する偽計業務妨害罪
の共犯が認められることは、これまで述べてきたとおりであるが、被告発人吉田につ
いても、その特捜部副部長の立場にあったことからして、全く無関係であったと考え
ることはできない。さらに、上記のように小沢氏について不起訴処分決定が出る前か
ら、検察審査会による起訴議決を念頭においた発言をしていることを併せて考慮すれ
ば、前記被告発人らは、当初から、検察で小沢氏を起訴できなくとも検察審査会に
よって起訴することを企図し、告発事実記載の行為に及んだとみるべきであり、吉田
もこれに関与していたものと見るのが相当である。

第4 偽証罪(告発事実2)の理由

 1 過去の取調べにおける記憶と混同した旨の証言部分
   告発人らは、既に、被告発人田代について、虚偽有印公文書作成及び同行使罪が成
立するとして、同罪で告発状を提出し、同人が、報告書の記載が事実に反しているの
は「記憶の混同」によるものである旨証言している点は、あり得ない話であり、全く
信用できないと指摘した。
   検察官は、常に、供述者の供述の変遷経過に重大な注意を払いながら取り調べを行
- 5 -い、必要に応じて、その変遷をメモなどに残すものである。こうした検察官の職業的
性格も加味すれば、昨日今日の記憶と約4か月も前の記憶が混同することがそもそも
あり得ないのであって、被告発人田代の弁解は、荒唐無稽としかいいようがない。
   裁判所も、証拠決定において、「同捜査報告書が問答体で具体的かつ詳細な記載が
なされていることに照らすと、あいまいな記憶に基づいて作成されたものとは考え難
く、記憶の混同が生じたとの説明は、にわかには信用することができない」として、
被告発人田代の弁解を退けた。つまり、裁判所は、本件捜査報告書が、「記憶の混
同」が生じるようなあいまいな記憶に基づいて作成されたものとは考えられないと明
快に述べているのである。問答体で再現できるほど明確な記憶があれば、過去の記憶
と混同するはずがないから、裁判所の指摘は当然である。
また、裁判所は、以上のように述べた上で「この報告書の存在は、石川が勾留段階
で被告人の関与を供述した経緯として、田代検事が公判で供述する説明内容にも、深
刻な疑いを生じさせるものといわざるを得ない。」とも述べている。
ここにいう「石川が勾留段階で被告人の関与を供述した経緯として、田代検事が公
判で供述する説明内容」とは、裁判所の整理によれば、次のとおりである。すなわ
ち、
「石川に対し、真実を語らせるために、第1に信頼関係を築いた上で、正論
で説得することにした。私はフェアにやる、正直に事実を話してほしいと話し、
黙秘権はあるが、積極的にうそはつかないことを約束してもらった。そして、石
川が不合理な説明をしたときに、うそをつかないと約束したではないか、と追
及した。その上で、十勝の有権者は、石川が被告人の秘書だから投票したのでは
なく、石川個人を信頼して投票したはずである、暴力団の子分が親分をかばうよ
うないい加減な話をしたのでは、有権者を裏切ることになる、などと言って、真
実を話すよう説得した。その結果、1月16日、石川は、被告人から受け取った
4億円を収入として不記載にしたこと、本件土地の建記を翌年にずらして平成1
6年分の収支報告書記載しないこと、預金担保貸付を受ける必要性等について、
被告人に報告をして了承されたこと、さらに、本件4億円の原資についても供述
するに至った。そこで、調書を作成しようとしたが、石川は弁護人の助言を理由
に署名を拒み、同月17日、18日も署名しなかった。真実を記載しているなら
拒否する理由はない、調書が作れないと私も困る、と言って説得したところ、同
月19日に署名した。」(証拠決定8頁より引用)
要するに、田代は、事実に反する本件捜査報告書のやり取りについて、勾留中の記
憶と混同したとして、本件捜査報告書に記載されているやり取りと同様のやり取りが
勾留中に行われたと証言したところ、裁判所は、勾留中にそういうやり取りがあった
という説明も信じられないと指摘したのである。
そして、「深刻な疑い」という踏み込んだ表現を用いて強調しているのは、偽証罪
の成立を示唆しているものと解釈するのが相当であり、到底無視することができない
というべきである。
さらに付言すれば、取調録音には、田代と石川氏との間で勾留中の取調べにおける
様々なやり取りが再現されている一方で、田代の上記説明内容の再現は出てこない。
- 6 -もし、田代が上記説明内容と同様のやり取りをして小沢氏の関与を認める供述を得て
いたのであれば、まさに核心的場面なのであるから、田代は、当然、それを再現し
て、石川氏に供述の維持を求めたはずである。ところが、実際には、そのような取調
べは行われず、むしろ、証拠決定が認定しているように、田代は、強力な利益誘導、
誤導、強力な圧力等、違法不当な取調べを行って、石川氏に供述の維持を執拗に迫っ
たのである。この事実は、勾留中の取調べにおいて、田代の上記説明内容に係るやり
取りが存在しなかったことを強く示しているというべきである。
以上のような意味においても、記憶の混同はあり得ないのである。

 2 石川氏の著書の記載と混同した旨の証言部分
また、陸山会事件小沢氏公判を全回傍聴したジャーナリスト江川紹子氏が、雑誌
「世界」2012年5月号に寄稿した『裁かれるべきは検察か-小沢裁判で見えた司
法の「闇」』の中で、被告発人田代が「保釈後に石川さんが著書で書いていることな
どの記憶があって、それに関連するようなことが五月十七日にも話題になったので、
若干記憶が混同して」と証言したことを指摘している。
しかし、上記報告書は平成22年5月17日付けで作成されているところ、石川氏
が保釈後に著書(『誰が日本を支配するのか!?検察と正義』(マガジンハウス))
を出版したのは、その約3か月後の同年8月のことである。つまり、上記報告書作成
時には当該著書は存在していなかったのであるから、時系列的に見て、当該著書の記
載についての記憶が入り込むことがあり得ないことは明白である。
この点に関連して、告発人らが行った被告発人田代に対する虚偽公文書作成につい
ての告発を東京地検が不起訴にする見通しを報じる4月18日の朝日新聞の記事は、
「検察当局は、石川議員の日記を掲載した本などから、捜査報告書が作成される数か
月前の石川議員の逮捕中に、同趣旨のやりとりが田代検事との間であったとみてい
る。」と報じているが、逮捕中に田代検事との間でそのようなやり取りが全くなかっ
たことは、石川氏が自らのブログで明確に述べている(「ともひろ日記」2012年
4月19日)。同氏が同ブログで述べているように、「検事から≪11万人の選挙民
の支持で議員になったのに、うそをつけば選挙民を裏切ることになる≫と言われたの
が効いた。」などというやりとりは吉田副部長の調べの中であったものであり、しか
も、それは、水谷建設からの5000万円の裏献金についての取り調べの中でのこと
である。田代検事は、石川氏の逮捕中の取調べでそのような発言をした経験はなく、
「記憶の混同」が生じることは考えらえない。
従って、当該著書の記載と記憶が混同した旨の証言が、被告発人の記憶に反する虚
偽の陳述であったことは疑う余地がない。

  3  さらに付言すれば、上記江川氏の寄稿は、田代が、石川氏勾留中の捜査につい
て、他の検事とは「事件のことについては、一切話をしません」と証言したことに
ついても、これと反する前田元検事による相当具体的な証言から、偽証の疑いがあ
ることを指摘している。
さらに、元検事の市川弁護士による『検事失格』(毎日出
版社)から、同氏が検事時代、証人として呼び出された際、周囲から偽証を勧めら
れ、本当のことを言おうとした同氏に同調する検事が一人もおらず、そういうことは
法廷で言ってはいけないという空気感が検察庁を支配していたように思う旨述べて
- 7 -いる部分を引用しているのは、本件も本質において同様の問題を抱えているという
強い印象を持ったことの表れと読むことができる。この点も無視することはできな
い。

 4 結語
   以上のことから、被告発人田代が、事実と反する捜査報告書を作成した理由が「記
憶の混同」によるものである旨証言したのは、記憶に反する虚偽の陳述をしたものと
いわざるを得ない。

第5 犯人隠避罪(告発事実3)の理由

 1 犯人隠避罪による告発は、平成24年3月2日読売新聞朝刊の「陸山会事件 虚偽
報告書 1年前把握 東京地検が放置 小沢元代表公判に影響」と題する記事及び同
月30日に大阪地方検察庁で言い渡された元大阪地検特捜部長大坪弘道、同元副部長佐
賀元明の両被告人に対する犯人隠避事件の判決を根拠とするものである。
同読売新聞記事は、「捜査報告書に虚偽の記載があった問題で、地検が問題発覚の
約1年前にこの事実を把握しながら、十分な調査を行わず放置していたことがわかっ
た。」とした上、『複数の検察幹部によると、東京地検はこの公判より前の昨年1月
上旬、石川被告ら元秘書3人の公判前整理手続き中に弁護側から録音記録が開示さ
れ、報告書の内容との食い違いに気づいたという。』『虚偽有印公文書作成罪にあた
る可能性もあり、東京地検特捜部が田代検事に複数回、説明を求めたが、「過去の取
り調べと記憶が混同した」などと答えた。東京地検は「故意とは断定できず、元秘書
の公判にも影響はない」として、それ以上は調査しなかった。最高検には、録音記録
と捜査書類に食い違いがあると報告されたという。』と検察内部の動きについて報じ
ている。

2  一方、上記大阪地裁判決では、被告人両名が、当時の大阪地検特捜部検事の前田恒
彦が証拠隠滅の犯罪を行ったことを知り、同人に対する捜査を行う権限を有し、特捜
部長又は副部長として、特捜部所属の検察官らを指揮して前田に対する捜査を行う権
限を有し捜査を行うべき職責を有していたにもかかわらず、それを行わず、本件改ざん
の本件虚偽過誤説明へのすり替えを確たるものにしていたこと等の不作為を、犯人隠
避罪にいう隠避行為に当たると判示して「不作為の犯人隠避行為」を認め、大阪地検
次席検事及び検事正への報告において、本件改ざんのあったことを報告せずに、虚偽
過誤説明を行うことにより、両名に、本件について、捜査はもちろん、調査の必要性
もないとの判断に至らせたものだとして、「作為の犯人隠避行為」を認めている。

3  上記読売新聞の記事が事実だとすると、田代作成の捜査報告書が事実と異なるもの
であると認識した時点で、当時の東京地検特捜部の幹部は、田代に複数回説明を求め
るなどした上で、「記憶の混同」による過誤であり故意の虚偽公文書作成ではないと
最高検に報告したということであり、特捜部の捜査の過程で所属検察官が犯罪を行っ
た疑いが表面化し、それについて特捜部幹部が上司又は上級庁に対して「故意ではな
く過失」と報告を行い、捜査が行われなかったという外形的事実は酷似している。

4  問題は、特捜部幹部が故意の犯罪と認識していたか否かであるが、大阪地検特捜部
の事件では、証拠隠滅の犯罪は、特捜部長、副部長であった両被告人は全く知らない
- 8 -ところで部下の検察官によって行われたものであり、その証拠のフロッピーディスク
も既に還付されて確認することができない状態だったが、副部長が行為者の部下検察
官から「故意にやった」との告白を受けたことで被告人両名が故意であると認識した
検察側が主張し、裁判所もその主張を認めた。一方、本告発に係る東京地検特捜部の
事件では、田代による捜査報告書作成は、被告発人斎藤が副部長として指揮する特捜
部の捜査の過程で上司の指示によって行われたものであることは明らかであり、当該
捜査報告書の内容も確認可能である。しかも、既に、本告発状の偽計業務妨害罪の告
発理由について述べたとおり、この虚偽の捜査報告書の作成は、当時の特捜部の幹部
等が検察審査会の判断を不当に誘導する目的で行った一連の工作の一環として行わ
れ、田代が特捜部の幹部の意向を受けて虚偽の捜査報告書を作成した疑いが濃厚であ
り、被告発人斎藤を含む特捜部幹部が、田代が故意に虚偽の捜査報告書を作成したと
の認識を有していなかったとは考えられない。

5  大阪地検特捜部幹部の犯人隠避事件については、当時の最高検察庁が自ら捜査を行
い起訴したもので、上記大阪地裁が、検察の主張をそのまま認めて犯人隠避罪の成立
を認める判決を言い渡しているものであり、東京地検特捜部の事件についても、同様
の見解に基づいて捜査を行い、真相を解明し、被告発人らについての犯人隠避罪につ
いて厳正な処分を行うのが当然である。
以上

小沢検審疑惑を追及する市民有志

.25 2012 政治・行政 comment(0) trackback(1)
012年 4月 25日のあるBlogに載った文章です


「小沢一郎議員強制起訴議決」を行つた東京第五検察審査会疑惑について

小沢検審疑惑を追及する市民有志


事件の経緯

2009年3月 3日 、当時民主党代表であつた衆議院議員小沢―郎氏の秘書で会計責任者で
もある大久保隆規氏が、小沢氏の政治資金管理団体「陸山会」へ寄付した二つの政治団体
が実体のないダミーであり違法献金だとする容疑で起訴された。しかし裁判では政治団体は
ダミーではないことが証明された。(西松事件)
そこで、検察は、陸山会事件(不動産取得の期ずれ記載問題)をでつち上げ、総額 30億とも
いわれる捜査費用をかけた大捜査を行つた。検察は、この捜査で 3人の元秘書を起訴し、一
審の裁判では 3人の有罪判決を下した。しかし、小沢氏については嫌疑不十分とされ不起訴
となつた。
その後、市民が、東京第五検察審査会に、この不起訴にした案件を検察の捜査が不十分だ
として申立てを行なつた。クジで選ばれたはずの11人 の市民で構成される検察審査会が2回
開かれたが、2回とも起訴相当という議決がなされた。この議決に基づき、小沢氏は強制起訴
された。現在裁判が行われており4月 26日 にその判決が下される。なお、検察審査会に提出
された捜査報告書は検察官の捏造であつたことが判明している。
市民が抱く大きな疑惑
1.まともな審査会議が開かれ、そこで議決されたのだろうか ?
検察が大捜査の上、不起訴にした案件を、検察審査員が捜査をし直したわけでもないのに判
断が覆された点に、我々は大きな疑惑を抱いた。
さらに、2010年 9月 8日 付大手 6紙一斉報道では「審査が本格化し、10月 末議決の公算大」
としながら、6日 後の 9月 14日 に議決された。しかも9月 14日 は小沢氏が出馬した代表選投
票 日である。このことは、仮に小沢氏が代表に選ばれたら、強制起訴議決を盾に代表から引き
ずりおろすという政治的な力が働いたのではないかと疑念を生じさせる。まともな審査会議が
開かれていたら、このような急邊の議決は無理である。
検察審査会事務局は審査会の開催 日、開催回数、会議室部屋名等一切明らかにしていない。
会議議事録も作成していないという。
議決を発表した翌日の朝 日(10月 5日 )、 翌々 日の読売(10月 6日 )の記事は、審査会関係者の
怪しいリークで全く信憑性がない。
2.公正なクジで選ばれた審査員は実在したのだろうか ?
公表された審査員平均年齢が、1回 目34.27歳 から34.55歳 に、2回 目は 30.9歳 から33.91歳
にさら34.55歳 と、3回 も訂正があつた。11人 の平均年齢の計算など間違えようもない。しかも
第1回 目と第2回 目がともに 34.55歳と数字がピタリと重なる。2回とも34.55歳という若い平均
年齢になる確率は 100万 分の1であり、実際にはありえないことである。
審査員および審査員候補者の個々の年齢、生年月日、生年月の開示を求めたが、一切応じ
ていない。審査員は、補充員含めると総勢44名 が選ばれているはずだが、不可思議な議決が
なされているにもかかわらず、審査員の声やうわさが全く聞こえてこない。
3.最高裁事務総局が審査員選定、審査補助員選定、議決時期等になんらかの関与をしてい
るのではないかという疑惑がある。
最高裁事務総局が作成した審査員クジ引きソフトは、選挙管理委員会選出の審査員候補者以
外の候補者をハンド入力でき、候補者を自在に消除できるよう設計されている。

疑惑解明の活動

我々は、上記の疑惑を解明するため、検察審査会事務局とそれを管理する最高裁事務総局に
接触し、質問や情報公開請求を行つた。その結果、以下のことがわかつた。
1.最高裁事務総局が検察審査会事務局を管理・コントロールしている
① 検察審査会事務局職員に裁判所事務官を充て、異動.昇進.昇給等人事の全てを行う。
組織の改編も行う。
② 検察審査会業務で使う規定、マニュアル等を作成する。
通達文書等にて業務指示を行う。
③「審査員候補者への質問票」送付等の業務の肩代わりをする。
④ 審査員選定クジ引きソフト、検察審査会ハンドブック等ツール類の作成を行う。
⑤ 予算や計画業務を行う。
2.審査会の開催日、開催回数、会議室部屋名等一切開示しない。会議録も開示しない。
3.審査員および候補者の個々の年齢、生年月日、生年月も一切開示しない。
4.審査員の日当・交通費請求書の開示を求めたが、氏名.出 頭日.振込先等がマスキングされ
たものしか開示されておらず、審査員の存在は確認されていない。
5.申 立人の名前も開示しない。
6.法律で義務つけられた検察審査官の説明が議決後の9月 28日 であつたという情報が市民か
ら寄せられた。(法律違反の可能性)

結び

法律通りの審査員選定が行われたのか、まともな審査員会議が開かれたのか、検察は審査
員会議にどのような資料を提出しどのような説明を行つたのか、どのような議論がなされたのか。
これらは何一つも明らかにされていない。 疑惑だらけで、法律違反の可能性すら指摘されてい
る。また、検察審査会法では「(検察審査会は)独立してその職権を行う」となつているが、実態と
して最高裁事務総局が検察審査会事務局を管理しており、議決に何らかの形で関与している疑
いがある。
以上の疑惑に対し、最高裁事務総局と検察審査会事務局は事実を明らかにしなければならない。
判決はその後下されるべきである。

「大学」読み下し文

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大学

大学の道は明徳を明らかにするに在り。
民に親しむにあり、至(し)善(ぜん)に止まるにあり。
止まることを知りて而(しか)る后(のち)に定まることあり。
定まりて而る后に能(よ)く静かなり。
静かにして而る后に能く安し。
安くして而る后に能く慮(おもんばか)る。
慮りて而る后に能く得。
物に本末あり、事に終始あり。
先(せん)後(ご)する所を知れば則(すなわ)ち道に近し。
古(いにしえ)の明徳を天下に明らかにせんと欲する者は、先ず其の国を治む。
其の国を治めんと欲する者は、先ず其の家を斉(ととの)う。
其の家を斉えんと欲する者は、先ず其の身を修む。
其の身を修めんと欲する者は、先ず其の心を正しくする。
其の心を正しくせんと欲する者は、先ず其の意を誠にす。
其の意を誠にせんと欲する者は、先ず其の知を致す。
知を致すは物に格(いた)るに在り。
物格りて而る后に知(ち)至る。
知至りて而る后に意(い)誠(まこと)なり。
意誠にして而る后に心正し。
心正しくして而る后に身修まる。
身修まりて而る后に家斉う。
家斉いて而る后に国治まる。
国治まりて而る后に天下平(たい)らかなり。
天子より以(もっ)て庶(しょう)人(じん)に至るまで
壱(いつ)是(し)に皆身を修むるを以て本(もと)となす。
其の本(もと)乱(みだ)れて末治まる者は否(あ)らじ。
其の厚くする所の者を薄くして、其の薄くする者を厚くするは未だこれあらざるなり。
此れを本を知ると謂(い)う。
此れを知の至れりと謂うなり。
所謂(いわゆる)其の意を誠にするとは、自(みずか)ら欺(あざむ)くこと母(な)きなり。
悪臭を悪(にく)むが如く、好色を好むが如し。
此れを之れ自謙(じけん)と謂う。
故に君子は必ず其の独(ひとり)を慎むなり。
小人間(しょうじんかん)居(きょ)して不善を為す。
至らざる所なし。
君子を見て、而る后に厭(えん)然(ぜん)として其の不善を揜(おお)いて、其の善を著(あら)わす。
人の己を視(み)ること、其の肺肝(はいかん)を見るが如く然(しか)れば、則ち何の益かあらん。
此れを中(うち)に誠なれば外(そと)に形(あら)わると謂う。
故に君子は必ず其の独を慎むなり。
曾子(そうし)曰(いわ)く、十目(じゅうもく)の視る所、十手(じゅうしゅ)の指(ゆびさ)す所、其れ厳(げん)なるか。
富は屋(おく)を潤し、徳は身を潤す。
心広く、体胖(たいゆた)かなればなり。
故に君子は必ず其の意を誠にす。
詩に云(いわ)く、彼の淇澳(きいく)を瞻(み)れば、菉(りょく)竹猗猗(いい)たり。
斐(ひ)たる君子あり、切(せつ)するが如く磋(さ)するが如く、琢(たく)するが如く磨するが如し。
瑟(しつ)たり僴(かん)たり、赫(かく)たり喧(けん)たり。
斐たる君子あり、終(つい)に諠(わす)るべからず。
切するが如く磋するが如しとは、学を道(い)うなり。
琢(たく)するが如く磨するが如しとは、自ら修むるなり。
瑟(しつ)たり僴(かん)たりとは恂慄(しゅんりつ)なり。
赫(かく)たり喧(けん)たりとは威儀なり。
斐たる君子あり、
終(つい)に誼(わす)るべからずとは、盛徳至善、民の忘るる能わらざるを道うなり。
詩に云く、於戲(ああ)前王(ぜんのう)忘れられず。
君子は其の賢を賢として、其の親(しん)を親とす。
小人は其の楽しみを楽しみて、其の利を利とす。
此(ここ)を以て世を没するまで忘れられざるなり。
康誥(こうこう)に曰く、克く徳を明らかにすと。
太(たい)甲(こう)に曰く、諟(こ)の天の明命を顧みると。
帝典に曰く、克(よ)く峻(しゅん)徳(とく)を明らかにすと。
皆(みな)自ら明らかにするなり。
湯(とう)の盤(ばん)の銘に曰く、
苟(まこと)に日に新たにして、
日日に新たにして、
又日に新たなり。
康誥に曰く、民を作新すと。
詩に曰く、周は旧邦なりと雖(いえど)も、其の命維(めいこ)れ新たなり。
是(こ)の故に君子は其の極(きょく)を用いざる所なし。
詩に云く、邦幾(ほうき)千里、惟(これ)民の止まる所と。
詩に云く、緡蛮(めんばん)たる黄鳥(こうちょう)、丘(きゅう)隅(ぐう)に止まると。
子曰く、止まるに於いて、其の止まる所を知る。
人を以て鳥に如かざる可(べ)けんやと。
詩に云く、穆穆(ぼくぼく)たる文(ぶん)王(のう)、於緝(ああしゅう)煕(き)にして敬して止まると。
人(じん)君(くん)と為(な)りては仁に止まり、人臣(じんしん)と為(な)りては敬に止まり、人の子と為りては孝に止まり
人の父と為りては慈に止まり、国人(こくじん)と交(まじわ)りては信に止まる。
子曰く、訴(うった)えを聴くこと吾猶(なお)人のごとし。
必ずや訴なからしめんかと。
情(まこと)なき者は其の辞を盡(つく)すことを得ず。
大いに民の志を畏(おそ)れしむ。
此れを本(もと)を知ると謂う。
所謂(いわゆる)身を修むるに其の心を正しくするに在りとは、身忿(ふん)懥(ち)する所あれば、則(すなわ)ちその正を得ず。
恐(きょう)懼(く)する所あれば、則ち其の正を得ず。
好(こう)楽(ごう)する所あれば、則ち其の正を得ず。
憂患(ゆうかん)する所あれば、則ち其の正を得ず。
心焉(ここ)に在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食(くら)いて其の味わいを知らず。
此れを身に修むるに、其の心を正しくするに在りと謂う。
所謂其の家を斉うるに其の身を修むるに在りとは、人其の親愛する所に之(ゆき)て辟(へき)す。
其の賤悪する所に之(ゆき)て辟(へき)す。
其の畏敬する所に之(ゆき)て辟(へき)す。
其の哀矜(あいきょう)する所に之(ゆき)て辟(へき)す。
其の敖惰(ごうだ)する所の之(ゆき)て辟(へき)す。
故に好みにて其の悪を知り、悪(にく)みて其の美を知る者は天下に鮮(すくな)し。
故に諺(ことわざ)に之れあり、曰く、人其の子の悪を知ること莫(な)く、其の苗の碩(おおい)なるを知ること莫(な)しと。
此れを身修まらずして以て其の家を斉うべからずと謂う。
所謂国を治むるに、必ず先(ま)づ其の家を斉うとは、其の家教うべからずして、能く人を教ううる者は之れ無し。
故に君子は家を出でずして教えを国に成す。
孝は君(きみ)に事うる所以(ゆえん)なり。
弟(てい)は長に事うる所以(ゆえん)なり。
慈は衆を使う所以なり。
康誥に曰く、赤子(せきし)を保(やす)んずるが如く。
心誠に之れを求むれば、中(あた)らずと雖(いえども)遠からず。
未(いま)だ子を養うことを学びて、而る后に嫁(か)する者はあらざるなり。
一家仁なれば、一国仁に興り、一家譲(じょう)なれば、一国譲に興る。
一人貪戻一國作乱一(いち)人(にん)貪(たん)戻(れい)なれば、一国乱を作(な)す。
其の機(き)此(かく)の如し。
此れを一言(いちごん)事を憤(やぶ)り、一(いち)人(にん)国を定むと謂う。
堯舜は天下を率いるに仁を以てして、民之れに従い、
桀(けつ)紂(ちゅう)は天下を率いるに暴を以てして、民之れに従う。
其の令する所、其の好む所に反して、民従わず。
是(こ)の故に君子は諸(これ)を己に有して、而(しか)る后に諸を人に求め、諸を己に無くして、而る后に諸を人に非(そし)る。
身に蔵(ぞう)する所恕(じょ)ならずして、能く諸を人に喩す者は、未だ之れあらざるなり。
故に国を治むるは、其の家を斉うるに在り。
詩に曰く、桃の夭夭(ようよう)たる、其の葉蓁蓁(しんしん)たり。
之の子干(ここ)に帰(とつ)ぐ。
其の家人に宜しくして、而る后に以て国人を教うべし。
詩に云く、兄(けい)に宜しく弟(てい)に宜し。
兄に宜しく弟に宜しくして、而る后に以て国人を教うべし。
詩に云く、其の儀忒(たが)わず、是の四国を正すと。
其の父子兄弟(けいてい)となりて法(のっと)るに足りて、而る后に民之れに法(のっと)るなり。
此れを国を治むるに、其の家を斉うに在りと謂う。
所謂天下を平らかにするに其の国を治むるに在りとは、上(かみ),老を老として民(たみ)孝(こう)に興り、上、
長を長として民弟に興り、上、弧を恤(あわれ)みて、民(たみ)倍(そむ)かず。
是(ここ)に以て君子に潔矩(けつく)の道あり。
上に悪む所以て下を使うこと毋(なか)れ。
下に悪む所以て上に事うること毋(なか)れ。
前に悪む所以て後に先んずること毋(なか)れ
後に悪む所以て前に従うこと毋(なか)れ。
右に悪む所以て左に交わること毋(なか)れ。
左に悪む所以て右に交わること毋(なか)れ。
此れを之れ潔矩(けつく)の道と謂う。
詩に云く、楽しき君子は民の父母なりと。
民の好む所は之れを好み、民の悪む所は之れを悪む。
此を之れ民の父母と謂う。
詩に云く、節たる彼(か)の南山、維(こ)れ石巌(がん)巌(がん)たり。
赫赫(かくかく)たる師尹(いん)、民具(とも)に爾(なんじ)を瞻る。
国を有する者は以て慎まざるべからず。
辟すれば則ち天下の僇(りく)となる。
詩に云く、殷の未だ師を喪(ほろ)ぼさざるや。
克く上帝に配す。
儀(よろ)しく殷に監(かんが)みるべし。
峻(しゅん)命(めい)易(やす)からず。
衆を得れば則ち国を得、衆を失えば則ち国を失うを道(い)う。
是の故に君子は先づ徳を慎む。
徳有れば此に人あり。
人有れば此に土有り。
土有れば此に財あり。
財有れば此に用有り。
徳は本なり。
財は末なり。
本を外にして末を内にすれば、民を争わしめて奪うことを施す。
是の故に財聚(あつ)まれば則ち民散じ、財散ずれば則ち民聚まる。
是の故に言悖(もと)つて出づる者は、亦悖つて入り、
貨(か)悖(もと)つて入る者は、亦悖(もと)つて出づ。
康誥に曰く、惟れ命常に干(おい)てせず。
善なれば則ち之れを得、不善なれば則ち之れを失うを道(い)う。
楚書に曰く、楚国は以て宝と為(な)す無し。
惟(ただ)善のみ以て宝と為す。
舅犯に曰く、亡人(ぼうじん)は以て宝と為す無し。
仁親(じんしん)以て宝と為す。
秦(しん)誓(せい)に曰く、若し一个(いつかい)の臣あらんに、断断(だんだん)として他の技(ぎ)なく、其の心休休(きゅうきゅう)焉(えん)たり、其の容るるところあるが如し。
人の彦(げん)聖(せい)なるや、其の心之れを好む。
啻(ただ)に其の口より出づるが若(ごと)くのみならず、寔(まこと)に能く之れを容(い)る。
以て能く我が子孫黎(れい)民(みん)を保んず。
尚(なお)亦(また)利あらんかな。
人の技ある、媢(しょう)疾(しつ)以て之れを悪み、
人の彦(げん)聖(せい)なるや之れに違(たが)い通(つう)ぜらしむ。
寔(まこと)に容るること能わず。
以て我が子孫黎(れい)民(みん)を保んずること能わず。
亦(また)殆(あやう)いかな。
唯(ただ)仁人のみ之れを放流し、諸を四(し)夷(い)に迸(しりぞ)け、与(とも)に中国を同じうせず。
此れを唯(ただ)仁人のみ能く人を愛し、能く人を悪むことを為すと謂う。
賢を見て拳ぐること能わず、拳げて先んずること能わざるは命(おこたり)なり。
不善を見て退くること能わず、退けて遠ざくること能わざるは過(あやまり)なり。
人の悪む所を好み、人の好む所を悪むは、是人の性に拂(もと)る。
菑(わざわい)必ず其の身に逮(およ)ばん。
是の故に君子に大道あり。
必ず忠信以て之れを得、驕(きょう)泰(たい)以て之れを失う。
財を生ずるに大道あり。
之れを生ずる者衆(おお)く、之れを食う者寡(すくな)ければ、之れを為(おさ)むる者疾(はや)く、之れを用うる者舒(じょ)なれば、則ち財恒(つね)に足らん。
仁者は財を以て身を発(はっ)し、不仁者は身を以て財を発す。
未だ上(かみ)仁を好みて、下(しも)義を好まざる者あらざるなり。
未だ義を好みて、其の事(こと)終らざる者はあらざるなり。
未だ府庫(ふこ)の財に非(あら)ざる者はあらざるなり。
孟献子曰く、馬乗(ばじょう)を畜(やしな)うものは鶏豚を察せず。
伐冰の家は牛羊を畜(やしな)わず。
百乗の聚斂(しゅうれん)の臣を畜(やしな)わず。
其の聚斂(しゅうれん)の臣あらんよりは、寧(むし)ろ盗臣あれ。
此れを国は利を以て利と為さず、義を以て利と為すと謂うなり。
国家に長として財用を務むる者は、必ず小人による。
彼之れを善と為す。
小人をして国家を為(おさ)めしむれば、菑害(さいがい)並(なら)び至らん。
善者ありと雖も、亦之れを如何ともすること無し。
此れを国は利を以て利と為さず、義を以て利と為すと謂うなり。

大学(中国古典)全文

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大學

大學之道在明明徳在親民在止於至善。
知止而后有定。定而后能静。静而后能安。
安而后能慮。慮而后能得。
物有本末事有終始。知所先後則近道矣。
古之欲明明徳於天下者先治其國。
欲治其國者先齊其家。
欲齊其家者先修其身。
欲修其身者先正其心。
欲正其心者先誠其意。
欲誠其意者先致其知。
致知在格物。物格而后知至。
知至而后意誠。意誠而后心正。
心正而后身修。
身修而后家齊。家齊而后國治。國治而后天下平。
自天子以池至於庶人壹是皆以修身爲本。
其本乱而末治者否矣。
其所厚者薄而其所薄者厚未之有也。
此謂知本。
此謂知之至也。
所謂誠其意者母自欺也。
奴悪惡惡臭奴好好色。
此之謂自謙。故君子必愼其獨也。
小人間居爲不善無所不至。
見君子而后厭然?其不善而著其善。
人之視己奴見其肺肝然則何益矣。
此謂誠於中形於外。
故君子必愼其獨也。
曾子曰十目所視十手所指其嚴乎。
富潤屋徳潤身。心廣體胖。
故君子必誠其意。
詩云瞻彼淇澳?竹猗猗。
有斐君子如切如磋如琢如磨。
瑟兮僴兮赫兮喧兮。
有斐君子終不可諠兮。
如切如磋者道學也。
如琢如磨者自修也。
瑟兮僴兮者恂慄也。
赫兮喧兮者威儀也。
有斐君子終不可諠兮者道盛徳至善民之不能忘也。
詩云於戲前王不忘。
君子賢其賢而親其親。
小人樂其樂而利其利。
此以没世不忘也。
康誥曰克明徳。
太甲曰顧天之明命。
帝典曰克明峻徳。
皆自明也。
湯之盤銘曰苟日新日日新又日新。
康誥曰作新民。
詩曰周雖舊邦其命維新。
是故君子無所不用其極。
詩云邦幾千里惟民所止。
詩云緡蠻黄鳥止干丘隅。
子曰於止知其所止。
可以人而不如鳥乎。
詩云穆穆文王於緝煕敬止。
爲人君止於仁爲人臣止於敬爲人子止於孝
爲人父止於慈與國人交止於信。
子曰聴訟吾猶人也。必也使無訟乎。
無情者不得盡辭。大畏民志。此謂知本。
所謂修身在正其心者身有所忿?則不得其正。
有所恐懼則不得其正。
有所好樂則不得其正。
有所憂患則不得其正。
心不在焉視而不見。
聴而聞食而不知其味。
此謂修身在正其心。
所謂齊其家在修其身者人之其所親愛而辟焉。
之其所賤惡而辟焉。之其所畏敬而辟焉。
之其所哀矜而辟焉。之其所敖惰而辟焉。
故好而知其惡而知其美者天下鮮矣。
故諺有之曰人莫知其子之惡莫知其苗之碩。
此謂身不修不可以齊其家。
所謂治國必先齊其家者其家不可教而能教人者無之。
故君子不出家而成教於國。
孝者所以事君也。弟者所以事長也。
慈者所以使衆也。
康誥曰如保赤子。心誠求之雖不中不遠矣。
未有學養子而后嫁者也。
一家仁一國興仁一家讓一國興讓。
一人貪戻一國作亂。其機如此。
此謂一言?事一人定國。
堯舜師天下以仁而民從之。
桀紂師天下以暴而民從之。
其所令反其所好而民不從。
是故君子有諸己而后求諸人無諸己而后非諸人。
所藏乎身不怒而能喩諸人者未之有也。
故治國在齊其家。
詩云桃之夭夭其葉蓁蓁。
之子干歸宜其家人。
宜其家人而后可以敎國人。
詩云宜兄宜弟。宜兄宜弟而后可以敎國人。
詩云其儀不?正是四國。
其爲父子兄弟足法而后民法之也。
此謂治國在齊其家。
所謂平天下在治其國者上老老而民興孝上長長而民興弟上恤孤而民不倍。
是以后君子有絜矩之道也。
所惡於上毋以使下。所惡於下毋以事上。
所惡於前毋以先後。所惡於後毋以從前。
所惡於右毋以交於左。所惡於左毋以交於右。
此之謂絜矩之道。
詩云樂只君子民之父母。
民之所好好之民之所惡惡之。此之謂民之父母。
詩云節彼南山維石巖巖。
赫赫師尹民具爾瞻。
有國者不可以不愼。辟則爲天下?矣。
詩云殷之未喪師克配上帝。
儀監干殷。峻命不易。道得衆則得國失衆則失國。
是故君子先愼乎徳。有徳此有人。
有人此有土。有土此有財。有財此有用。
徳者本也。財者末也。
外本内末爭民施奪。
是故財聚則民散財散則民聚。
是故言悖而出者亦悖而入。
貨悖而入者亦悖而出。
康誥曰惟命不干常。
道善則得之不善則失之矣。
楚書曰楚國無以爲以爲寳。
惟善以爲寳。
舅犯曰亡人無以爲寳、仁親以爲寳。
秦誓曰若有一个臣、斷斷兮無他技、其心休休焉、
其如有容焉。
人之有技、若己有之、人之彦聖、其心好之、
不啻若自其口出、寔能容之。
以能保我子孫黎民。尚亦有利哉。
人之有技、?疾以惡之。
人之彦聖而違之俾不通。
寔不能容。以不能保我子我黎民。
亦曰殆哉。
唯仁人旅流之迸諸四夷不與同中國
此謂唯仁人爲能愛人能惡人
見賢而不能與與而不能先命也
見不善而不能退退而不能遠過也
好人之所惡惡人之所好
是謂拂人之性
?必逮夫身
是故君子有大道
必忠信以得之驕泰以失之
生財有大道
生之者衆食之者寡爲之者疾用之者舒則足矣
仁者以財發身不仁者以身發財
未有上好仁而下不好義者也
未有好義其事不終者也
未有府庫財非其財者也
孟獻子曰畜馬乘不察於鷄豚
伐冰之家不畜牛羊
百乘之家不畜聚斂之臣
與其有聚斂之臣寧有盗臣
此謂國不以利爲利以義爲利也
長國家而務財用者必自小人矣
彼爲善之
小人之使爲國家?害竝至
雖有善者亦無如之何矣
此謂國不以利爲利以義爲利也

衆参議員定数改正試案

.03 2012 政治・行政 comment(0) trackback(0)
衆議院は2~3名の中小選挙区とし定数252名 ブロック別比例定数は202名 
合計454名
参議院はブロック別定数を100万人に1名で128名
参議院議員は党議拘束をしてはいけない。
議員個人の自由な意思を表明できるようにする。
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増税派の正体

.03 2012 政治・行政 comment(0) trackback(0)
1)日刊ゲンダイ3月30日号2面の記事の中の私の発言部分を引用します。
政治評論家の森田実氏が憤慨して言う。
「ジャーナリズムは本来、国民のためにあるものです。
ところが、今の大新聞、大テレビは何ですか。
権力の手先に成り下がり、宣伝部隊になっている.

いまや世界の流れを見失い、日本の流れを見失い、民意を見失っている。
これほどひどい報道は先進国では戦争中のメディアしかありません。
増税強硬派の正体は、日本から搾り取ろうとするアメリカと、
その手先である財務省や御用学者、財界、民主・自民指導部の“増税翼賛体制”です。

増税反対派はこうした破壊者から国民を守ろうとしているのに、大マスコミは逆に彼らを攻撃し、
翼賛体制の用心棒になっているのだから話になりません」
大マスコミは戦前も軍部の手先になって、国民を洗脳して戦火の渦にのみ込ませたが、
今回も同じ過ちを繰り返しているのだ。
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